「妻のグチを言う夫」に足りないもの
もう遠い昔、昭和50年代半ば頃の話だ。
玄関の戸がトントントンと鳴り、誰か客が来ることがあった。
昭和時代、呼び鈴が設置されている家はそれほど多くない。そのため戸をノックするか、少しお金持ちの家では金属製の、「コンコンコン」と鳴らす器具が取り付けられているのが一般的だった。
ウチには何もついてなかったこともあり、手の甲で少し強めに3回ほど、戸を叩くような音が聞こえる。
しかし問題は、その時間である。もう夜の9時を過ぎており、いくら滋賀ののんびりした田舎町とは言え、近所の人が他愛もない用事で来るような時間ではない。
そのため首を傾げながら母が対応に出たのだが、まもなくして悲鳴にも近い金切り声とともに、ドタバタと音が聞こえてきた。まだ幼い小学生だった私は恐怖にフリーズし、逃げる準備をしようかと緊張で体を固める。
するとすぐに、別室にいた父が慌てて玄関に向かい、騒動は収まったようだった。そして母に家の中に入るよう促すような会話が聞こえ、そのままどこかに出て行く。
リビングの椅子に座り、青い顔をして黙り込む母。
何が起きたのか、とても聞くことができず遠巻きに、読むでもなく漫画本をめくるふりをしながら顔色をうかがう。
すると40分ほどして、ようやく父が帰ってきた。
「高砂町の山の方まで行ってたよ、思ったより遠かった」
「え、そんなところまで…。何があったの?」
「迷子のおばあさんだったんだよ。岩手から息子さんのところに電車で来たらしいんだけど、道がわからなくてもう2時間もこの辺りを歩いてたんだって」
そういうと父は、おばあさんとその息子さんから頂いたという岩手のお菓子や食べ物などのお土産をドサッと、机の上に広げた。車に乗せ、息子さんの家を一緒に探し送り届けることができて、そのお礼に渡されたのだという。どれだけ固辞しても、押し付けるように渡されてしまい困ったと、父は話す。
そして母に、こんな事を言った。
「困っているおばあさんなんだから、なにも追い出そうとしなくてもいいのに」
「そんなこと言っても、身なりもあまりキレイじゃなかったし、あんな時間に何があるかわからないじゃないの!」
そして父に、見知らぬ相手に何もそこまでしなくてもいいだろうというような小言を言い続ける。少し持て余した父は、困ったようにウイスキーで晩酌をはじめ、母の話を聞いていた。
この時、父の強さと優しさは正直、幼い私にとってヒーローに思えた。そして今でも、その価値観や行動規範は私の一部になっていると、強く感じる。反面、母は少し心が狭いのではないか、余りにも酷いじゃないかと思えた。
しかしそれからだいぶ時間が経った今は、少し違う。母の行動は決して間違ってなかったと、考えている。
「働くってそういうことだろ?」
話は変わるが以前、友人からこんなグチを聞かされることがあった。
「ウチの奥さん専業主婦なんに、家事が抜けてばかりやねん」
そして料理は美味いんだけど、とにかく掃除が手抜きというようなことをいう。形ばかりで、いつも四隅には綿埃があるとか、そういえばトイレ掃除も週1回しかしないというようなことを話した。
にもかかわらず、ドラマを見たり、ゲームをしたり、要するにやるべきことをこなさずに遊んでいるのが気に入らないという。よくある夫婦の、役割分担に関する不満なのだろう。共働きなら家事は分け合うので、もう少し穏やかなのかもしれない。
しかし彼の場合、妻が専業主婦なこともあり家事の“手抜き”が、強いストレスになっているようだった。
「そうか、まあわかった。ところでお前、奥さんにそれを言ってるんか?」
「もちろん言ってる。やるべきことを全部やってから遊ぶべきじゃないのかと。社会ではそれが当然やって。働くってそういうことやん」
「奥さんはお前になにか、グチを言うことはあるんか?」
「ないな。というよりも言われるようなことしてへん自信あるし」
当時はまだ、友人も私もお互いに30代前半。順調に仕事をこなし、自信だけでなく妙な万能感を持つような、いわば「社会人の中二病」的なものに罹患する頃合いだ。しかしそれを差し引いても、友人として少し黙っていられない話に酒がさめる。
「なんせ奥さんが、もっとちゃんと掃除をして、洗濯とかゴミ出しとか全ての家事を完璧にこなしてから遊ぶべきだと、そう思ってるんやな」
「そうや、なにかおかしいか?」
「そうやな…、少し話を変えようか。お前、今の住まいは?」
「1LDKの賃貸マンションや。なんやねん急に」
「娘さんの幼稚園は、私立か?」
「俺の稼ぎでは無理に決まってるやろ。普通に近所の公立や」
「そうか、大した稼ぎじゃないって自分で思うくらい、少ないんやな。で、仕事は手を抜いてるんか?」
「…どういう意味やねん」
彼は何につけても、誠実でまじめなヤツだ。
