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世界で生産される食料の3分の1が廃棄され、温室効果ガスの10%は捨てられる食品のために費やされている

NHK出版デジタルマガジン

世界で生産される食料の3分の1が廃棄され、温室効果ガスの10%は捨てられる食品のために費やされている

 今や全世界で生産された食料の3分の1が廃棄され、全世界が排出している温室効果ガスの10%程度にもあたる量は、結局は廃棄される食料の生産過程で排出されているといいます。
 にもかかわらず、食料生産を増やせという声は、かつてないほど高まりを見せています。だとすれば、容認できるレベルまでフードロスの量を減らすほうが、よほど賢明ではないか? 本記事では、ビル・ゲイツも絶賛したバーツラフ・シュミルのベストセラー『Numbers Don't Lie 世界のリアルは「数字」でつかめ!』の一部を抜粋して公開します。

『Numbers Don't Lie 世界のリアルは「数字」でつかめ!』

小麦の生産量を数倍に増やすには

 フランス中央部、アメリカのカンザス州東部、中国河北省南部において、小麦は1ヘクタール当たり、どのくらいの量を収穫できるのか? この質問に即答できるのは、農家、農機具や化学製品を農家に売るビジネスマン、農家に助言している農学者、それに新種の作物を開発している科学者ぐらいだろう。というのも、いかんせん、現代社会の人たちは実際の作物栽培からほぼ切り離された状態で日々を暮らしているからだ。われ関せずとばかりに、農作物からできた食品を食べているだけ。でも、ここで思いをめぐらしてもらいたい。あなたが口にする香ばしいバゲットやクロワッサン、ハンバーガーのバンズやピザ、中国の蒸しパン(饅頭)、ラーメンの縮れ麺の1本1本、そのすべてが小麦からできているのだ。

 自分は教養があるし情報にも通じていると自負する人、車のどんな性能が向上したのかをすぐに説明できる人、パソコンやスマートフォンの新機能をとくとくと語れる人であろうと、20世紀のあいだに主要穀物の収穫量がはたして数倍になったのか、それとも1桁増えているのかと尋ねられれば、返答に窮するだろう。だが、1900年から2020年にかけて世界人口が約4倍にまで増えたのは、スマホの性能やクラウドストレージの容量が向上したおかげではない。主要穀物の収穫量が数倍に増えたおかげなのだ。では、世界でもっとも多く食べられている穀物、小麦の収穫量はいったいどうなっているのだろう?

1ヘクタール当たりの小麦収穫量

 近代以前の収穫量は少ないうえに、ばらつきがあった。長期的な傾向を検証しようにも、データの正確性についてはどうしても疑問が残る。比較的しっかりと記録が残っているこの1000年近いイギリスの小麦収穫量の推移を見ても、あまり当てにはならない。というのも、収穫量はまいた種が収穫につながる割合で示されている場合が多いからだ。しかも不作の年には、収穫した小麦の最大30%を翌年の種子のために保管しておかなければならない。平年並みに収穫できた年でも、25%は翌年の種子に回された。よって、中世初期の収穫量は1ヘクタール当たりせいぜい500〜600キログラム(わずか0.5トン)という場合が多かった。収穫量が1ヘクタール当たり1トンに増えたのはようやく16世紀になってからで、1850年には1ヘクタール当たり約1.7トンになった―1300年と比べれば3倍の量である。その後、さまざまな手法(*)を組みあわせて工夫した結果、1ヘクタール当たりの収穫量は2トンを上回るまでになったが、フランスではまだ1.3トンだったし、アメリカのロッキー山脈の東側に広がるグレートプレーンズの広大な農地でも1ヘクタール当たり1トンの収穫量だった。しかも、1950年まで全米の平均がその程度だったのだ。

*窒素を固定させるマメ科の植物などとの輪作、灌漑と排水、集約的な施肥、多様な作物の作付けなど。

 そんな具合に数世紀にわたってじわじわと収穫量が増えたあと、ついに大きな進展がもたらされた。茎が短い短稈品種の小麦を導入したのである。近代以前の小麦は茎が長くて、穀物の3〜5倍の量の藁が出た(ブリューゲルの絵画で描かれているように、小農たちが大鎌で刈るほど背が高かった)。近代農業における初の短稈品種の小麦は、東アジアとアメリカ大陸などの小麦を交配したもので、1935年に日本で発表された。第二次世界大戦後、この品種はアメリカに渡り、メキシコの国際トウモロコシ・小麦改良センターのノーマン・ボーローグ博士の手に届いた。そして1962年、博士とチームは2種類の収穫量の多い半矮性品種(藁と同量の穀物が実る)の育成に成功した。ボーローグ博士は世界の食料不足改善への貢献を認められ、ノーベル平和賞を受賞した。こうして、世界は前例がないほど大量の小麦を収穫したのである。

