映画音楽の巨匠・久石譲の知られざる一面に迫る~『ジャパニーズ・ミニマル・ミュージック』音楽監督・中川賢一インタビュー
2024年11月10日(日)彩の国さいたま芸術劇場音楽ホールにて、『ジャパニーズ・ミニマル・ミュージック ~オール・久石譲・プログラム~』が開催される。この度、本公演の音楽監督・中川賢一のインタビューが届いたので紹介する。
一定の短い音のフレーズを反復させるなどして構成する「ミニマル・ミュージック」 。S・ライヒ、P・グラス、T・ライリーなどの作曲家が数多くの作品を残し、今日映画音楽で知られる久石譲の作曲のルーツでもある。本公演の音楽監督を務める中川賢一に、 「ミニマル」との出会い、そして久石作品に挑む意気込みを聞いた。
ミニマル・ミュージックの原体験は短波放送の響き!?
「ピアニストなのでライヒの《ピアノ・フェイズ》はこれまでよく弾かせてもらってきたんですけど、あの曲は1967年の作品で、僕は1968年生まれなんです。それに気づいてから、なんだかミニマル・ミュージックには妙な縁を感じています」
こう語ってくれたのは現代音楽のスペシャリストにして、音楽への深い理解を基にしたアウトリーチやワークショップを取り入れたコンサートを日本全国で行っている中川賢一(ピアニスト/指揮者)だ。
「今から考えると原体験という意味では、幼い頃から聴いていた短波放送の響きもミニマル的だなって思ったりもしますけど(笑)、実際のミニマル・ミュージックに出会ったのは、地方でも全音ピアノピースとして安く売られていた一柳慧さんの《タイム・シークエンス》(1978年出版)だったように思います。楽譜が模様のようになっていて面白かったんですよ。でも80年代になってから録音を聴いたときには驚きを通り越してショックを受けました! ちなみに、90年代後半に留学していた頃、最後の試験でも弾いた思い出の曲です。ミニマルってもともとはジョン・ケージのような実験音楽だったと思うんですけど、70年代終わりからYMOを筆頭にテクノが大流行したこともあって、僕にとっては近しい感覚をもったミニマルも受け入れられたんだと思います」
2022年、中川が音楽監督を務めたミニマル・ミュージックによるフィリップ・グラスのオペラ《浜辺のアインシュタイン》(1976)の上演は、令和4年度の文化庁芸術祭賞で大賞を受賞。そのチームで次に挑むのが、今回の『ジャパニーズ・ミニマル・ミュージック 〜オール・久石譲・プログラム〜』というわけである。
「2008年にグラスのオペラ《流刑地にて》(2000/原作:フランツ・カフカ)を指揮したとき、グラスを理解しようと出演者のみんなで《浜辺のアインシュタイン》を聴き直し、改めてハマったんですけど、さすがに自分で演奏することはないだろうと思っていました。つねに繰り返しの回数を数えながら演奏しないと崩壊してしまう音楽なので、“お仕事”として演奏しようとすると確実に心折れる(笑)。でも当時は、ミニマルに愛着をもって向き合ってくれるメンバーを集めるのも無理だと考えていたんです。ところがそれから10年以上が経って、コンテンポラリーな音楽を弾くことが特殊だとは思っていない若い演奏家も増えてきました。だからこそ公演を成功させられたんだと思います」
久石氏自身が代表作と語る楽曲を表現すること
すでに歴史的重要作とみなされている《浜辺のアインシュタイン》に対し、中川が率いるチームが今度挑むのは御年73歳となる久石譲だ。ジブリなどの映画音楽で有名な久石だが、近年は世界的にミニマル・ミュージックの作曲家としても注目されており、今年6月末には自らウィーン交響楽団を指揮して録音した交響曲第2番を、名門レーベルDeutsche Grammophonからリリースしたばかり。これまでのイメージを更新すべきタイミングなのだ。
「今回、コンサートの前半で取り上げる『フェルメール&エッシャー』は私が選んだわけではないんですけど、じつは2012年に銀座で『フェルメール光の王国展』が開催されたときに、縁あって弾かせてもらったことがあるんです。久石さんがミニマル出身で映画音楽にもその要素があることは知っていたのですが、グラスとは違った意味で非常に演奏が難しい部分があって、とても驚かされました。こういう音楽を書かれるとは、それまで知らなかったんです! また、リハーサルでは久石さんが自分の作品をどう演奏してほしいかを知ることもできました」
一方、コンサート後半に控えているアルバム『ヴィオリストを撃て』(2000)は、再演の機会こそ『フェルメール&エッシャー』以上に少ないが、久石自身が「自分の代表作ができたなって。20代とか大学を出るところでね、こういう作曲家になりたいって思っていたことを20年かけて完成させたっていう感じかな」と当時述べていた重要作だ。
「こちらは今回の企画を引き受けてから初めて聴いたのですが、『フェルメール&エッシャー』とは違った意味で驚かされました。楽器編成だけみると大きめの室内楽なんですけど、PA(マイクやスピーカー)が入ることもあり実情はバンド! だから実際にリハーサルで音出しをしながら、オリジナルの音源を参照しつつも、どのパートをどの楽器が弾くのかを最終決定していくことになりそうです。今回のように久石さんの事務所にきちんと許可をもらって、取り上げる人たちが増えたらいいなと思える魅力がありますね。こうした楽曲を演奏することで、これまで聴いてこなかった方々にもミニマル・ミュージックの面白さが広まっていくはずですから!」
取材・文=小室敬幸(音楽ライター)
※埼玉アーツシアター通信vol.110より転載