俳優歴19年にして村井良大が挑む初の一人芝居 これまでの俳優人生の総決算という心持
ミュージカル、ストレートプレイなど舞台を中心に活躍中の俳優・村井良大が、この秋初の一人芝居石井光三オフィスプロデュース『ザ・ポルターガイスト』に挑む。一人で登場人物10人以上を演じ分ける濃密でスリリングな会話劇である。現在、芝居と格闘中の村井を稽古場に訪ねた。一人芝居への意気込み、作品への思いの丈など、村井良大の現在の心境を稽古場からのリポートでお届けする。
取材・文=二見屋良樹
撮影=鈴木靖紀
さまざまな舞台でキャリアを重ねている俳優歴19年の村井良大を、いまさら〝令和に輝く〟と紹介するのはいささか失礼かもしれない。だが、今回稽古場を訪ねて、初の一人芝居『ザ・ポルターガイスト』に取り組んでいる村井の姿を見たとき、この一人芝居への挑戦により、村井良大という俳優の新たな地平が拓かれるに違いないという期待をこめての〝令和にジャンプ・アップする注目の俳優〟という意味において、ご紹介しよう。
今回の上演作品『ザ・ポルターガイスト』は、2020年のコロナ禍に、劇作家、演出家、監督と幅広く活動しているフィリップ・リドリーが〝一人芝居〟作品として書き下ろした戯曲だ。フィリップ・リドリーと言えば、映画『柔らかい殻』の監督、脚本でも知られ、残酷さと美しさが同居するといった独特の世界観が特徴だとの評価がある。
本作は、芸術家を志す主人公の青年・サーシャの葛藤と再生が、まわりの人物たちとの交わりの中で、痛みをともないながらも希望のかけらが見える物語として描かれている。
一人で一時間半しゃべり続ける初体験の呼吸法と悪戦苦闘
「来年俳優人生20年を迎えるこのタイミングでの初の一人芝居を上演することになりました。気づいたら20年になるのかという感じで、20周年だからと特に気にすることはないのですが、この節目に一人芝居に挑戦できるというのは、とても嬉しく、いいタイミングでのオファーだなと感じました」と、初の一人芝居だからという気負いは村井良大からは感じられない。ただ、取材を進めていくうちに、一人芝居に向き合う村井の心意気と情熱には並々ならぬものを感じさせられることになった。
稽古が始まって2週間足らずというタイミングだが、この時点で村井良大にとって一人芝居という壁が、どのように立ちはだかっているのだろう。
「実際稽古に入ってみて一人芝居の難しさというものを多々感じていますが、一番難しいのは呼吸だと実感しています。シンプルに息がもたないんです。セリフを言うのに自分なりの理想の間とかテンポというのがありますが、ずっと一人でしかも一時間半しゃべり続けるというのは芝居で経験したことがなく、とにかく大変ですね。
身体のコントロールというか、ボディメンテナンスということを、すごく重視するようになりました。今までの発声法だと自分が描く理想には程遠くて、しゃべり、そして呼吸が一番難しいところだなと悪戦苦闘しています」
さらに、翻訳物だというところにも難しさを感じていると言う。
「加えて言えば、日本人のセリフとしてしゃべるのは、まだいいんですが、英語を日本語に翻訳したものをしゃべるというところにも難しさがあります。日本語になっていてもまったく違うもので、いわゆる映画の吹替みたいな、日本語英語みたいな感じというのか。英語を日本語に翻訳すると、どうしてもそういうことがあります。そこで改めて認識したのは、やはり日本語の呼吸と違うんだなということです。英語は、身振り手振りよろしく前のめりな感じがするんですが、それは、ぼく自身の生活にある言葉とは違うので、けっこう難しくて。日本語は、ちょっとひいたような感じなんですね。日本人がしゃべる日本語だとまだ大丈夫なんですが、翻訳された日本語は呼吸法がすごく難しいなと実感しているところです。翻訳物の難しさを改めて思い知らされることになるいい機会をいただけたと思っています。よほど呼吸コントロールをしないといけないなと感じましたね」
俳優というのは、難しければそこにさらなるやりがいを感じ挑みたくなるという、やっかいな性(さが)を持つ生き物だとベテラン俳優から聞いたことがある。今、村井良大は初挑戦にどんな楽しみを見つけているのだろうか。
「もちろん楽しいところもたくさんあります。やはり一人でやることによって、新たな自分が見えてくるというのか、新たななのか、もともと自分はこうだったのかということが、わかるようになりましたね。一人でやるからこそ、見える景色も違い、自身のこともすごく見えてくるような気がしているんです。今までだと、相手役の俳優さんがいて会話で組み立てていくというか、積み上げていくというような部分があったわけですが、全部一人なので、すべてが自分のせいになってくる。自分の匙加減ですべてが決まってきます。相手のセリフによって自分のセリフの表情も変わってくるので、今までは、相手の方にずいぶん助けられていたのだなとつくづく実感しているところです。
