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高まり続ける「移動」需要とどう向き合うべきか? 持続可能な移動手段を数字から考える

NHK出版デジタルマガジン

高まり続ける「移動」需要とどう向き合うべきか? 持続可能な移動手段を数字から考える

 航空機の炭素排出量は、運輸部門の排出量の約12%(世界全体の排出量の約2%)を占めています。脱炭素化のためには、航空機のエンジンの電動化に取り組む必要がありますが、それは自動車や列車の電動化よりはるかに困難な問題を含んでいるといいます。その理由は、現状航空機に使われているジェット燃料にさまざまなメリットがあることだそうです。現状の問題点と今後の展望はどのようになっているのでしょうか?
 本記事では、ビル・ゲイツも絶賛したバーツラフ・シュミルのベストセラー『Numbers Don't Lie 世界のリアルは「数字」でつかめ!』の一部を抜粋して公開します。

『Numbers Don't Lie 世界のリアルは「数字」でつかめ!』

ジェット燃料の王者、ケロシン

 炭素を排出しない世界を実現するうえで大きな障壁の1つが、灯油に近い油ケロシンを含まないジェット燃料の開発だ。世界の炭素排出量のうち、航空機から排出されている量は2%程度にすぎないが、運輸部門の排出量全体の約12%にあたる。ところが、航空機のエンジンを電動化するのは、自動車や列車の場合よりはるかにむずかしい。

 現在、利用されているジェット燃料にはさまざまな利点がある。もっとも一般的な規格はJet A -1というケロシン系のジェット燃料で、エネルギー密度がきわめて高く、1キログラム当たり42.8メガジュールのエネルギーが詰まっている(ガソリンよりわずかに少ないが、マイナス47℃まで凍らない)。

 コストの点でも、高空での燃料蒸発によるロスの点でも、引火点がガソリンよりずっと高いので火災が起こりにくいという点でも、ガソリンをしのいでいる。だからケロシンに対抗できるジェット燃料はいまのところ存在しないのだ。数百人もの乗員や乗客を乗せて大陸間飛行ができるほど大容量のバッテリーはまだSFの域を出ないし、液体水素を燃料とするワイドボディ機は当面、実現しそうにない。

 今後、必要となるのは植物か生物由来廃棄物をもとに製造された燃料で、ケロシンと同等の利点をもつものだ。このようなバイオジェット燃料であれば燃焼しても、植物が成長する際に吸収する程度の二酸化炭素しか排出しない。この原理はすでに実証されている。2007年以降、Jet A -1にバイオジェット燃料を混合させたものを利用した飛行試験がおこなわれ、最新の航空機向けの当面の代替燃料として適していることが証明されているのだ。

 事実、これまで15万便を超えるフライトで混合バイオジェット燃料が利用されてきたものの、バイオ燃料を常時そなえている主要空港は世界で5つしかなく(*)、ほかの空港は特別な場合にのみ供給するだけだ。アメリカ最大の航空会社、ユナイテッド航空によるバイオジェット燃料の利用状況を見れば、代替燃料への移行の道のりがきわめて険しいことがよくわかる。同社は年間の消費燃料の2%にあたる量しか、バイオジェット燃料の供給業者と契約していないのだ。たしかに、現代の航空会社が省エネの努力を続けているのは事実だ。乗客を1キロメートル運ぶのに要する燃料の量を比較すると、1960年より50%も減っているのだから。ところが、それだけ省エネしても、定期航空路線が広がるいっぽうであるため、いま、ジェット燃料の世界の年間消費量は4億2000万リットルを超えている。
*ノルウェーのオスロとスタヴァンゲル、スウェーデンのストックホルム、オーストラリアのブリスベン、アメリカのロサンゼルスの5つ。

