「この景色を見て思うことは、死ななくてよかったなって」 水槽はどんな思いを胸に音楽と向き合っているのかーー音と言葉で伝えたLIQUIDROOM公演をレポート
水槽 THIRD CONCEPT LIVE "FLTR"
2025.4.19 LIQUIDROOM
今年4月にアルバム『FLTR』をリリースした水槽。タイトルの『FLTR』は“FROM LAPTOP TO ROOFTOP”の略。「ラップトップしか無理だった自分がルーフトップに立って、その間を自由に往来できるようになったところまでの軌跡を収録して、4月19日にそのライブをやろうと──」。以前行なったインタビューで、水槽は同作についてそう明かしていたのだが、まさに“そのライブ”である『水槽 THIRD CONCEPT LIVE "FLTR"』が、4月19日(土)に恵比寿LIQUIDROOMで開催された。
この日のライブは4つのブロックに分けられていて、シンガーであり、トラックメイカーであり、DJでもある水槽というアーティストの表現方法を存分に堪能できるものになっていた。それと同時に、音楽を生み出していく過程において、自身の内側ではなく外側へと意識が向かっていった心境でありその現在地を音と言葉で赤裸々に伝えていく、なんとも生々しいステージでもあった。
ライブの始まりを飾ったのは“DJ SET”。無音の中、DJブースが置かれた薄暗いステージに水槽が姿を現わす。ターンテーブルの前に立ち、ヘッドフォンを装着。その一挙手一投足を超満員のオーディエンスが息を飲むように見つめていると、水槽がオープニングSEを流し始めた。性急なビートと煌びやかなライティングにフロアの高揚感が少しずつ高まっていくと、「水槽です、よろしくお願いします!」と挨拶。「1曲目からカマしていきます!」という宣言とともに放たれた「MONOCHROME」に大歓声が上がった。ステージ背面に映されたMVをバックに、マイクを手にした水槽がステージ前まで出てきてメロディを届けると、フロアからは大量の手が上がり、場内の熱気が一気に高まっていく。曲がアウトロに入るとブースへ戻り、間髪空けずに「事後叙景」へ。フロアからは再び大歓声。スピード感を高めるように1コーラスで切り上げると、続く「SINKER」では「跳べますか、リキッドルーム!」と叫ぶ水槽。そこからもショートバージョンとフルバージョンを交えて、メリハリをつけながら曲を進行していき、約20分間ノンストップで曲を繋げて歌い続けるという怒涛の展開でライブをスタートさせた。
次のブロックは“LAPTOP SET”。DJブースの代わりに運び込まれたのは、テーブルと、その上に置かれたラップトップPC。同じく用意されたゲーミングチェアに座った水槽は「今みたいにね、イベントに出て、ワーッ!とやって、家に帰ってラップトップの前に座ると、ここが自分の本拠地だなって思うんです。落ち着くっていうか……」と、穏やかなトーンでフロアに話しかける。「普段は一生懸命普通の人に擬態しているわけですよ。ああもう全部嫌だ!ってたまにはなったりもする。たまにというか、ずっとそれが人生に漂ってる。要は、暗いんです、中身が」。そう話すと、手元のラップトップから「再放送」を流し始める。ゲーミングチェアから立ち上がった水槽は、ダウナーなドラムンベースに乗せられた内省的な言葉達を凄まじい勢いで吐き出していく。
ノンストップで駆け抜けたDJ SETとは打って変わって、こちらは一曲披露するごとに、その楽曲にまつわるエピソードを話しながらライブを進めていった。超がつくほどに親密な空気が漂う中、水槽は自身が音楽と向き合うにあたっての心境の変化も話す。「形式としては過去の自分に語りかけているんですけど、この曲を聴いた誰かが救われてくれたら、ラクになってくれたら、明日も生きてみようと思ってくれたら。そんなことを初めて思ったんですよ。さっき誰を救いたいとか言いましたけど、他でもない自分を救いたくて。というか、自分を救えない人は誰のことも救えないんですよね。だから、過去の自分を肯定してあげる曲を書きました」と明かし、「ランタノイド」へ。また、ライブやイベントに出演することもなく、自室に引き篭もってラップトップと向き合い、延々と音楽を作り続けていた日々を振り返る。「ずっとどこかに帰りたい気がしていたけど、どこに帰りたいのか分からない。どこかに行きたい気がしていたけど、どこに行きたいのか分からない感じがあって」。そう話す水槽の言葉をフロアは静かに受け止める。
「パっと見は普通の人。世間に溶け込んでいて、毎日生きてます!っていう感じなんだけど、日々気にいらないこととか嫌いなものが溢れていて。同時に、自己嫌悪で爆発しそうにもなっていて。でも、それを外には出さない。出せない。だから内側で爆発している。当時の自分がまさにそうで。そういう人が今日ここにもたくさんいるんじゃないかなと思います。毎日必死だった。2023年8月。水槽の暴発であり、無数の取るに足らない物語の、暴発──」。
