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国宝《風神雷神図屏風》を描いた俵屋宗達の美の革新

イロハニアート

風神雷神図屏風(俵屋宗達、建仁寺蔵)

国宝《風神雷神図屏風》を描いた絵師、俵屋宗達(たわらや そうたつ)。 その名前は知っていても、どんな人物だったのか──と聞かれると、はっきり答えられる人は少ないかもしれません。 近年、原田マハさんの小説『風神雷神』(文春文庫)が刊行され、宗達をめぐる物語が再び注目を集めました。マカオやローマを舞台に、「もし宗達が西洋絵画と出会っていたら?」という仮説を描いた作品です。物語としての創作ですが、「宗達とは何者か?」という問いが、あらためて現代の私たちに投げかけられました。 400年を経た今なお、新しい解釈が生まれる──それこそが、宗達という画家の"革新"を物語っています。

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風神雷神図屏風(俵屋宗達、建仁寺蔵)

1. 町絵師から"芸術家"へ──宗達が変えた絵師のかたち


宗達の生没年は不明。弟子や師の名もはっきりしておらず、作品にも制作年の記載はほとんどありません。そのため、彼の人生は今も謎に包まれています。ただひとつ確かなのは、17世紀初頭の京都で活躍した絵師だったということ。

当時の京都は、政治の中心を江戸に譲ったあとも、文化の都として栄えていました。裕福な町人たちは、屏風や扇、書画を求め、街には「絵屋(えや)」と呼ばれる店が軒を連ねていました。宗達もそのひとり。屋号「俵屋」を掲げ、紙や扇に絵を施して販売していました。つまり、もともとは職人として出発した人だったのです。

転機は、書家で芸術家の本阿弥光悦(ほんあみ こうえつ)との出会いでした。光悦は、書・陶芸・漆芸・デザインなど多方面で才能を発揮し、天皇から土地を賜って「芸術村」を築いた文化人の中心的存在です。宗達は、光悦の依頼で厳島神社の国宝《平家納経》の修復を担当し、その見事な技術を認められます。

平家納経 平清盛願文見返絵

, Public domain, via Wikimedia Commons.

その後、光悦の書と宗達の絵が一体となった《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》など、多くの共作が生まれました。書と絵が響き合う斬新な作品群は、京都の文化人たちを驚かせます。

鶴図下絵和歌巻(部分)(下絵・宗達、書・本阿弥光悦)(京都国立博物館)(重要文化財)

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俵屋宗達下絵・本阿弥光悦書《四季草花下絵古今集和歌巻》17世紀初め、畠山記念館

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1630年頃、宗達は後水尾天皇(ごみずのおてんのう)から法橋(ほっきょう)という僧侶位を授与されました。町人でありながら天皇に認められたのは、異例のこと。それは、彼が単なる絵職人を超え、「芸術家」として評価された瞬間でした。宗達は、社会的身分を超えて美を創る表現者としての地位を確立したのです。

2. 金と墨の融合──装飾と精神をひとつにした画面構成


宗達の革新は、金と墨という対極の素材を、ひとつの画面に共存させたことにあります。

桃山時代の豪華さを受け継いだ金地の装飾画は、権威や華やかさを象徴しました。一方、墨一色で描かれる水墨画は、禅的な静謐と精神性を象徴します。宗達はその両方を自在に操り、きらびやかな金の上に墨のにじみを生かす──まるで光と影がひとつの呼吸をするような世界を生み出したのです。

たとえば《伊勢物語図屏風》では、金箔を敷き詰めた空間に、川の流れや樹木を墨の濃淡で軽やかに描き込み、物語性と抽象性を両立させています。構図は大胆に切り取り、画面には大きな余白。それが見る者の想像力を呼び起こします。

宗達の筆は、物語を描くだけでなく、「空間をデザインする」発想を持っていました。この感覚は、のちに日本のデザイン美学へとつながる「琳派(りんぱ)」の原点になります。

3. 《蓮池水禽図》──沈黙の中にある生命


墨一色で描かれた蓮と二羽のかいつぶり。京都国立博物館所蔵の《蓮池水禽図》は、宗達の水墨画の最高傑作と称されています。制作は1615〜1620年頃と推定され、宗達が壮年期にあった時期のものです。

蓮池水禽図(京都国立博物館蔵)

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輪郭線を使わず、墨のにじみと濃淡だけで蓮の茎や水面を浮かび上がらせる。にじみの中にある呼吸のようなリズム──静かな画面からは、水や風、生命の気配がゆるやかに立ちのぼります。

宗達は、金箔の屏風に神々を描くだけでなく、このように墨のわずかな濃淡だけで自然の本質を掴み取ることができました。華やかさと静けさ、動と静──その両極を往来できることこそ、宗達の真の才能だったのです。

後世の酒井抱一(さかい ほういつ)は、この作品を見て「宗達中絶品也(宗達の中でも絶品なり)」と称えました。抱一は江戸後期の画家で、尾形光琳を敬愛し、琳派を再興した人物。大名家の出身ながら、芸術に生きた彼が宗達を"理想の画家"と仰いだことからも、この一幅の持つ力がうかがえます。

このように、宗達は壮年期の段階ですでに「静」を極めていました。その後、晩年になると、まったく別の方向──激しい「動」の世界──へ挑みます。それが《風神雷神図屏風》です。

4. 《風神雷神図屏風》──空間をデザインするという発明


宗達の名を決定づけたのが、晩年の代表作《風神雷神図屏風》。制作は1630年代後半と考えられています。現在は京都・建仁寺に伝わり、京都国立博物館に寄託されています。建仁寺では精巧なレプリカが見られます。

風神雷神図屏風(俵屋宗達、建仁寺蔵)

, Public domain, via Wikimedia Commons.