 これだけの需要をバイオジェット燃料に頼るには、バイオ廃棄物の利用だけにとどまらず、植物油の採取を目的として栽培される油糧作物も利用するしかない。だが、一年生か二年生(トウモロコシ、大豆、アブラナ)や多年生(ヤシ)の油糧作物を栽培するには広大な土地が必要となるし、環境問題を引き起こすかもしれない。また、温帯での油糧作物の収穫量は比較的少ない。たとえば大豆の場合、1ヘクタール当たり0.4トンしかバイオジェット燃料を生産できないため、アメリカが自国のジェット燃料の需要を満たすだけでも、1億2500万ヘクタールの大豆畑が必要となる。これはテキサス、カリフォルニア、ペンシルべニアの3州を合計した面積より広く、南アフリカ全体の面積よりやや広い土地にあたる。そしてまた、アメリカが2019年に大豆栽培に使用した3100万ヘクタールの耕作地の4倍にあたる面積でもある。油糧作物のなかでもっとも効率がいいのは、果実からパーム油を得るアブラヤシで、1ヘクタール当たり平均4トンのバイオジェット燃料をつくりだせるものの、全世界の航空燃料を供給するには6000万ヘクタール以上の熱帯林が必要となる。そのためにはアブラヤシ栽培用の土地を4倍に増やさなければならず、その結果、森林伐採や泥炭地開発が進み、植物や土壌に蓄積されていた二酸化炭素の放出量も増えてしまう。

 それなら油分を多く含む藻類を培養してバイオ燃料をつくれば、それほど広大な土地は必要ないように思える。藻類の集約的な大規模培養には比較的狭いスペースがあればいいし、生産性もきわめて高いからだ。ところが、現実はそう甘くはない。エクソンモービルの試みを見れば、バイオジェット燃料生産を毎年数万トンの規模で拡大していくのがどれほど困難かがよくわかる。エクソンは、ヒトゲノム解読に大きく貢献したことで知られるクレイグ・ヴェンターが設立したシンセティック・ジェノミクス社と共同で、2009年に藻類由来のバイオ燃料開発に着手したものの、2013年、1億ドル以上もの資金を投じたすえに、この挑戦が困難をきわめたことを認め、長期の基礎研究に焦点をあわせて再出発すると発表した。

定期航空路線の乗客数とジェット燃料の消費量(過去のデータと予想)

 というわけで、代替エネルギーへの移行についても、わたしたちが航空機に乗る回数を減らして、消費するエネルギーの量を減らせば、もっとスムーズに進むのだろう。だが、とりわけアジアでは、今後も航空輸送量のかなりの増加が見込まれる。だからわたしたちは、あの灯油のような独特の臭いのジェット燃料に慣れるしかないのだ。ケロシンはこれからも長いあいだ利用されていくだろう。

エネルギー効率がもっともよい乗り物

 なにも、自動車や航空機に含むところがあるわけではない。その証拠に、わたし自身はこの数十年、信頼のおけるホンダ・シビックのシリーズにずっと乗ってきたし、近場の移動ではとりわけ頼りにしてきた。また、年に10万キロメートルは航空機で大陸間を移動してきた。移動距離にはずいぶん差があるものの、イタリア料理の食材店への買いだしには自動車を、カナダのウィニペグから東京への移動には航空機を利用するのがいちばんいい。

 さて、ここで問題となるのが、1人輸送距離当たりのエネルギー消費量だ。たとえば、シビックにわたし1人しか乗っていない場合、都会を1キロメートル移動するたびに、2メガジュールのエネルギーが必要となる。もう1人乗れば、この数値は1人1キロメートル当たり1メガジュールに下がって、座席が半分埋まったバスと同じくらいになる。意外にも、ジェット旅客機は効率がよく、一般的に1人1キロメートル当たり2メガジュール程度だ。最大積載量を積んだ最新設計の航空機なら、この値は1.5メガジュールになる。そして当然のことながら、公共交通機関の電車のほうがはるかに効率がいい。乗車率の高い、もっとも効率がいい地下鉄の場合、数値は0.1メガジュール未満にまで下がる。もっとも、路線が密集している東京でさえ、最寄りの駅が1キロメートル以上離れていれば、そこまで歩くのに時間がかかるので効率は下がる。

