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精神科医・木村好珠氏に聞いた、介護におけるメンタルヘルスの重要性

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今回のゲストは、精神科医として活躍する木村好珠先生。スポーツメンタルから認知症ケアまで幅広い分野で経験を積み、現在はクリニックの院長として診察や訪問診療を行いながら、介護者のメンタルケアの重要性を発信する。今回は、精神科医を志した経緯や認知症患者との関わり、介護者自身が心の健康を保つための具体的なアドバイスについて話を伺った。

精神科医を志した経緯と介護との関わり

―― 「このみ こころとからだクリニック」院長、そして産業医としてもご活動されていますが、精神科医を志されたきっかけについて教えていただけますか?

木村 私が精神科医を目指したのは、高校時代の親友が精神疾患になり、学校へ来れなくなってしまったことがきっかけです。

症状を少しでも改善できるよう力になれればと考えていたのですが、その友人が高校3年生のときに症状が良くなり、そのタイミングでもう一度自分の将来について考えるようになったんです。

友人と同じような境遇の方たちの力にもなりたいという思いがあったことと、私自身スポーツが大好きだったので、精神的な面からアスリートを支える「スポーツメンタル」に携わりたいと思い、精神科医を目指すことにしました。

―― 今でこそ精神科医の数は増えていますが、志した当初は少し珍しい診療科だったと思います。

木村 そうですね。精神科がそこまでメジャーでなかったこともあり、かなりハードルは高いものだったと思います。でも、この問題をなんとかしたいという思いが強かったですね。

―― スポーツ好きがきっかけでスポーツメンタルに興味を持たれたとのことですが、小さいときからスポーツがお好きだったのですか?

木村 そうですね。スポーツの中でも特にサッカーが好きで、小学生の頃から今までずっと好きです。

―― 好きになったきっかけはあったのですか?

木村 きっかけは可愛らしいもので、サッカー部の子が好きだったというだけなんです(笑)。スポーツに携わる方法を考えたとき、精神科を目指していたことと、スポーツメンタルの重要性を感じたことで、そこを目指していこうと決心しました。

―― 木村先生はミス日本グランプリで準ミス日本にも輝いていらっしゃいますよね。そのきっかけについても教えていただけますか?

木村 実は恥ずかしい話なんですが、一般入試で落ちるかもしれないと思った父親が医学部の面接で何か面白いことを言えるようにと、ミス日本コンテストに応募したんです。その後、医学部には現役合格できたのですが、コンテストは予想もしていなかった準ミス日本を受賞。大学1年生で芸能活動を始めることになりました。

当時、芸能活動をしている医大生は珍しく、変な目で見られることもありました。やりがいがあったので続けていましたが、絶対成績を落とさないようにしようと思い、どうにかキープしていましたね(笑)。

今振り返ると、ある意味そこが両立のモチベーションになっていたと思います。

―― その後、どのような経緯で精神科医としてのキャリアを積まれたのでしょうか?

木村 大学病院で研修医として2年間さまざまな科で学んだ後、精神科に進むことを決めました。その後は、大学病院や精神科の単科病院で経験を積んでいったのですが、山形の精神科単科病院で働いていたときは、認知症病棟があり、多くの認知症の方と接する機会がありましたよ。

―― 認知症の患者さんとの関わりについて、何か印象に残っていることはありますか?

木村 さまざまな症状の方がいらっしゃいましたね。物盗られ妄想や怒りっぽくなる方、徘徊する方、トイレが難しくなった方など、本当に多様でした。病院の中での生活が中心になるので、いかにその人が過ごしやすくなるかを考えることが重要でした。

―― 現在の活動内容についても教えてください。

木村 現在は主にJリーグなどのスポーツチームのメンタルアドバイザーとして活動しています。また、千葉県市川市行徳に「このみこころとからだクリニック」を開院し、精神科の診察と訪問診療も行っています。

訪問診療では、主にグループホームにいる精神疾患の方や、特別養護老人ホームの方々を診察しています。

認知症の方への対応と介護者支援の重要性

―― 介護施設への訪問をされていくなかで、施設内ではどのような悩みや課題があると感じますか?

木村 大きく分けて2つあると感じます。1つ目は、入居者の認知症の症状が悪化すると、感情のコントロールが難しくなることです。物盗られ妄想や、感情を抑えきれなくなる方もいらっしゃいます。これは介護者だけでなく、本人もつらい思いをされています。

2つ目は、スタッフの方々がそういった状態の方にどう向き合えばいいのか悩んでいることです。例えば、物盗られ妄想になったときに一緒に探すべきなのか、否定するのはよくないとわかっていても「そんなことないでしょ」と言った方がいいのか、といった具合です。

―― そういった状況の介護者に対しては、どのようにアドバイスされていますか?

