【「拳と祈り―袴田巖の生涯―」笠井千晶監督トーク】 「袴田巌さんの世界」を感じていただきたい
静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は静岡市葵区の静岡シネ・ギャラリーで11月16日に行われた映画「拳と祈り―袴田巖の生涯―」の笠井千晶監督のトークイベントから。
現在の静岡市清水区で1966年に起きたみそ製造会社専務一家4人の殺害事件で死刑判決を受け、2024年10月に無罪が確定した元プロボクサー袴田巌さん。巌さんと巌さんを支え続けた秀子さんを22年にわたり取材した映像からなる「拳と祈り―袴田巖の生涯―」のトークイベントが行われた。この日来館予定だった秀子さんは体調不良で欠席。笠井監督が一人で登壇し、巌さん、秀子さんとのやり取りを話した。
袴田さんきょうだいと関わるきっかけは2002年に県警記者クラブで開かれたいわゆる「レク」でのこと。静岡放送の記者2年目だった笠井監督は獄中から秀子さんらに届いた巌さんの手紙に強く興味を引かれた。
「獄中にいる確定死刑囚だから、(巌さんには)会えないし文通もできません。声も聞けません。でも、私たちと同じ時間、同じ社会を生きている。そうしたことに衝撃を覚え、『もっとこのことを知らなくては』と考えたんです」
記者クラブで配られたパンフレットから連絡先をたどり、秀子さんと面会。ほどなく、月1回東京拘置所に差し入れに行く秀子さんに同行するようになった。映画冒頭に2014年3月の巌さん釈放の日に、同じワゴン車の中で撮影した場面がある。当日は想定外の事態が続いたという。
「静岡地裁で午前10時に再審開始決定が出て、秀子さんは一刻も早くいい知らせを伝えたいと東京に向かいました。私と弁護士さんが付き添って、3人で新幹線に乗って。でもまさか、その日のうちに釈放されるとは誰も思っていませんでした。夕方になって、拘置所から『とにかく出てほしい』と言われ、ワゴン車を横付けに。(拘置所の)敷地を抜けるまで、ずっとハラハラしていましたね。本当に出られるのかって」
笠井監督はその後も、勤務先や生活環境が変わる中、定期的に撮影を続けた。映画では巌さんのボクサー時代の実績にも触れる。評論家や専門誌編集者らの証言を交えながら、巌さんのフィリピンでの試合にも言及する。ボクシングはこの映画で大きなファクターになっている。釈放後の巌さんが、散歩の途中にアマチュア時代を過ごしたジムの跡地に柏手を打つシーンが強く印象に残る。
「テレビ番組ではできないことをやろうと思いました。この作品では巌さん自身を主人公にしています。拘禁反応があって『理解不能な人』と思われているのが残念だったので。映像を通じて巌さんの表情、言葉を感じ取ってほしい。テレビだとナレーションを入れて言葉で説明しなくちゃならないけれど、映画なら明確に断定する言葉がなくても感じてもらえる。この映画を通して巌さんの世界の一端を感じていただききたいですね」
(は)
<DATA>※「拳と祈り―袴田巖の生涯―」県内の上映館。11月17日時点
静岡シネ・ギャラリー(静岡市葵区)11月28日まで
シネマイーラ(同市中央区)11月29日~
TOVIX清水(静岡市清水区)※上映終了
シネマサンシャイン沼津(沼津市)※上映終了
イオンシネマ富士宮(富士宮市)※上映終了