ストイックで自分に厳しく、そんなこともあり順調にキャリアを駆け上っていた。しかし賃金水準そのものがあまり高くない業種なので、間接的に稼ぎを聞いてみようと周囲から攻めてみたら、いきなり吐露した形である。
給与水準は個人の能力ではなく、業種や会社、さらにいえば中小企業の場合、経営者の力量に依存するところがかなり大きい。
高い給与水準が当たり前の業種で働くポンコツより、低い給与水準の業種で働くエリートのほうが給与が安いという矛盾は、いたるところに存在している。彼はまさに、そんなポジションだった。
「もしこの先、お前が奥さんから、『子供は私立小学校に行かせたい』って言われたらどうするんや?庭付き一軒家で子供を育てるべきとか、今の時代、子供は留学させるべきとか言われたら?」
「ムチャクチャやろ。ならお前も働けっていうわ」
「やよな。で、それって『専業主婦なら家事を完璧にこなせ』っていうお前と同じやんけ。逆に奥さんが家事を完璧にこなしたとして、酒も競馬もやらん高給取りの完璧な夫になれと要求されたら?」
「…」
「奥さんは今、絶対にこう思ってる。お前がやれって。『いい生活がしたいなら自分で稼げ』って考えるお前と何が違うねん。お前は口に出してるけど、奥さんは黙ってるって、相当危険やぞ」
そして稼ぎがそれほど多くないのは決してお前のせいではなく、そういう業種なのでやむを得ない一面があること。にもかかわらず、奥さんから「もっと稼いでよ」と追い詰められたら、きっと円満な夫婦関係の維持なんか無理になるだろうこと。平均年収という概念があるように、専業主婦も“平均能力”を基準に考えていいやんけと伝える。
「奥さんのご飯美味しいんやろ?それだけで幸せやろ。会社でもプライベートでも、できへんことをやれと人を責めても、人間関係をぶっ壊すだけやぞ」
「…そうかも知れへんな」
「できることで人を見るんが、成果を出せるリーダーの要件やと俺は確信してる。お前もそろそろ、そういうポジションやんけ。家でも同じことやったほうが、絶対に成果出るぞ」
「わかった…。今日はケーキでも買って帰るわ」
それはちょっと違う気もするが、なんせ伝わったようだ。
それからもう20年近くになるが、友人はさらに2人の子宝に恵まれ、幸せな家庭を築いている。もしかしたら少しばかり、彼の家庭円満に貢献できたのかもしれない。
怖いお兄さん
話は冒頭の、子供時代の話についてだ。
なぜ急な夜遅くの来客に際し、追い出そうとした母も間違っていなかったと、今は思えているのか。
一般論として、女性は男性と体格差があり、物理的な脅威に対して対応が難しいこともある。なおかつ、昭和という時代を考えても、偶発的で不確実性の高い出来事に対して、優しさを発揮できる許容度が低くて当然である。
まして幼い子供までいるのだから、母親の本能としてリスクを最大限に評価するのは当然のことだ。
わかりやすく例えれば、戸を叩いたのがイカつい“明らかに怖いお兄さん”だったら、父だって車に乗せ送り届けることなど、できなかっただろう。男性にとっての“怖いお兄さん”が、女性にとっては“夜9時の見知らぬ来客”と同じくらいの脅威ということである。
まだ幼かったとはいえ、その程度の「母の恐怖心」すら理解できていなかったことを、恥ずかしく思っている。
私達はどうしても、自分の能力、立ち位置、役割を基準にして、目の前の出来事を見ようとする。妻が専業主婦という理由で完璧な家事を求める友人もそうだが、「相手の立場で考える」ことは、本当に簡単ではない。
「お前の稼ぎは?居住環境は?完璧な夫になるまで禁欲するんやな?」
奥さんの気持ちになり、その程度の質問を投げ掛けるだけで答えに窮する程度であるにもかかわらず、である。学校教育などで繰り返し叩き込まれてきたであろう基本的な道徳なのに、全く実践できていない。
だからこそ、アンガーマネジメントなどという横文字を学ぶのも結構だが、部下や上司、パートナーや子どもの何かにムカッとした時には、こう自問すべきだ。
「相手の立場になってみたら、どうなんだろう」
きっとそれだけで、9割くらいのことは建設的な解決方法に思考が切り替わるはずだ。
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【プロフィール】
桃野泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など
もうずいぶん前のことですが、買ったばかりのDELLのPCがフリーズしまくり、頭にきて液晶画面にマウスをぶん投げて割ってしまったことがあります。
アンガーマネジメントなどと、偉そうなことを言ってしまいゴメンナサイ…。
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