キーワードは「えーっと えーっと」、KYOTO EXPERIMENTが今年も秋の京都で開催
2010年にスタートして以降、先鋭的な舞台芸術作品を常に発信してきた「KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭」が、2024年も京都各地で開催される。フランスのコンテンポラリーダンス界を代表するマチルド・モニエ(Mathilde Monnier)など、5組の参加アーティストがすでにアナウンスされていたが、7月18日に酷暑の京都で記者会見が行われ、全プログラムが発表された。
記念すべき15回目の開催となる今回のキーワードは「えーっと えーっと」。国際的な舞台芸術祭のテーマとしては少し頼りなく感じるかもしれない。しかしながら、何かを思い出そうとする時、あるいはまだ言葉になっていない自分の思索や感情を何とか他者に伝えようとする時に放たれるこの言葉は、「experiment(実験)」の名を持つ同フェスティバルにとって、意外と示唆に富んだもののようにも思える。
「えーっと えーっと」という捉えどころのない発話が用意するのは、失われつつある記憶を呼び起こしたり、答えの出ない問題について熟考したりするための、いわば空隙だ。すらすらと言葉が出て来ずに口ごもったり、言いよどんだりすることでしか手繰り寄せることのできない、か細い糸でかろうじて成立している、そんな実験的な作品を今年も期待したい。
10月の毎週末を中心に、多種多様なプログラムが展開される同フェスティバルだが、大きく「Kansai Studies(リサーチプログラム)」「Shows(上演プログラム)」「Super Knowledge for the Future[SKF](エクスチェンジプログラム)」という、大きく3つのカテゴリーに分けられる。最も注目度が高い上演プログラムについて、まずは紹介しよう。
上演プログラムのこけら落としを飾るのは、インドネシア出身のムラティ・スルヨダルモ(Melati Suryodarmo)による『スウィート・ドリームス・スウィート』だ。東京のアートファンなら、2017年に「国立新美術館」と「森美術館」で開催された、東南アジアの現代アートを大々的に紹介する展覧会「サンシャワー:東南アジアの現代美術展」で、彼女のインスタレーションやパフォーマンスを観ているかもしれない。
揃いの真っ白な衣装に全身を包んだ28人のパフォーマーが、足を液体に浸すことでストッキングの色が徐々に変化していくという本作は、静かな抑圧による社会の均一化という世界的な現象が、インドネシアにおいても起こっていることを告げるかのような作品だ。「京都市役所本庁舎」の屋上庭園で開催される本作のほか、「京都芸術センター」では、スルヨダルモによる過去作品のビデオ展示も予定されている。
パフォーマンスユニット「チーム・チープロ」の松本奈々子と、台湾出身のアンチー・リン(Anchi Lin)による『ねばねばの手、ぬわれた山々』にも注目したい。台湾原住民族にルーツを持ち、チワス・タホス(Ciwas Tahos)というタイヤル族の呼び名もあるリンは、女性たちだけのコミュニティーが「テマハホイ」という山の奥深い場所に暮らしていたという、タイヤル族の伝承に関心を抱いた。
ともに作品を作る松本は、歴史的な文脈や人類学的な文脈など、特定の場所に関わる複数のイメージを身体に重ねる「妖怪body」という独自のメソッドを探求するアーティストだ。やはり山に住むとされる日本の民話に登場する山姥(やまんば)と、テマハホイの人々とが出会ったら……という着想を基に本作は展開されるという。周縁化された山の女性たちというモチーフを介して、多神教的でクィア的な想像力の発露が期待される。
そのほか、東アジアの帝国主義に取材した作品で国際的に知られるジャハ・クー(Jaha Koo)が欧米で流行しつつある韓国料理を題材にした作品や、「愛知県芸術劇場」で初演された余越保子(よこし・やすこ)が戯曲に振り付けをした作品、イラン出身の劇作家アミール・レザ・コヘスタニ(Amir Reza Koohestani)の作品などがラインアップされている。
また、ハイジュエリーメゾン「ヴァン クリーフ&アーペル」のプロジェクト「ダンス リフレクションズ」とのコラボレーションを行っているのも、同フェスティバルの魅力の一つだ。まさに今、現在進行系で「実験」されている作品が多い中、2022年から始まったこのコラボレーションで展開されるプログラムは、すでに海外で結果を残した「実験」が提示される。
今年も、TikTokに代表されるSNS動画の隆盛を意識した「ポストインターネットダンス」を追求するアーティストコレクティブ「(ラ)オルド」による、ローンとマルセイユ国立バレエ団と制作した『ルーム・ウィズ・ア・ヴュー』などの、国際的に関心を集めた作品が上演される。モダンダンスの立役者ロイ・フラー(Loïe Fuller)をリサーチした作品や、2013年「アヴィニョン演劇祭」で初演され好評を博したクリスチャン・リゾー(Christian Rizzo)の作品などが披露されるが、ダンスファンにとって最も喜ばしいのは、やはりマチルド・モニエの来日だろう。
『ソープオペラ、インスタレーション』と題された本作は、モニエとビジュアルアーティストのドミニク・フィガレラ(Dominique Figarella)との共同作業として誕生した作品で、舞台上の大部分を占める泡のかたまりが印象的な作品だ。もはやフランス国内だけではなく、世界のコンテンポラリーダンスシーンを代表するモニエの来日公演を見逃す手はないだろう。
これまで述べてきた通り、週末を中心に展開される上演プログラムが魅力的なのはもちろんのこと、並行して行われるリサーチやワークショップなどが充実しているのも同フェスティバルの特徴だ。今年は、関西のクラブカルチャーに詳しい石川琢也のリサーチや、美学者の吉岡洋と「弱いロボット」の開発で知られる岡田美智男とが登壇するトークイベントなど、興味深いプログラムが用意されている。
3演目券など多数の割引チケットがあり、どのような組み合わせで観ようか毎度悩まされる同フェスティバルだが、今年は当日料金と前売料金が同額で設定されているというのもうれしい。観たいプログラムの数やスケジュールによってどのチケットを購入するかは、公式ウェブサイトをじっくりと見て選んでほしいが、これだけの魅力を備えたフェスティバルを寄付でサポートするという選択肢もあることを提示しておきたい。
公演招待だけでなく、オリジナルバッグやスペシャルイベントへの参加権が提供される会員制度は、1万円(税込み)からコースが用意されている(公演招待及びオリジナルバッグの特典は京都市外在住の方のみ)。また、京都市へのふるさと納税の仕組みを利用しており、税の控除も受けられるサポーター制度だ。円安によっても海外作品の招致が難しくなっている昨今、経済的に少しゆとりのある人は、サポーターとして同フェスティバルに関わるのも新鮮な経験になるのではないだろうか。
KYOTO EXPERIMENT 2024では、プレ期間を経て10月5日(土)〜27日(日)の日程で、さまざまなプログラムが京都各地で展開される。京都市と「関西日仏学館」が秋に毎年主催する「ニュイ・ブランシュ KYOTO 2024」など、同時期に開催されているアートイベントも数多くあるので、10月の京都で芸術の秋を堪能してみては。