なぜ『みらい議会』はユーザーの支持を集めた? ソフトウエアが飽和する時代の「優れたUIデザイン」に必要な四つの要素
政治資金を透明化するツール『みらい まる見え政治資金』のリリースで注目を集めた、政党・チームみらい。2025年10月16日、次なる矢として放ったのが、Webプラットフォーム『みらい議会』だ。
コンセプトは「国会でいまどんな法案が検討されているか、わかりやすく伝える」こと。リリース直後からSNSを中心に大きな反響を呼び、その社会的意義もさることながら、特筆すべきはユーザーからの圧倒的な「使いやすさ」への評価だ。
法案の一覧表示、「やさしく/詳しく」の切り替え、AIアシスタントによる解説、ルビ機能……。徹底して「分かりやすさ」を追求したUI設計で、数多くの賞賛の声を集めている。
なぜ『みらい議会』は、ここまで多くの支持を集めることができたのか。開発を主導したエンジニアの村井謙太さんとデザイナーの山根 有紀也さんにインタビューしたところ、「優れたUIデザイン」を設計するために必要な四つの要素が見えてきた。
チームみらい エンジニア
村井謙太さん(@wyvernMurai)
学生時代にプログラミング学習サービス「Progate」を共同創業しCTOとしてプロダクト開発に従事。その後、株式会社Anycloudを起業しシステム受託開発を手がける。2025年4月頃より「チームみらい」の活動に参加し、チームみらいのサポーター活動を可視化するプラットフォーム「アクションボード」の開発を担当。25年10月にリリースされた「みらい議会」の開発ではメインエンジニアを務めた
チームみらい サービスデザイナー
山根 有紀也さん(@yamaneyukiya)
東京大学薬学部卒業後、株式会社電通に入社。クリエーティブ部門にて商品や事業支援に携わった後、トヨタ自動車株式会社に出向し、次世代EVの商品企画やサービスデザインに従事。現在はデザイン会社ONE incにて新規事業の立ち上げに携わりながら、チームみらい・永田町エンジニアチームにて政治資金の透明化する『みらいまる見え政治資金』や、国会議論をわかりやすくする『みらい議会』などプロダクトのデザイン全般を担当。2025年参院選にて愛知県より立候補
目次
「画面」ではなく、人間と政治の「関係性」をデザインする作り手自身の「思考のつまずき」をトレースする互いの職域に踏み込み、ユーザー体験の「継ぎ目」を埋める優れたUIは、デジタルの外まで設計されている
「画面」ではなく、人間と政治の「関係性」をデザインする
ーーまずは『みらい議会』の開発を進めるに至った背景を教えてください。
村井:チームみらいでは、テクノロジーを使って民主主義をアップデートしたいと考えています。先の参院選においても、国民がオンラインで自由に意見を投稿し、政策づくりに参加できる仕組みの必要性を訴えてきました。
参考にしているのが、台湾で導入されている行政サービス『JOIN』です。これは市民がオンラインで政策提案や議論に参加できるサービスで、すでに日常的に機能しています。
こうした「参加型の仕組み」が日本にも必要だろうということで開発が始まったのが『みらい議会』です。
ただ、構想を詰めていく中で、いきなり「参加」を求めるのは、少し段階を飛ばしすぎているのではないかと気付きました。
多くの人にとっては、そもそも国会で何が話されているのか、それが自分たちの生活とどう関係しているのかすら、ほとんど「見えていない」のが実情です。前提となる情報や文脈が共有されていない状態で、いきなり議論や提案を求めるのは、ハードルが高い。
そのため、まずは国会の議論を誰もが「分かりやすく理解できる」形で発信していくメディアプラットフォームが必要だと判断し、サービスの設計を進めていきました。
ーーSNSでは「UIが良い」と話題を集めましたが、これも「国会の議論を分かりやすく理解する」ためのこだわりだったのでしょうか。
山根:そうですね。本来の定義で言えば、UIは「人間と機械の境界面(インターフェース)」を指すと思います。そのため、UIデザインとは「人が見やすいPCやスマホの画面を設計する」というイメージが強いですよね。
