WHOの定義では、「健康」とは病気でないこと以外に肉体的、精神的そして社会的に満たされた状態だとしています。皆さんはいかがですか。
「アラ還」(アラウンド還暦の略=60歳の還暦前後の世代)に足を踏み入れ、健康の大切さが身にしみます。高めだったコレステロール値に加え、人間ドッグで褒められてきた血圧が上昇。叱咤激励してくれる妻と一緒に、意識して体調を管理し、健康を維持する日々です。
さて、私たちにとって「健康」とはどんな状態を表すのでしょうか。万国共通の理解として1948年に発効したWHO(世界保健機関)の憲章があります。
Health is a state of complete physical、 mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.(健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが 満たされた状態にあること=日本WHO協会訳)
人種や宗教、政治的信念、社会経済の状況によらず健康であることは万人が有する基本的権利との考え方が根底にあります。キーワードの一つ「ウェルビーイング」は、いまや自己実現や仕事の満足度を重視する企業の経営目標で多用されています。一人ひとりの違いを尊重する多様性(ダイバーシティ)の時代だからこそ、あまねく健康であることの重要性は増しています。ただ、どんな状態を健康と捉えるかは人それぞれ。WHO憲章には「すべてが満たされた状態」とありますが、WHO憲章を学んだ人が「自分はすべてが満たされていない」と不安に思わないよう配慮する必要がありましょう。
73%が「自分は健康」と回答
厚生労働省が全国5000人を対象に行った「健康意識に関する調査」(2014年)に興味深いデータがありました。自分が健康かどうかを判断する際に「重視した事項」(複数回答)の問いで、トップの「病気がないこと」(63.8%)に続き、「美味しく飲食できること」(40.6%)が2番目に入りました。「家庭円満」「生きがい」もベスト10に並びました。WHOが示した肉体的、精神的、社会的な充足を現代社会はどのように支えていったらいいのかのヒントになります。
Q. 健康感を判断する際に重視した事項は何ですか?(3つまで)
出典:「健康意識に関する調査」厚生労働省(2014年)
この調査で「非常に健康」「健康な方だと思う」と回答した人は計73.7%に上りました。周囲を見渡すと、病を上手に制御できているから「健康な方だ」と答える人が少なからず居るのではないかと感じます。その観点に立てば、疾病予防と共に早期発見・早期治療やリハビリが欠かせず、予防医学に携わる皆さんの活動が極めて重要です。時代とともに変化する健康感を適切に把握し、守るべきは守りながら、健康増進の施策を不断に見直していく必要があります。
Q.あなたは普段、健康だと感じていますか?
出典:「健康意識に関する調査」厚生労働省(2014年)
もはや少数の「標準世帯」
家庭円満のよりどころとなる家族の姿を考えましょう。「標準世帯」という言葉を耳にしたことがありませんか? 昭和40年代に政府の家計調査で採用され、夫婦と子供2人の計4人で、かつ有業者が世帯主1人だけの世帯を意味します。政策立案の指標として30年以上用いられました。昭和55(1980)年時点では全世帯の6割以上を「夫婦と子供」「3世代等」が占めていたためです。
単身、核家族へと世帯の実像が変化する中、標準世帯のイメージが国民の価値観や幸福感を縛り、社会制度や規範意識に影響していないか心配です。例えば、単身高齢者の増加に伴い公営住宅の入居手続きで保証人が確保できずに申請を断念する事例が表面化しています。住宅困窮者のセーフティネットであるべき施設の苦渋の実態を、関連する公的機関の懇談会委員を務めていた際に知らされました。
自治体の判断で改善が可能とのことで、機関保証の活用などを静岡新聞社の論説会議で議論し、社説で提案しました。家賃収納率の低下や緊急連絡先確保などの課題が制度改革を困難にする直接の要因ですが、国民の中にある家や世帯に対する固定観念が影響している可能性があります。
いまこそ「生涯教育」の考え方で
藤枝市内の保健所で開かれた禁煙講座の取材経験です。質疑応答で愛煙家と見られる参加者が「こうした講座に税金を使うのは無駄ではないか」と強い口調で質問しました。講師の返答は明快で、病気の治療費が国民皆保険制度の会計に及ぼす影響や家族の支援などを説明しつつ「たばこが原因のがんを未然に防ぐことに役立つなら講座の開催費用は十分に賄えます」と。拍手が起こりました。閉会後の取材に講師は、喫煙をやめるか否かは意思の強さの問題ではなく害を正確に知っているか否かだと強調されました。
児童福祉法の改正でこども家庭センターの設置が進んでいます。子育てに困難を抱える世帯への支援拡充は大歓迎ですが、忘れてならないのは子供たちへのメッセージです。「あなたが健康で健やかに成長していくことは基本的権利です」と大人がしっかり伝えたい。養護教諭の実践を含め学校教育の役割が極めて重要です。新学習指導要領で主体的に課題を発見・解決するアクティブラーニングが重視されています。心身の健康はこうした学びのテーマにふさわしいと感じます。
学びたいときに学ぶ生涯学習が重視されています。一方、ユネスコが提唱したのは生涯教育でした。life-long integrated educationの訳でポイントはintegrated=統合。生涯を通じ必要な時期に必要な知識を統合されたカリキュラムで提供する必要性を説きました。健康増進の施策は発達段階や社会的環境に応じた知識を体系的に伝授する必要があり、生涯教育の考え方が参考になります。官と民が共に行動する官民共創の考え方で、健康増進の施策を進める新しい公共の場をつくっていきましょう。
<本稿は、公益財団法人静岡県予防医学協会の機関紙「けんこう静岡」第159号への寄稿に加筆修正したものです>中島 忠男(なかじま・ただお)=SBSプロモーション常務
1962年焼津市生まれ。86年静岡新聞入社。社会部で司法や教育委員会を取材。共同通信社に出向し文部科学省、総務省を担当。清水支局長を務め政治部へ。川勝平太知事を初当選時から取材し、政治部長、ニュースセンター長、論説委員長を経て定年を迎え、2023年6月から現職。