今日飲んだのは、江戸時代の水?!水が生まれるまち「針江」で営まれてきた生活スタイルとは?
【生水の郷・針江/滋賀県高島市新旭町針江】
そのまちに足を踏み入れると、
どこにでもある風景の中に、
どこにでもないものがありました。
澄んだ地下水があちこちの
家から湧き出していて、
夏にはその湧き水で、野菜やスイカを冷やす。
「ちょっと待って、それって昔の日本の話?」
いえいえ、じつはこれ
現代も滋賀のとあるまちで営まれている生活です。
時の針が止まったかのような風景が
今でも続くまちの名は
「生水(しょうず)の郷・針江(はりえ)」。
水が生まれる郷では
私たちにとって”すごいこと”が
暮らしの中で当たり前に行われていました。
生水(しょうず)を使ったかばたの生活
訪れたのは滋賀県高島市にある
静かな集落・針江。
集落内を案内してもらえる
ガイドツアーがあるということで参加してみました!
案内人は針江在住の前田啓子さん。
早速ツアーが始まり案内されたのは
ごく、一般的な個人のお宅でした。
……え?!ここ?
驚きつつ小屋のような建物を覗いてみると、
小屋の中に水が湧いています!
この湧き水は比良山地に降った雨や雪が
伏流水となって自噴しているもので、
針江では「生水(しょうず)」と呼ばれています。
そしてこの水が湧きだす場所を
「かばた」と呼び、炊事などで使うそう。
生水は一年を通じて約14℃と一定で、
夏は冷たく冬は温かく感じる温度です。
訪れた時はまだまだ暑い時期で、
かばたは天然の冷蔵庫!
自分の畑でとってきた野菜を冷やすと、
“パキッ”とみずみずしくなるのだとか!
もちろん生水は飲料水にもなり、
口に含むとまろやかでやわらかく、
近くの酒蔵では酒の仕込みにも使われています。
針江には今もこうしてかばたを
日常生活で使っている家が
約100軒もあるそうです!
今日飲んだのは、江戸時代の水?!
実際、生水は比良山地などに降った雨や雪が
長い歳月をかけてろ過されて湧き出たもので、
数十、数百年前の水かもしれないともいわれています。
ひょっとすると今日飲んだ生水は江戸時代の水……
なんてこともあるかもしれませんね!
かばたを見学した後は、
防湿や防虫、そして防火に優れた
昔ながらの「焼杉板」を使った家が並ぶ
針江の街を歩きます。
街を流れる「針江大川」には
水がきれいな証拠である梅花藻の姿も。
アユなど琵琶湖から来た魚が泳ぎ、
夏になると梅花藻が咲き誇る針江大川は
水遊びをする子どもたちで賑わうそうです!
寒い日は生水が温かいので、
冬になると街のあちこちから
湯気が立ち昇る幻想的な光景も
見られるのだとか。
私たちがタイムスリップしたというより、
時計の針が昔のまま止まったような風情と生活が営まれています。
かばたが育んだ思いやりの心
そんなかばたをきれいに保つのに、
欠かせない存在がいます。
それが、鯉です!
残飯などを食べてくれるのはもちろん、
泳ぐことで底の泥をかきわけて
かばたをおそうじしてくれるのだそう!
「水はいくらでも湧き出てくるし、
自由にかばたを使えて羨ましいなぁ」
と、つい思ってしまいましたが
そんな簡単な話ではありませんでした。
なぜなら各家庭のかばたはすべて、
まちの水路とつながっているから。
「上流のかばたの家は下流の家を思いやり、
下流の家は上流の家の人を信じて使っているんです」。
なので下水道が通っている現代では
洗剤を使った洗い物はかばたではしないと
前田さんは言います。
水を大切に使うことは地域を
守るためだけではありません。
かばたで使った水は針江からやがて琵琶湖へ。
琵琶湖から淀川へ。そして淀川から太平洋へ。
やがて太平洋の水は水蒸気となり、
再び比良山地に降り注いで生水となって戻ってくる。
「だから水を大切に使うことは
『自分のこと』でもあるんです」
と前田さんは語っていました。
今も針江で美しくて懐かしい情景が見られるのは、
そういった住民たちの昔ながらの暮らしを守ろうとする努力が
あったわけなんですね!
しかし、前田さんは苦笑いを浮かべます。
「いいえ、ほんの20年くらい前までは守ろう、
残そうだなんて考えてもいませんでした」。
“当たり前”がすごいことだった
「思いやりを持って、水は大切に使う」
「ゴミが引っ掛かって水を止めないように、
そして魚が産卵に来やすくするために、
針江大川の藻は定期的に刈る。
(刈った藻は昔は肥料にもしていた)」
「鯉は昔は貴重なたんぱく源として
食用で飼っていたものだったし、
かばたをきれいにする役割が知られてからは
おそうじのためにいてもらう」
こういった針江での生活は、
誰かに教えられたわけではなく、
生水を通じて自然に培われてきたものでした。
我々が「SDGs」と呼び、達成を目指している
持続可能な循環型社会。
針江ではとっくの昔から当たり前の考えとして
生活が営まれてきたのです。
しかし2004年に里山の写真家・今森光彦さんが撮り
NHKハイビジョンスペシャルで放映された映像詩『里山・命めぐる水辺』で
針江の生活が紹介され、大きな反響を受けたことがきっかけで、
「もしかしたら自分たちの生活って、すごいことなのかもしれない」
と針江の人々は初めて知ったといいます。
番組が放映された後に針江では
「針江生水の郷委員会」が設立され、
針江の暮らしを伝える活動が始まりました。
これからの針江、これからの滋賀
これから針江を訪れたいと考えている人に向けて
「かばた見学ツアー以外でかばたに入らないでほしい」
と前田さんは言います。
かばたはあくまで日常生活の場。
針江の集落内では、道路と川、水路のほかは
基本的に個人所有の土地。
勝手に駐車したり、立ち入って見学できるところはありません。
かばた見学ツアーは事前予約制で
ツアーに参加すれば、きちんと許可が得られている
かばたを見学することができます。
(駐車場所も用意してもらえます)
写真映えするから来るのではなく、
「こんな生活をしているんだ」と
ツアーガイドを通じて知ってほしいと、
前田さんは語っていました。
“当たり前”がすごかった、針江の暮らし。
100年後を生きる人たちがおいしい水を飲むためにも、
「自分のこと」として思いやりをもつ。
もしかしたら針江の生水には、
そんな大昔からのメッセージが
こめられているのかもしれませんね!
記事を書いた人結城弘/滋賀県出身。小説家・ライター。滋賀が舞台として登場する小説『二十世紀電氣目録』『モボモガ』を執筆。趣味は旅行、レトロ建築巡り、ご当地マグネット集め、地酒。noteにて旅ブログなどを更新中。各SNS⇒ X(旧Twitter)/ Instagram
針江生水の郷委員会事務局(ツアーガイド問い合わせ先)
住所
滋賀県高島市新旭町針江
営業時間
かばた見学は事前申し込み制
見学ツアー: 10:00~ 14:00~ の1日2回 ※見学希望日の1週間前までに申し込み必要
定休日
毎週月曜日
※地域行事等で休む場合あり
電話番号
090-3168-8400
公式サイト
https://harie-syozu.jp/
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