もともと、相手役の方の呼吸を読み取るのが好きなので、自分からこうやりたいというのはないんですよ。ですが、今回の一人芝居では、自分でこうしたい、ああしようとセルフ・プロデュースしていかなければいけないので、それが大変な体験になっているかなとは思います。ぼく自身、どちらかと言えば攻めの俳優というより受け身の俳優なので、そこがけっこう勉強になります」
一人芝居の話になると、勢い雄弁になってくる村井。それほど、今回の一人芝居への思いが強いのだと推察される。
「一人芝居を観たときの楽しさはぼく自身も何回も体験していますが、通常の芝居より観客の立場としても得るものが多いような気がします。観客はイメージを膨らませ想像力をめぐらせて物語自体を探究するんですよ。観客という立場で言えば、一人芝居にはそれをとても感じます。一人芝居は今まさに観ながら作品を確認しているって感じで、想像力豊かに観ることができるのが非常にすばらしいことだと思いますね。受け身としてただ待っているだけでは面白いものは降ってこないという感覚でしょうか。自分からつかみにいく楽しさというような感じ。だから、今回も観客の方々にはのめり込んで観ていただけるのではないかと思っています。
と同時に、ああ、この芝居を一人でやっているんだという衝撃をだんだん観客も実感することになります。一人でやっているという衝撃と、こう魅せるんだと俳優の演技の展開に目を見張りながら、ストーリーも把握しなければといった、いろんなことが交互に入れ替わり立ち替わり観客の頭をめぐらせることになる。それが一人芝居のすごく面白いところだなと思います。
演じ手としてはけっこう大変なんですが、それも含めて観客自身が芝居というものをしっかりと体験している感覚を覚え、わからないものをちゃんとわかろうとするために自分でチェイスしていくところに、一人芝居が非常に芸術的だなと感じますね」
それにしても、若い男性、女性、老人、老婆、女の子などなど、一人で性別、年齢も超えた何人もの登場人物を瞬時に演じ分けるのは並大抵ではないだろう。日本の伝統芸能にも話術だけで、演じ分ける落語というものがあるが、その比ではないことは容易に想像できる。実際に芝居を観れば、俳優には想像以上にいろんなスキルが要求されていることがわかるだろう。
「すごくテンポが速いので、それぞれ役の色という意味で多少は声色を変えたりもしています。ただ、勝手に変わっているという感覚ですね(つまり無意識にそして瞬時に役を演じ変えているということか)。それとその役のイメージで身体の動かし方、重心が変わるというのはありますね。でも一番難しかったのはサーシャのモノローグでしょうか」
つまり、サーシャの実際のセリフと同時に、実際には口をついて出ない心の声もセリフとして語らなければいけない、その使い分けの難しさである。
「ほかの役は実際の会話なのでそんなに苦労ではないんですが、モノローグというのをどういうふうにとらえるか、演劇的表現も含めてどういうふうに見せるかについてはけっこう演出の雄さん(村井雄)と話しましたね。雄さんとは今回立ち位置なども相談しながら役を作っているんですが、わかりやすく、かつその情景が見えてくるように。結果的に雄さんとの二人の世界になっていますね。それ面白いね、それやってみようといった感じです」
すでに病み付きになっている19年間の芝居人生の総決算とも言える一人芝居
本作で、これまでの俳優人生で得られた経験がどのように生かされ、また、どんな新たな俳優としての側面を見せてくれるのか、村井良大には演劇界からも熱い視線が注がれている。
「やはり今まで培ってきた経験の大きさをさまざまな部分で感じています。身体の動かし方ひとつにしても言えることですが、やはりいろんな舞台を踏んできて演劇的表現ができるとかできないとか、そういうのを今まで培ってきたもので、答え合わせできているなというのはあります。
と同時にやはり自分が今まで見たことがない景色の中で、今までの自分というものはこうだったのだなと気づかされて、これを変えなければいけないなというのを非常に思い知らされてもいます。発声方法だったり、呼吸の方法だったり、新たに得るものがとても大きいです。今までのやり方でなんとかなるなという感覚はまったくないですね。