ただ、私たちが『みらい議会』のUIデザインで意識したのは、人と機械というよりも「私たちと政治のインターフェースをどう設計するか」です。「遠く見えにくくなっている国会の議論を、身近で見やすいものにする」ことを目的に、機能要件・情報設計・トンマナ・ビジュアルを検討していきました。
国会や法案への理解度は、人によって異なります。できるだけ多くの方々がストレスなく理解を深めながら、結果として政治との距離が短くなっていくようなインタラクションや体験設計を重視しました。
安野さんがよく使う例え話なのですが、「メガネが発明される前は見えなかったものが、メガネをかければ見えるようになる」。これと同じで『みらい議会』というメガネをかけることで、国会の議論について理解する人が増えていきます。
AIなどのテクノロジーは「一人一人に合ったメガネを作る」ための、いわばレンズのようなもの。テクノロジーの使い方によって、対象物が見えやすくもなれば見えにくくもなります。
この話は、何も政治だけに限った話ではありません。これからAIが私たちの生活に溶け込んでいく中で、医療や福祉、金融や教育など様々な領域が、私たちにとってどういう存在になると「より良い社会」になるのか。
すなわち「人間と〇〇(政治、医療、福祉など)との関係性をどうデザインするか」が重要になるのだと思います。
作り手自身の「思考のつまずき」をトレースする
ーーそのデザインを設計していく上で、どのようなアクションから進めていったのでしょうか。
村井:まずは自分たちで、法案の原文を読み解いてみることから始めました。安野さんが法案に対する質疑を考えるプロセスを、開発チームも一緒に味わってみようと。
『みらい議会』の開発には、安野さんの議員秘書を務める古川 あおいさんも参加しています。古川さんは元官僚なので法案に関する解像度が高く、かなり初歩的なところから彼にレクチャーしてもらいながら、一つ一つ理解を深めていきました。
山根:いざ実際に読んでみると、内容として何が書かれているか全く理解が追いつかない。 過去に提出された法案はWeb上で見られるのですが、ビジュアル情報が少なくて理解するのに骨が折れるんですよね。それに、慣れない漢字がたくさん並んでいて、専門用語も多い……。
ただ、今振り返ってみると、この「つまずき」を最初に体験できたことが大きかったと思います。
自分たちがつまずくポイントを把握できたことで、「できるだけ多くの人が理解するには、どんなステップが必要なのか」「どんな見せ方なら迷わず進めるのか」という設計の方向性が、自然と見えてきました。
ーー「当事者」が感じる壁を体験して、それに対する解決策を講じていったと。
山根:はい。『みらい議会』で取り上げている「船荷証券(ふなにしょうけん)」の解説ページのトップには、テキスト情報の前に大きく船の写真を載せています。「これは船に関する法案なんだな」という直感的な理解が、その後の理解の土台になると考えたからです。
その他にも、私たちが法案を読み解く中で「結局、何がポイントなの?」「どういう経緯で?」「誰に影響がある?」と疑問に思ったことを、そのまま解説のポイントとして導入しています。
国際貿易における「船荷証券」をインターネットでつかえるようにする法律案gikai.team-mir.ai
村井:ユーザー目線をしっかり持って機能開発ができたことが、多くの人に「分かりやすい」と言っていただける結果につながったのだと思います。
「言葉の難易度を切り替えられるボタン(やさしく/詳しく)」「どこまで議論が進んでいるのかが分かるステータスの表示」といった機能は、実際に自分たちが法案を読み解く中で必要性が高いと判断したものです。
「ファーストユーザー」としての体験を、いかに再現可能な形でプロダクトに落とし込んでいくかが大切になりますね。
互いの職域に踏み込み、ユーザー体験の「継ぎ目」を埋める
ーー『みらい議会』の機能開発は、村井さんがエンジニアとして主導していったのでしょうか?
