16歳の少女と魅力的な年上女性の出会いを官能的に描く『美しい夏』 主題歌に“スイスの才媛”を起用した理由
世界中の映画祭を魅了した注目作『美しい夏』
20世紀イタリア文学の巨匠チェーザレ・パヴェーゼの同名小説を現代的な感性で映画化した『美しい夏』が、8月1日(金)より全国順次公開。戦争の影が静かに迫るなか少しずつ大人になっていく少女の姿を、文学やアート、ファッションを交差させながら繊細に描いた瑞々しい青春ドラマだ。
長編2作目にしてカンヌ映画祭グランプリを受賞したアリーチェ・ロルヴァケル作品の常連俳優イーレ・ヴィアネッロと、あのモニカ・ベルッチとヴァンサン・カッセルを両親に持つ新星ディーヴァ・カッセルの共演でも話題の本作。第77回ロカルノ国際映画祭や<イタリア映画祭2024>で上映され、多くの観客を魅了した。
静謐な声が物語を包む…主題歌を歌う「ソフィー・ハンガー」とは?
1938年、戦争の影が迫るイタリア・トリノ。16歳の少女ジーニアが初めて経験する友情や恋、憧れと焦燥――揺れ動く心を繊細に描いた青春ドラマ『美しい夏』。そんな本作の主題歌に起用されたのは、ソフィー・ハンガーの代表曲「Walzer für Niemand(=誰のためでもないワルツ)」だ。
1983年、スイス・ベルン生まれのハンガーは、英語・ドイツ語・フランス語を自在に操り、ジャズ、フォーク、エレクトロニカを横断する独自の音楽性で知られるシンガーソングライター。2008年には、藤井風も今年出演予定の世界三大ジャズ・フェスのひとつ、モントルー・ジャズ・フェスティバルに登場し、そのライブ・パフォーマンスが注目を集めた。
同年、アルバム「Monday’s Ghost」でデビューを果たし、「Walzer für Niemand」も収録されたこの作品は、スイス国内でゴールド・ディスクを獲得する大ヒットとなった。その後も数々のアルバムを発表し、2017年にはスティーヴン・ウィルソンの楽曲「Song of I」に参加。ジャンルの垣根を越えたコラボレーションで話題を呼び、常に音楽表現の新たな地平を切り拓いてきた。
近年は映画音楽やサウンドデザインにも活躍の場を広げ、セリーヌ・シアマ脚本のストップモーション・アニメ『ぼくの名前はズッキーニ』(2018)では音楽を担当。ラストシーンで彼女が歌う「Le vent nous portera」が流れ、感動的な余韻を残した。同作はアヌシー国際アニメーション映画祭で最優秀作品賞と観客賞をW受賞。アカデミー賞長編アニメーション部門ノミネート、フランス・セザール賞では最優秀長編アニメーション賞と最優秀脚色賞を受賞するなど、高い評価を得ている。
「この曲は“愛の告白の歌”なんです」監督が語る楽曲への想い
「Walzer für Niemand」は『美しい夏』の劇中、ジーニアとアメーリアが親密さを深める幻想的なダンスシーン、そしてエンディングに使用されている。彼女のささやくような歌声が、主人公の言葉にならない感情の揺れや痛みを丁寧にすくい上げ、詩情あふれる余韻をもたらした。
監督のラウラ・ルケッティは時代は背景とは異なる現代の楽曲をあえて選んだ経緯について、そしてサウンドトラック全体について次のように語っている。
撮影前、キャスト全員と5日間のワークショップを行い、ダンスシーンや芝居の稽古を重ねるなか、私の好きな曲を2曲ほどかけていました。そのうちのひとつがこの「Walzer für Niemand」です。この曲は“愛の告白の歌”で、実際の撮影現場でも流していました。アメーリアを見上げるジーニアのまなざしと、歌詞の意味が重なるように編集しました。
音楽のフランチェスコ・セラシと話した時、私は“音楽はすべてジーニアの声であってほしい”とお願いしました。だから曲は静かで小さな音から始まり、徐々にフルオーケストラへと展開する構成にしています。
また、この曲は歌詞にも監督のこだわりがあるという。そしてもう一つ、偶然とも必然とも言えるエピソードを明かしてくれた。
“あなたがいなくなったら、この世界も、私も消えてしまう”というようなドイツ語の歌詞は、英語やフランス語、イタリア語、スペイン語だったら観客がすぐ意味を理解してしまう。でも、私はあの言葉を“愛の秘密の言葉”として扱いたかったので、あえてドイツ語の楽曲を選びました。
この映画はロカルノ映画祭(スイス)で上映されましたが、歌手のハンガーはスイス出身の有名なシンガーだったので、上映後にはスタンディングオベーションが起きました(笑)。
ルケッティ監督が選んだ音楽は、物語の感情を静かに支えながら、登場人物たちの心情を豊かに映し出している。ぜひ、その繊細な響きを映画館の美麗音響で堪能しよう。
『美しい夏』は8月1日(金)よりYEBISU GARDEN CINEMA、シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開