木村 基本的に怒らないことが大前提だとお伝えしています。否定はせずに、同調や共感をする姿勢を見せることが大切です。物が盗られたと訴えている方がいれば、一緒に探すなど、とにかく否定せずに接するようにしていただきたいです。

残念ながら認知症になると、ある程度の時間が経つと感情が抑えきれなくなったことさえも忘れてしまいます。そのような方に対して否定的な言葉を返すと、どんどんヒートアップしてしまうことも少なくありません。まずは、介護が必要な方が、いかに穏やかな感情でいられるかを意識してほしいと伝えています。

―― ご家族の場合は、どのような思いでいらっしゃることが多いですか?

木村 そうですね。接し方が全くわからないという方もいらっしゃいますし、「介護を頑張りすぎて、どこから施設に任せていいかわからない」、「どこまで頑張らなければいけないのか」と悩んでいる方も多いです。

―― 介護は自分でやらなければいけないと感じてしまう方も多いように感じますが、どのあたりで手を抜いたり、サポートを求めたりすべきなのでしょうか?

木村 介護を100%やろうとすると、その人が第一優先になってしまい、「自分を差し置いて、この人のケアをしなければいけない」と、どんどん思い悩んでしまいがちです。

しかし、自分を大事にすることを忘れてはいけません。自分の人生という視点が大切であるだけでなく、疲れている姿を要介護者の方に見せることは、とっても辛いことだと思うんです。

自分のせいで息子や娘が辛い思いをしていることは本人にとっても結構辛いことで、心の中で「ごめんね」と、悲しい気持ちになってしまいます。

―― お互いのために、介護者のケアも大切だということですね。

木村 はい。自分自身のケアをまずちゃんとすることで、それがケアの質向上にもつながるし、相手に対しての優しさを持って介護できることにもつながります。

お互いに対しての気持ちを考えて、ちゃんと自分の心のケアをしていただきたいです。

―― 具体的には、どのようにセルフケアをしていけばよいのでしょうか?

木村 例えば、ショートステイなどの制度を利用することをお勧めしています。日本にはさまざまな制度がありますので、しっかりと活用していただきたいです。

ヘルパーさんを入れるのも良いでしょう。中には「ヘルパーさんを使うことで、楽をしているんじゃないか」と思う方もいらっしゃいますが、決してそうではありません。介護は大切な人だからこそ、つらいものなんです。大切な人のケアだからこそつらいのは当たり前なので、自分を休ませるためにショートステイなどを使うことは非常に大事だと思います。

―― 介護の悩みは人に話しづらい部分もあると思いますが、どうすれば話しやすくなるでしょうか?

木村 同じように介護をしている人がいれば、そういう人と共有するのも良いですし、ヘルパーさんや支援員さんに相談するのも良いでしょう。あとは、医療従事者や福祉の関係者にも相談できますし、精神科でも「ちょっと私も最近悩んでいるのでいいですか」と相談できますよ。

産業医の活動の中でも「実は今、介護をしていて」という相談を受けることがあります。カウンセリングや精神科医など、医療従事者をうまく活用していただきたいですね。

メンタルヘルスを維持する食事、睡眠、運動の重要性

―― メンタルヘルスの問題が近年増加傾向にあると思いますが、先生のクリニックではいかがでしょうか?

木村 はい、実際に増えていると感じます。私のクリニックも今年開院したばかりですが、1日50人ほど来院されるなど、かなり多くの方が来られています。

産業医として見ても、求職者の9割近くがメンタル系の問題を抱えている印象ですね。

―― メンタルヘルスに不調をきたしている方が増加している理由としては、どのような要因があると感じていますか?

木村 いくつか要因があると考えています。まず、スマートフォンの普及によってコミュニケーションの取り方が変化し、対面でのコミュニケーション能力が低下している点です。

アドラー心理学では「すべての悩みは対人関係の悩み」と言われていますが、対人関係の苦手さが顕在化してきているのかもしれません。

さらに、情報過多の時代になり、求めていない情報まで入ってくることで脳が疲労している可能性もあります。以前は新聞や周囲からの情報に限られていましたが、今はSNSなどを通じてさまざまな情報が押し寄せてきますよね。

―― たしかにいろいろな情報に触れる機会は増えました。

木村 そうですよね。ニュースを見たいと思っても、芸能人の結婚情報や炎上情報など、自分が求めていない情報まで入ってきてしまいます。そうすると予想以上に脳が疲労してしまうのです。

―― スマホの普及によって、若い年代でも認知症と似た症状が出るということも聞いたことがあります。先生はどのようにお考えですか?