 1965〜2017年のあいだに、世界の耕作面積当たり小麦収穫量の平均は約3倍に増え、1ヘクタール当たり1.2トンから3.5トンになったうえ、アジアでも3倍以上に増加し(1トンから3.3トン)、中国にいたっては5倍以上になった(1トンから5.5トン)。いっぽう、2世代前からすでに飛び抜けて高かったオランダでは、なんと4.4トンから9.1トンと2倍以上になったのである。この期間で、世界の小麦収穫量は3倍近く増えて7億7500万トンになったが、人口の伸びは2・3倍にとどまったので、1人当たりに供給できる小麦の量は約25%増加した。おかげで現在、世界には十分な量の小麦粉がゆきわたっていて、ドイツでは堅いバオアンブロート(小麦粉とライ麦粉でつくるパン)を、日本ではうどんの麺(材料は小麦粉、塩少々、水)を、フランスでは昔ながらのミルフィーユ(小麦粉、バター、少量の水など)を存分に食べられるというわけだ。

 しかし、小麦に関しては心配しなければならない問題もある。いちばん生産性の高いEU諸国での1ヘクタール当たりの収穫量がここのところ横ばいになっているだけでなく、中国、インド、パキスタン、エジプトなど、1ヘクタール当たりの収穫量がEUよりはるかに低い国々でも同様の傾向が見られるのだ。

 その理由は、環境問題に考慮した窒素肥料使用の規制や、地域によっては水不足など多岐にわたる。いっぽうで大気中の二酸化炭素濃度が上昇すれば、光合成が促進されて小麦の収穫量は増えるはずだし、農業経営学が進歩すればイールドギャップ(その地域で見込める収穫量と実際に得られる収穫量の差)は多少なりとも縮むはずだ。しかし、いずれにせよ、わたしたちが言い訳できないほど大量に出しているフードロスの対策に、ようやく本腰を入れるのであれば、小麦をいまより大幅に減らさなければならないのはまちがいない。

フードロスはグローバルな大問題

 いま世界は言い訳できないほどの規模で、毎日、とんでもない量の食品を廃棄している。フードロスが地球環境や人間の生活の質にどれほど悪影響を及ぼすかを考えれば、まったく理解の範疇を超えている。

 国連食糧農業機関(FAO)によれば、世界では毎年、根菜、果物、野菜の40〜50%、魚の35%、穀物の30%、油がとれる大豆や菜種などの油糧種子、肉、乳製品の20%が廃棄されているという。つまり、全世界で生産・採取された食料の少なくとも3分の1は廃棄されているのだ。

 食料を廃棄する理由はさまざまだ。最貧国でいちばん多いのは、食料を貯蔵するための設備がととのっていない(ネズミなどの齧歯類や害虫、カビなどの菌類が、不適切に保管された種子、野菜、果物を害する)、あるいは冷蔵施設がない(肉、魚、乳製品がすぐに腐る)という理由だ。したがって、サハラ砂漠以南のアフリカ諸国におけるフードロスは、食料が消費者の手に届かないうちに廃棄される例が多い。いっぽう先進国におけるフードロスは、過剰生産が実際の消費量を大きく上回っているという単純な理由がもっとも大きい。たしかに過食している人も多いとはいえ、大半の高所得国では、重労働をこなす林業従事者や炭鉱労働者にしか適さないほど大量の食料を一般市民に提供している。デスクワークの人やほとんど身体を動かさない人、高齢者の大半には、多すぎるのだ。

 予想どおり、フードロス率がもっとも高いのはアメリカ合衆国で、食料の供給過剰を示すデータは山ほどある。なにしろアメリカでは1日に1人当たり約3600キロカロリーの食料が供給されているのだ。ただし、これはあくまでも供給量であって、消費量ではない――まあ、一安心というところか。

 だがここで、1日に必要なエネルギー量が1500キロカロリー未満の乳幼児と家からあまり出ない80歳以上の高齢者を除いて計算しなおすと、成人1人当たり4000キロカロリー以上のエネルギーが供給されていることになる。いくらアメリカ人には過食の傾向があるにせよ、それだけの量を毎日食べることはできない。米国農務省はその数字から食品の「腐敗などによる廃棄物」を差し引いて、成人が1日に消費できるエネルギー量は1人当たり約2600キロカロリーとしている。だが、これでも正確とはいえない。自己申告による食品の消費量(全国健康栄養調査による)と基礎代謝量の推定値のいずれを見ても、アメリカ人が実際に1日に摂取しているエネルギー量は1人当たり2100キロカロリー程度だ。そこで1人に供給されているエネルギー量3600キロカロリーから、実際に摂取している2100キロカロリーを引くと、フードロスは1人当たり1500キロカロリーという計算になる。つまり、アメリカの食料の約40%が捨てられているのだ。

