静岡県立大で聴講した公開講座はとても刺激的でした。タイトルは「電球屋さんがキノコを作った」。発想の妙。キーワードは「ブリコラージュ」でした。
主力製品の成長が見通せなくなったとき経営者はいかに決断したのか-。静岡県立大学で聴講した健康イノベーション教育プログラム「電球屋さんがキノコを作った」は経済の視点ではこんなイメージ。ですが、教えられた企業再生のキーワードはやりくりする工夫を意味する「ブリコラージュ」。生き残りをかけ目標に一直線、が染みついたアラ還の私にはちょっと意外で「なるほど!」が連続する講義でした。
ブリコラージュ(bricolage)はフランス語で「好きなものを寄せ集め、新しい物を創作する」との語釈があるそうです。その場で手に入るものに着目し、部品として活用しながら発想を広げる。あれやこれやの試行錯誤がポイントです。
高級食材「ハナビラタケ」
企業経営の最前線でのブリコラージュの実践例が、タイトルにした「電球屋さんがキノコを作った」です。舞台は島田市の大井川電機製作所。ウインカーや室内灯など車で使われるさまざまな電球を手掛け、半世紀以上、多品種少量生産に対応した高品質な製品が高い評価を得てきました。
近年は、消費電力が少なく寿命が長いLED(発光ダイオード)が電球の市場を侵食。同社は自動車向けの電球が会社全体の売り上げの多くを占めるため、新たな成長戦略を描く必要に迫られていました。
この会社が生産を手掛けるのはハナビラタケ。社内でのアイデア募集を経て生産事業に着手しました。海外では高級食材として知られ、含有成分はサプリメントとしての機能が注目されています。自然界では高山でしか自生しないため「幻のきのこ」と称され、有望な市場があると判断したそうです。
「遠くの目標は無い」
「電球製造で培ったノウハウを生かし、新規事業の柱に育てる」-。この会社の取り組みは多くのメディアが取り上げ、100万個の中の1個の不良品すら許さない徹底した品質管理のノウハウが奏功したとされてきました。業態転換や新事業開発は「苦渋の決断」のストーリーで語られるケースが目立ちます。ただ、関係者が集ったこの日のセミナーで飛び交った発言はちょっと論点が異なりました。
「キノコを作る研究は3年もやってきたのに売り方は考えていなかった」「素人だから失敗する。そこから学んだ」「研究は、これやっちゃいけないを蓄積していった過程」「遠くの目標は無いけれど、目の前のものを見る力、改善する意思はすごい」
肯定的に捉えれば「柔軟対応」。言葉を選ばずに言うなら「場当たり的」な空気感もありましたが、セミナーを発案した酒井敏副学長らの総括はもう一ひねりありました。
「無理やり目標を定めると、うまくいかないときに厳しい、苦しい、ストレスがたまる」「できるところから始める、何とかする、面白いからやる。そんなプロセスを楽しみたい。しょんねーなー(しょんない:静岡県の方言で「しょうがない」「対処の方法がない」の意味)と目の前のものを片付けていくのがブリコラージュ。ウェルビーイングにつながる」
まず「何ができるか」を考えよう
合わせて、コメンテーターは「エフェクチュエーション(effectuation)」という考え方を紹介しました。インドの学者が提唱した理論とされ、目標ありきではなく現実の姿から可能性を見出していく過程を大切にする思考。「何をするべきか(What should I do?)」よりも「何ができるのか(What can I do?)」を考えるというのです。
「ダメならゴールを動かしちゃえ。そういうスタンスで生きると危機は遠のく。危機が迫りそうだ、まずいと思うから危機感が生じる」
私は、事業の難題に直面するたびゴールを動かし続けたら会社は倒産しちゃうぞ、と思いつつ、経営者が苦難をやり過ごす術も必要なんだと学びました。
瓦職人の思い
セミナーは2部構成で、後半は「瓦屋さんは何を作る?」でした。清水区で瓦工事の家業長澤瓦商店を継いだ女性瓦職人長澤玲奈さんが登壇。「清水瓦を復刻し、その名を次世代につなげたい」との思いを語りました。
駿府城再建のため集められた職人に由来するという清水瓦。かつて愛知の三州瓦、島根の石州瓦、兵庫の淡路瓦と並ぶ品質を誇りました。しかし産業の勢いは時代の流れで衰え、1974年の七夕豪雨で窯元があったエリアが甚大な浸水被害を受け、産地は事実上幕を下ろしました。それでも瓦業をつないできた長澤瓦商店に生まれた玲奈さんは、踏ん張る父の背中を見て3代目を引き継ぐ決意をし、三河で修行を重ねたと言います。
「あなただけの瓦作品」
玲奈さんは鬼瓦職人として鬼師「鬼玲」を名乗っています。鬼瓦は瓦葺き屋根に据えられる装飾性の高い瓦。厄除けの意味もあり、手がける職人は鬼師と呼ばれます。
玲奈さんは現場で仕事をこなしながら、鬼瓦をデフォルメした小物やアクセサリーなどを販売するショップを開設しました。瓦が持つ可能性に着目したのです。併設した工房で「あなただけの瓦作品」を体験してもらうワークショップを開きました。参加者は清水の土を使ってさまざまな作品に挑戦し、自社窯で焼き上げます。
「瓦屋さんは何を作る?」は、瓦職人が清水瓦のすばらしさを次世代につなぐためチャレンジする創作品でした。セミナーで玲奈さんは「私たち家族は、瓦のどこが好きか、そればかり話している。本能的な感覚です」と語りました。
新事業開発での目標設定の必要性に異論はありません。ですが、電球屋さんがつくるキノコや鬼師のチャレンジは「出来ることをやってみる」のブリコラージュの精神が難局を打破する原動力になっていました。時に「しょんねーなー」が論理的目標を凌駕することもあるのです。中島 忠男(なかじま・ただお)=SBSプロモーション常務
1962年焼津市生まれ。86年静岡新聞入社。社会部で司法や教育委員会を取材。共同通信社に出向し文部科学省、総務省を担当。清水支局長を務め政治部へ。川勝平太知事を初当選時から取材し、政治部長、ニュースセンター長、論説委員長を経て定年を迎え、2023年6月から現職。