リドリーが描いているものが非常にわかりやすいハッピーエンドで手打ちというような物語ではないので、すごく整合性が合わなかったり、あれ、これってどうなってるのだとかという部分もあると思います。すべてを自分だけでやる一人芝居で、一つの追体験を劇場にいる全員で観るという状況では、整合性などということよりも、話はよくわからない部分もあるけどすごいものを観たというような、ストーリーは憶えていないけれどもあそこのシーンがすごく印象に残った舞台だったとか、感動にもいろんな形があって、観客のみなさんそれぞれの感動で、今まで観たことがない芝居体験を得られたと感じていただければ嬉しいですね」
2006年の舞台デビュー以来、ミュージカル、ストレートプレイとジャンルを問わずさまざまな色合いの舞台作品に出演し、観客にも強烈な印象を刻み込んでいる村井良大。東宝ミュージカルの『RENT』に中川晃教がスヌーピーを演じ、村井がチャーリーを演じた『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』、石丸幹二、安蘭けいとの共演の日澤雄介演出の『蜘蛛女のキス』のバレンティン役、藤田俊太郎演出によるミュージカル『手紙』、さらに、マキノノゾミ脚本、堤幸彦演出の『真田十勇士』『魔界転生』『西遊記』などがよみがえる。
「今回のお話をいただいたときに、いままでのぼくの芝居人生の総決算だなということを思いました。そのことをやはり今稽古していても、本番の舞台に立っていても感じると思います。自分がどういう人間なのか、どういう俳優なのかというのを改めて認識できる時間になっています。ぼくの中の良し悪しが自身でもわかるようになるので、それはけっこうすごい革命だなと思っているんです。
俳優の仕事を初めてやりますというときには、もしかしたら一人芝居からやった方がいいんじゃないかなといったことさえ考えたりもします。自分自身の俳優としての本質が見えてくる体験ができるという意味で。俳優は、その役になりきらなければいけないのに、結局根底に自分がないとその役になれない。だから自分探しという意味では非常に一人芝居は大事な機会だなと思います。
実は一人芝居がすでにクセになっています。次という機会があれば、またやりたいですし、俳優として一人芝居を経験した方がいいとも思います。一人芝居という通過儀礼が一回でもあると、その後の俳優人生はまた違ってくるのかもしれません。自分の中で、芸能人生の中で、ターニングポイントになるような作品だと思います。今回、俳優・村井良大に対する観客の方々の視点も変わってくるかもしれないですし、なんだか丸裸な感じというのがあります。舞台上にかなりの時間一人きりでいるわけですからね」
実際、初めての通し稽古という現場を見せてもらっているうちに、村井の言う一人芝居を観る面白味というものを実体験することになった。村井が肉体も精神もフルに動かしている姿にはすさまじいものがある。
主人公サーシャをはじめ10人を超える登場人物たちのセリフは休む間もなくマシンガンのように発射される。サーシャが今誰と話しているのか、実際には目には見えない人物たちそれぞれの立ち位置を把握しながら顔や身体の向きを変えるのも、ジェットコースターのように目まぐるしい。
村井が言うように、観る者は次第に想像力をたくましくさせられる。そうすると、目には見えない登場人物たちの像が現れてくる。実際には一人しかいない舞台に、同時に複数の登場人物たちのヴィジュアルが、ときにモノクロで、ときに色付きで出現する。観客の想像力によって勝手に描き出されるのである。観客も知らず知らず、積極的に物語に参加させられているのだ。これは確かに一人芝居ならではの特性かもしれない。
「舞台は、今まさに生きていて感じたり考えたり、いろんなことを実感できる場所であるように思えます。生きているという感覚を自分自身にストレートに感じさせてくれる、それが舞台での時間でしょうか。さらに、観客の方々に生で観ていただき、同じ時間を共有できることもぼくの中ではやはり舞台ならではかなと。ハプニング、アクシデントなども含めて、生で人がやっているんだなと、そのすばらしさを演じ手と観客が同時に共有できる場所であり、そのことで成立するのが舞台のすばらしさだと思っています」と締めくくってくれた。
INFORMATION
石井光三オフィスプロデュース
『ザ・ポルターガイスト』
作:フィリップ・リドリー
翻訳:小原真里
上演台本・演出:村井雄
出演:村井良大
アフタートーク登壇者
9月14日(日)14:00 村井良大・村井雄
9月16日(火)19:00 村井良大・桂やまと(落語家)
9月17日(水)14:00 村井良大・藤田俊太郎(演出家)
9月18日(木)14:00 村井良大
9月19日(金)19:00 村井良大
〔公演期間〕9月14日(日)~9月21日(日)
〔会場〕下北沢 本多劇場
〔問い合わせ〕サンライズプロモーション0570-00-3337(平日12:00~15:00)