 なにも、昔からずっとこんな状態が続いているわけではない。米国農務省によれば、1970年代初頭、成人1人が消費できるエネルギー量は、小売り前に廃棄される食料などの分を調整すると、1日当たり約2100キロカロリーで、現在より20%ほど少なかった。アメリカ国立糖尿病・消化器病・腎臓病研究所の推定によれば、アメリカ人1人当たりのフードロスは1974年から2005年のあいだに50%も増えていて、その後も悪化の一途をたどっている。

サプライチェーン(供給網)におけるフードロス率

 たとえアメリカの1日のフードロスの平均が本書を執筆時の1人当たり1500キロカロリーから増えないと仮定しても、単純に計算すれば、2020年の時点で(人口約3億3300万人として)、アメリカ全体のフードロスの総量で約2億3000万人に十分な栄養(1人当たり2200キロカロリー)を供給できることになる。これは中南米最大の国で、世界第6位の人口を擁する国、ブラジルの全人口をわずかに上回る人数だ。

 このように、アメリカ人は盛大に食品を廃棄しているうえ、適量をはるかに超える量を食べている。BMI(体格指数)30以上を肥満とした場合、アメリカの20歳以上の成人人口における肥満率は1962年から2010年にかけて2倍以上になり、13.4%から35.7%に増加した。これに過体重の人(BMI25〜30)を加えると、成人男性の74%、成人女性の64%が過体重か肥満にあたることになる。なにより心配なのは、いまでは6歳以上の児童の50%以上が過体重か肥満にあたるということだ。太っている状態はたいてい一生続くことを考慮すれば、この数値はきわめて深刻だ。

 イギリスの非営利団体、廃棄物・資源アクション・プログラム(WRAP)は、フードロスについてきわめて詳細に調査し、さまざまな観点から現状を報告している。たとえば、イギリスのフードロスをすべて合計すると、年間約1000万トンになる。金額に換算すると約150億ポンド(200億ドル近く)になるものの、そのうち食べられない部分(皮や骨)にあたるのは30%程度だ。つまり、廃棄されている食品の70%は食べられるものなのだ。なぜこのような結果になっているのか、WRAPはそのプロセスも報告している。まず、廃棄された食品の30%近くは「適切な期間に食べられなかった」ため、廃棄されていた。つまり「賞味/消費期限」がすぎたからという理由で3分の1が捨てられていたのである。そのほかの約15%は大量に調理されたり、提供されたりしたからという理由。その他の理由としては、当人の好き嫌い、偏食、偶発的な出来事などが挙げられている。

 フードロスは栄養物がむだになるという話だけではすまされない。そうした食品を生みだすために要した大量の労働力やエネルギーも必然的にむだになるのだ。田畑で耕運機や灌漑用ポンプを使用するといった直接的な労働力やエネルギーだけではなく、そうした機械やその材料として必要な鋼鉄、アルミニウム、プラスチックの製造、肥料や農薬の合成といった間接的な労働力やエネルギーも、ただ浪費されることになる。農業によけいな負荷がかかれば、土壌侵食、窒素の地下水などへの溶出、生物多様性の喪失、薬剤耐性菌などの問題を引き起こし、環境破壊にもつながる。これに加えて、全世界が排出している温室効果ガスの10%程度にもあたる量を、結局は廃棄されてしまう食料の生産過程で排出しているのだ。

 先進諸国は食料生産を大幅に減らすと同時に、食料の廃棄量も大幅に減らさなければならない。それなのに、食料生産を増やせという声は、かつてないほど高まっている。ここ最近では、豆のたんぱく質を加工してつくったフェイクミート(代替肉)を市場に大量に送り込み、食料の生産量を増やそうとする動きがある。だが、容認できるレベルまでフードロスの量を減らすほうが、よほど賢明ではないだろうか。フードロスの量を半分に減らせば、世界全体で食料をもっと合理的に利用する道が拓けるし、そこからとてつもない見返りを得られるからだ。WRAPによれば、フードロスの削減に1ドルを投資すれば、さまざまな点で14倍の利リターン益が見込めるという。だから、いますぐ行動を起こすべきだ。これほど説得力のある話はそうあるものではない。

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バーツラフ・シュミル(Vaclav Smil)
カナダのマニトバ大学特別栄誉教授。エネルギー、環境変化、人口変動、食料生産、栄養、技術革新、リスクアセスメント、公共政策の分野で学際的研究に従事。研究テーマに関する著作は40冊以上、論文は500本を超える。カナダ王立協会(科学・芸術アカデミー)フェロー。2000年、米国科学振興協会より「科学技術の一般への普及」貢献賞を受賞。著書に『Numbers Don’t Lie』(NHK出版)など。
写真・Andreas Laszlo Konrath

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