1人1キロメートル当たりのエネルギー消費量

 よって、これまで挙げてきた移動手段はどれも、1人輸送距離当たりのエネルギー消費量に関しては主要都市を結ぶ高速鉄道にはかなわない。高速鉄道の場合、たいてい移動距離は150〜600キロメートルだ。その草分けとなった日本の弾丸列車、すなわち初代の新幹線の場合、エネルギー消費量は1人1キロメートル当たり約0.5メガジュールだった。それよりあとに登場した高速鉄道、フランスのTGVやドイツのICEの数値は0.2メガジュール程度に下がった。航空機と比べれば、1桁低い数値だ。

 高速鉄道はその名のとおり高速だという点も、負けずおとらず重要だ。リヨンからマルセイユまで、TGVなら280キロメートルを100分で走る。それも都市の中心部と中心部をつないでいるのだ。これに対して、民間の定期航空路の場合、同じくらいの距離(ニューヨークのラガーディア空港からボストンのローガン空港までの300キロメートル)を70分で飛ぶ。とはいえ、チェックインに45分はかかるし、マンハッタンからラガーディア空港まで車で45分、そしてローガン空港からボストン中心部まで車で15分はかかる。このようにフライトの前後に時間がかかるため、合計で175分が必要となる計算だ。

 よって、利便性、時間、エネルギー消費の効率、炭素排出量の減少といった点を考慮したうえで合理的に考えれば、300キロメートル程度を移動する際には高速鉄道がベストの選択となる。ヨーロッパはもともと鉄道が発展した地域であり、すでにその選択をしている。いっぽう、アメリカとカナダは人口密度があまり高くなく、高速鉄道網を張り巡らすのがむずかしいとはいえ、高速鉄道で結ぶのに適した都市の組み合わせはたくさんある。それなのに、アメリカとカナダでは高速鉄道がまだ1つも開通していない。現在、ボストン-ワシントンDC間でアムトラック社がアセラ・エクスプレスを運行しているが、この列車には高速鉄道を名乗る資格はない。なにしろ平均時速がわずか110キロメートルという、のろのろぶりなのだから。こうした現状を見るかぎり、アメリカは(そして、カナダとオーストラリアも)高速鉄道輸送に関しては完全に出遅れている。

 かつてはアメリカが世界最高の鉄道を走らせていた時代もあった。ゼネラル・エレクトリック社がGE初のディーゼル機関車を製造してから11年後の1934年、シカゴ・バーリントン・アンド・クインシー鉄道が、車体が流線型でステンレス製の高速列車、パイオニア・ゼファーの運行を開始した。600馬力(447キロワット)、8気筒の2ストロークディーゼル発電機式機関車である。これほどの馬力があったおかげで、ゼファーのスピードは現代のアセラ・エクスプレスより速く、デンバーからシカゴまで1600キロメートルを超える距離を平均時速124キロメートルで走ったのだ。

 しかし、それから長い歳月が流れた。現在のアメリカが中国に追いつく見込みは、現実的に考えてもうないだろう。中国では高速鉄道の総延長が2万9000キロメートルとなり、世界最長を記録しているうえ、人口の多い東部のすべての主要都市を結んでいるのだから。

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バーツラフ・シュミル(Vaclav Smil)
カナダのマニトバ大学特別栄誉教授。エネルギー、環境変化、人口変動、食料生産、栄養、技術革新、リスクアセスメント、公共政策の分野で学際的研究に従事。研究テーマに関する著作は40冊以上、論文は500本を超える。カナダ王立協会(科学・芸術アカデミー)フェロー。2000年、米国科学振興協会より「科学技術の一般への普及」貢献賞を受賞。著書に『Numbers Don’t Lie』(NHK出版)など。
写真・Andreas Laszlo Konrath

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