木村 若年性認知症については、実際のところデータが少ないのが現状です。「若年性認知症だと思います」と自ら診察に来られる方が非常に少ないため、正確な傾向を把握するのが難しいのです。

―― 情報が増えすぎた環境が影響を及ぼしていることは考えられそうなのでしょうか。

木村 可能性としては考えられます。スマホは便利なものですが、その反面、頭を使う機会が減っているのも事実です。頭を使わなくなると必然的に退化していきますので、簡単に情報が得られる現代は、脳にとってはよくない環境ともいえます。

日頃から脳を使うという視点を持って活用することが大切で、検索する前には、まず自分の頭で考える時間を設けていただきたいです。

―― 少し話を戻しますが、メンタル疾患を抱えた方が状況を改善していくために、先生が特に大切だと考えていることはありますか?

木村 非常にシンプルなことですが、食事、運動、睡眠をしっかりと取ることが何より大切です。これらは基本中の基本ですが、実際にはおろそかにされがちです。

精神を安定させるには、神経伝達物質であるセロトニンを増やすことが重要です。セロトニンの生成には必須アミノ酸のトリプトファンが必要になるので、食事をしっかりとらないとセロトニンが生成できません。

また、セロトニンは睡眠ホルモンであるメラトニンの原料にもなるので、食事を摂っていないと眠りの質も悪くなります。食事と睡眠は密接に関連しているのです。

そして適度な運動は脳の活性化とセロトニンの分泌を促進させます。骨にも刺激を与えるため、1日20分程度の早歩きを心がけることをおすすめしています。

―― 具体的で実践しやすいアドバイスです。睡眠の質を上げるために他に何か注意点はありますか?

木村 入浴のタイミングも大切で、寝る直前ではなく90分から120分前に湯船に浸かることをおすすめします。人間は体温が下がるときに眠くなるので、この時間差が良質な睡眠につながります。

睡眠時間は個人差はありますが、7時間前後取ることが理想的ですね。

介護者のメンタルを整える、自己ケアの方法

―― 認知症の方を介護する場合、ときには介護者の思いが伝わらないこともストレスとなってしまう場面もあるかと思います。そのような場合は、どのようにメンタルヘルスを保てばよいでしょうか。

木村 認知症の方に対しては、無理に伝えようとしすぎないことが大事だと思っています。人生100年時代の今、認知症は誰でも起こることと言っても過言ではありません。そして、残念ながら今までと同じようにコミュニケーションをとることが難しくなっていきます。

ですので、周囲の方々は、本人がこれまでと同じだと思ってはいけません。「親や親戚には、いつまでも若々しくいてほしい」という気持ちはもちろん大事ですが、その思いが強すぎると本人は期待に応えられないことで辛い思いをしてしまう可能性もあります。

介護の目的は、介護者の思いを理解させることではなく、本人が心地よく穏やかに過ごせるかということだと私は考えています。なので、「すべてを理解することが幸せにつながるか?」と考えたとき、必ずしもそうではないと思います。

―― 心地よく穏やかに過ごすこと、ですね。

木村 はい。伝わらないことがあったとしても、良い意味での諦めといいますか、覚悟は持っておいていただきたいな思います。伝わらなくて当然ぐらいに思っている方が、介護をしている立場としては精神的にも楽です。

今まで通り普通にコミュニケーションがとれなくなることは、介護者にとってもショックだと思いますが、それは本人にとっても同じであることも忘れてはいけません。介護に向き合っていると、その点を忘れてしまうことも意外に多いんですよね。

人間なので絶対老化はしていきます。できること・できないことが人間にはあるので、それが変化していくと考えていただきたいです。

老化によってできなくなることを数えていくとキリがないので 「人間は変化していく生き物なんだな」と捉えていただいた方がいいかなと思います。

―― 介護者の中には更年期と重なっていく方もいると思いますが、介護の大変さと体の変化がある中で、喜びや嬉しさはどう見つけたらいいのでしょうか。

木村 人生の中で楽しいことが一つもないということは、あまりないと思うんですよね。人生を楽しいって言ってる人と辛いって言ってる人の違いは、もちろんさまざまありますが、楽しいことを見つけられる目を持ってるかが非常に大きいと感じます。