そんな話の後に届けられたのが、「夜天邂逅」だった。曲中で水槽が叫ぶ。「ずっと叫びたかった。ずっと言いたかった。だけどキャラじゃないから、勇気がないから黙ってた。無数の物語の暴発、見せてくれよリキッドルーム! 跳べますか!?」。その声に応えるように歓声を上げ、何度も高く飛び跳ねるオーディエンス。その光景を見ながら、水槽は伸びやかに、力強く、歌声を響き渡らせていた。
3ブロック目は“ACOUSTIC SET”。ゲストギタリストとしてyuigotを呼び込むと、「NAVY(Acoustic ver.)」を披露。2人はイスに座りながら叙情的に音を重ね合わせると、そこへゲストの相沢を呼び込み、「文学講義(Acoustic ver.)」へ。水槽と相沢は背中合わせの立ち位置で美しいハーモニーを響かせていた。ゲストの2人を送り出した後、水槽はゲーミングチェアに座り、無言でギターを手に取ると、客席から声があがる。以前、ワンマンライブでギターを弾くとSNSで宣言していた通り、「宣言しちゃったんで弾きます!」と、「カペラ(Acoustic ver.)」や「箱の街(Acoustic ver.)」などを弾き語りで披露。また、「ROOFTOP TOKYO(FLTR ver.)」では、サビでギターをかき鳴らしながら歌う場面も。アコースティックギターの柔らかな音色と繊細で儚げな歌声の絡み合いが心地よく、フロアはその音世界に深く酔いしれていた。それと同時に、有言実行で突き進んでいく水槽の活動スタンスであり生き様のようなものが強く表れた場面でもあった。
最後のブロックは、“ROOFTOP SET”。それまでステージに置かれていたセットの代わりに運び込まれたのは、室外機。都会の屋上(=ルーフトップ)といえば室外機だ。アルバム『FLTR』のパッケージや、この日のライブビジュアルにも使われていたが、ルーフトップを表現する上でユニークでありつつも的確なアイテムである。「ラップトップからルーフトップへ……イントロを終わらせましょう!」という前置きから始まったのは「イントロは終わり」。盛り上がるフロアに向けて「最高!」と声をかけると、曲間ゼロで「ロリポップ・パレット」に繋げ、再びフロアの熱をあげていく。そして、「お待たせしました、君たちの大好きなカルチャーをご用意しました」という一言から、たなかをステージに呼び込み、「カルチュラル・オートマティカ・フィーディング feat. たなか」へ。ときに視線を交わしながら、享楽的なサウンドに乗せた皮肉めいた歌詞を突きつけていく。また、ゲストのlilbesh ramkoとともに繰り広げた「報酬系 feat. lilbesh ramko」では、曲に入る前に客席にシンガロングを求める水槽。フロアから上がる声に笑顔で反応し、2人のパフォーマンスもさらに熱く、躍動的なものになっていた。
様々な手法やパフォーマンスでフロアを魅了していた水槽。そのなかでも、やはりこの日一番強く心に残ったのは、水槽というアーティストがどんな思いを胸に音楽と向き合っているのかを、丁寧にオーディエンスに伝えていたところだ。
「水槽の音楽は誰も救うことはできないと思っていて。もし“水槽さんに救われました”と思っている人がいたら、それは違くて、あなたがあなたを救っただけです。じゃあ(自分に)何ができるのかと言ったら、ただ横にいるだけ。それならできる。それができる音楽を作りたいと思ってます。恵比寿リキッドルーム、ソールドアウトです。この景色を見て思うことは、死ななくてよかったなって。生きててよかったとはまだ上手に思えないけど、でも死ななくてよかったって本当に思っていて。みんなも今日まで死なないでいてくれて嬉しいし、できれば明日も死なないでください。明日幸せになることを諦めないでください」
この日、彼女がラストナンバーに選んだのは、アルバム『FLTR』を締め括る楽曲でもある、「点滴」だった。ときに叩きつけるように、ときに抱きしめるように、感情を爆発させながら言葉を紡いでいくその歌と姿はとにかく圧倒的で、深い余韻を残すものだった。
ライブのエンディングでは、11月27日にZepp Shinjukuにて『4TH ONE MAN LIVE“JUNCTION”』を開催することを発表。“DJ+LIVE SET”で行なわれる今回のワンマンライブは、“水槽の音楽活動の交差点”がテーマ。ゲストにはr-906、KOTONOHOUSE、TAKU INOUEが出演することも合わせて発表されたが、出演ゲストは随時追加発表される予定とのこと。ルーフトップで放たれる彼女の音楽をこれからも楽しみにしていたい。
文=山口哲生
撮影=タカギユウスケ