画面右に風袋を背負った風神、左に太鼓を構える雷神。互いに向き合い、金地の上で風と雷をぶつけ合う──その構図は力強く、同時にどこかユーモラスです。筋肉の表現はデフォルメされ、表情には親しみさえ感じられます。神を"恐れ"の対象ではなく、"生きた存在"として描いた点も革新的でした。

特筆すべきは、中央の大胆な空白です。従来の屏風絵では、物語を隙間なく埋めるのが常識でした。しかし宗達は、あえて何も描かずに風を通した。この「余白」こそが、風の流れや音の振動を感じさせる装置となっています。彼は、「空気を描く」ことに成功したのです。

また、雲の表現には宗達が考案した「たらしこみ」が使われています。濡れた絵の具の上に別の色を垂らし、自然な滲みで陰影を作る技法。偶然のにじみを美へと昇華するその感性は、のちに尾形光琳、酒井抱一ら琳派の絵師たちに受け継がれました。

金地の平面の上に、たらしこみの陰影が揺らめき、平面と立体、静と動が交錯する──それは、まさに「構図のデザインによる革新」でした。

壮年期の《蓮池水禽図》で宗達が示したのは、ほとんど音のしない世界に宿る静かな呼吸でした。晩年の《風神雷神図屏風》で宗達が描いたのは、風そのもの、雷そのもののエネルギーでした。

静と動。その両極が、ひとりの絵師の中に並んでいることこそ、宗達という存在の規格外さなのです。

5. 琳派への継承──光琳から抱一へ、日本美の系


宗達が《風神雷神図屏風》を描いてから、およそ半世紀後。その構図に魅せられ、模写によって対話を試みたのが、尾形光琳(1658–1716)でした。

風神雷神図屏風(尾形光琳、東京国立博物館蔵)

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光琳は宗達の《風神雷神図屏風》を模写し、その裏面に《白象唐子遊図屏風》を描きました。これは単なる複製ではなく、宗達への敬意と対話の証です。彼は、宗達が生み出した「構図の余白」と「たらしこみの技法」を受け継ぎ、より洗練された装飾美として発展させました。

その後、江戸後期になると酒井抱一(1761–1828)が登場します。光琳を師と仰ぎ、自らも尾形光琳が模写した《風神雷神図》を模写。彼は「琳派」という流れを体系化し、宗達の美を再発見したのです。

風神雷神図(酒井抱一、出光美術館蔵)

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琳派の特徴は、自然や季節のモチーフを、デザイン性の高い構図と鮮やかな色彩で表すこと。宗達の"描かない美"──余白の感覚、たらしこみのにじみ、金地の輝き──それらすべてが、光琳と抱一の手で新たな時代に息づいていきました。

6. まとめ:「見る」をデザインした人──俵屋宗達


俵屋宗達が変えたのは、絵のスタイルだけではありません。彼は、「見る」という体験そのものを変えたのです。

彼の絵では、描かれていない空間が語り、余白が呼吸し、にじみが生きています。宗達は、ものの形ではなく、その"間(ま)"に流れる気配を描いた画家でした。だからこそ、彼の作品は400年を経た今もなお、新しく、現代的に感じられるのでしょう。

日本のデザインや建築に息づく「間」の美学も、その源流をたどれば宗達に行きつきます。形ではなく空気を描き、絵ではなく見る体験をデザインした人──。その革新こそが、「日本的モダニズムの始まり」と呼ばれる所以です。

俵屋宗達に出会える美術館・施設


俵屋宗達に出会える美術館・施設
宗達の作品を所蔵している施設をご紹介します。お出かけの際は、事前に各施設にお問い合わせください。

1. 京都国立博物館(京都府京都市)
代表作・国宝の《風神雷神図屏風》を長期寄託・公開しています。また作品データベース上に《蓮池水禽図》なども掲載されています。

2. 建仁寺(京都府京都市)
宗達の風神雷神図屏風の所蔵寺院(実物は京都国立博物館へ寄託)として知られています。観賞には訪問前に展示状況を確認することをおすすめします。

3. 山種美術館(東京都渋谷区)
宗達およびその周辺の作品(絵師・書家とのコラボレーション作品)を所蔵しています。

4. 出光美術館(東京都千代田区)
宗達やその工房の作品として挙げられている絵画を複数所蔵しています。

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