【ヒカシューの新作「ニテヒナルトキ〈念力の領域〉」】結成から45年過ぎてなお、生まれ変わりに躊躇がない
静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は熱海市の巻上公一さん、佐藤正治さんが所属するバンド「ヒカシュー」が12月3日にリリースした新作CD「ニテヒナルトキ〈念力の領域〉」を題材に。カバーデザインは御殿場市の美術家ちばえんさん。
ことし8月に結成47年を迎えたヒカシューの27枚目のアルバム。オリジナルアルバムが27枚というのは、現存する日本のバンドの中ではトップクラスの多さではないか。
試しに生成AIツールに問いかけてみたところ、THE ALFEEの28枚が最多ではないかという回答。アースシェイカー、怒髪天も20枚以上のリリースがあるとのことだった。真偽のほどは定かではないが、いずれにしろヒカシューは日本屈指のオリジナル楽曲数を有するバンド、と言って差し支えないだろう。
今作からサックス奏者纐纈之雅代さんが正式メンバーとしてクレジットされている。長いヒカシューの歴史の中で、初の女性メンバーだという。20年間同じ顔ぶれの5人で活動してきたベテランがあえて「型」を崩しにかかった。とても冒険的な態度だ。
新作は全11曲。全編にわたり、歯切れのいいサックスの音が聞こえてくる。旋律だけでなく、リズムにも貢献しているように感じた。佐藤さん、坂出雅海さんのリズムセクションにエッジーな「きわ」をもたらしている。
ヒカシューはもともと音楽性の幅が広いバンドだが、今回は情緒を強く感じる。それも「日本的な情緒」。歌謡性が前に出ている楽曲が耳に残る。清水一登さんのマリンバに乗せて、巻上さんが中南米あたりをのんびりたゆたうように歌う「コアラ的念力」は新機軸ではないか。
バリトンサックスとコルネットの絡みがかっこいい「カワウソの祭典」、テルミンとバリトンサックスがうなりを上げる「棒人間」、アラブ歌謡を思わせる「お邪魔なんだよちからこぶ」、詩の話法の転換がいかにも巻上さんらしい「空気を脱ぐ」など、佳曲がそろっている。
楽曲の耳なじみの良さは、新メンバーを迎え入れたこのバンドの風通しの良さに由来しているように思う。結成から45年過ぎてなお、生まれ変わりに躊躇がない。これぞ真の「オルタナティブバンド」である。
(は)