人間って、「悲しい」「辛い」のようなネガティブな感情を優先して頭の中に入れてしまう作りになっているんです。それは狩りの時代から築き上げてきたもので、楽しいことや嬉しいことだけをやっていたら、敵にすぐやられてしまうので。その“危険”とか“辛い”という感情を最初に感知するように脳はなっています。

でもその中でやっぱり「嬉しい」「楽しい」にどれだけ気づけるかが重要ではないでしょうか。例えば、雨が降ったら「最悪」という感情になっても、晴れた時に「最高」とはあまり言わないですよね。嫌なことがあるとすぐ気づくのに、日常的に発生している嬉しいことにはなかなか気づけなかったりするんですよね。

一つでも良いことに気づけると、その人は「人生楽しいんだよね」「人生運がいいんだよね」と捉えられたりします。その楽しさの数は、多少の誤差はあってもみなさんあまり変わらないと思うので、自分の意識を変えていくことによって、更年期のような体の変化がある中でも、前向きで楽しい毎日が送れるかなと思います。

介護施設での精神科医の役割と訪問診療の必要性

―― 今後どのような分野に力を入れていきたいとお考えでしょうか?

木村 それこそ老人ホームなどでの訪問診療を、もっと広げていきたいと考えています。現在、千葉県内にある老人ホームに行っていますが、ほかの老人ホームへ訪問診療へ伺い、多くの人の力になりたいと考えています。

―― 実際に訪問診療を行う中で、その必要性を強く感じるのですか?

木村 はい、非常に感じています。結局、ご高齢の方も不眠などの問題を抱えていますし、BPSDで妄想や暴言などの症状が出る方もいらっしゃいます。こういった症状は内科の先生では対処が難しいことも少なくありません。

また、ご入居されている方にそのような症状が見られることによって、スタッフの方も気疲れしてしまうことがあるます。スタッフのケア含めて、そういったところのケアは専門家が対応することが望ましいと思うんです。

―― 精神科の先生が対応すると、具体的にどのような効果が見られるのでしょうか?

木村 例えば、暴言などの症状がある方に適切な薬を処方することで、症状が大きく改善することがあります。診察させていただいた施設からは、「暴言が減りました」といった報告をたくさんいただいています。

―― 介護現場の負担軽減にもつながりそうですね。

木村 その通りです。介護現場がかなり厳しい状況にある中で、精神科医が訪問診療を行うことで、その状況を解消できる可能性があると思います。

―― 精神科の訪問診療は、まだあまり一般的ではないのでしょうか?

木村 そうですね。内科の訪問診療は結構あるんですけど、精神科はまだ少ないと思います。でも、需要は確実にあると思います。

―― どのような症状や状況で精神科医の訪問診療が特に必要になるのでしょうか?

木村 認知症に伴うさまざまな症状、例えば不眠や妄想、興奮状態などが顕著な場合です。また、うつ状態や不安が強い高齢者の方にも有効です。

施設のスタッフだけでは対応が難しい行動や心理症状がある場合、専門的な診断と治療が必要になります。

―― 施設のスタッフとの連携も重要になりそうですね。

木村 施設のスタッフの方々は日々入居者と接しているので、その方の状態をよく知っています。スタッフからの情報は非常に貴重で、それを基に適切な治療方針を立てることができます。

また、スタッフの方々に対して、認知症や精神疾患への対応方法についてアドバイスすることも重要な役割だと考えています。

―― 訪問診療を行う上で、何か課題はありますか?

木村 一つは、まだまだ精神科の訪問診療に対する認知度が低いことですね。施設側も、精神科医に相談できるということを知らないケースが多いです。また、精神科医の側も、訪問診療に積極的な医師がまだ少ないのが現状です。

―― その課題を解決するために、どのような取り組みが必要だとお考えですか?

木村 まずは啓発活動が重要だと思います。介護施設や他の医療機関に対して、精神科の訪問診療の重要性や効果を伝えていく必要があります。また、精神科医の養成課程で訪問診療の重要性を教育することも大切です。

さらに、行政との連携も重要です。介護保険制度の中で、精神科の訪問診療がより活用しやすくなるような仕組み作りが必要だと考えています。

―― 最後に、これから高齢化がさらに進む日本社会に向けて、メッセージをいただけますか?

木村 介護に直面している方は、毎日が大変だと思います。大変な状況だからこそ、自分を否定しないでいただきたいですし、介護と平行して自分の人生も大事にすることは忘れないでください。

なかなか思うように進まなかったり、介護のことで悩むことがあったら、周囲の専門職や介護保険サービスなどを活用して、自分自身を大事にする介護生活を送ってほしいなと思います。

取材:谷口友妃 撮影:熊坂勉

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