村井:そうですね。ただ実態としては、各メンバーが自分の専門領域を飛び越えて、お互いに干渉し合って開発を進めていきました。
国会議員の安野さん、元官僚の古川さん、デザイナーの山根さん、そしてエンジニアの私。『みらい議会』の開発はバックグラウンドの異なる4人で行いました。今振り返ると、もし完全に分業していたら『みらい議会』の開発はうまくいってなかったと思います。
ーーそれはなぜでしょうか?
村井:記事を読んで、画面をスクロールし、ボタンを押して、次のページへ遷移する。ユーザーにとっては、その全てが途切れることのない「一つの連続した体験」だからです。
それなのに、作り手側が「ここは文章担当」「ここはデザイン担当」「この先は実装担当」と線を引いてしまうと、出来上がるサービスは、別々の担当者が出した「成果物の集合体」にしかなりません。
例えば、Figma上では完璧に見えても、実際にコードを書いて触ってみると「なんか微妙」というケースはよくあります。「ページの表示速度」や「タップ時の違和感のないアニメーション」などの非機能要件は、エンジニアリングとデザインの境目で抜け落ちやすい。
そこを私の判断だけで進めず、山根さんと二人三脚で議論して開発を進めていくことで、ベストな体験に近づけられたのだと思います。
ーーかなり異色のメンバーが集まったチームでしたが、そうした「越境」が成功の要因だったのですね。
山根:国会議員と元官僚とエンジニアとデザイナーが何かを一緒に作ることって、恐らく日本で初めてだったのではと思います。
こうした多様性の高いチームは、それぞれのメンバーが専門領域で高いスキルを発揮できる一方で、同じ目線や感覚を共有することが重要です。
そのため、定期的に「気持ちをもつ会」と称してプロダクトのプロトタイプを触りながらフィードバックする場を設けて、それぞれ職域に閉じずに使い心地を確かめながら進めました。
メンバー全員が自身の役割だけに閉じずに、お互いの領域に踏み込みながら仕事を進めていけたのは大きなポイントでした。
優れたUIは、デジタルの外まで設計されている
ーー今、振り返ってみて、『みらい議会』が多くのユーザーから指示を集めた要因は何だと感じていますか?
山根:正直なところ、私たち自身もかなり驚きました。想像以上の方が「国会の議論をわかりやすく理解したい」というニーズを持たれていたということかなと受け止めています。
法律という全ての人の生活に関わるものだからこそ、オープンに分かりやすくしたことが評価いただけたのかなと。
村井:『みらい議会』の開発に関して、技術的に高度な取り組みを実施したのかと言われたら、そうではありません。同じ機能を持ったプロダクトを開発すること自体は、私たち以外のチームでも十分に可能だと思います。
ここまで受け入れていただいたのは、プロダクトのバックグラウンドに「チームみらい」という、実世界での活動を積極的に行っている「実体」があったからだと感じています。
ーーと、言いますと?
村井:世の中には、既に数多くのソフトウエアが出回っていますよね。近年のAIの進化によって生産コストが下がっていく中で、ソフトウエアが飽和していく流れはもう歯止めが効きません。
ソフトウエア単体でコアな価値を発揮していくのは、結構難しい時代になっていると思います。10年前なら「便利なソフトウエア」というだけでも価値がありましたが、今はもう違う。今後は、実世界でのアクションも含めた「立体的な活動」が重要になっていきます。
ただ単にソフトウエアのUIやUXを追求していくだけではなくて、現実世界で実体のある活動もきちんと行っていくこと。その二つがかみ合って初めて、説得力や期待感が生まれます。
ーー平面のデザインを良くしただけでは、もはやユーザーの心には届かないと。
山根:もちろん平面のデザインはこれからも重要で、私も修行中です。ただ今後はそれだけでは足りない気がしています。
ソフトウエアは飽和していますし、情報も飽和してますよね。しかも今は、AIによるフェイク情報まで入り込んできて、何が正しいのかを見極めなければならない。そういう時代においては、Webの情報だけでなく、物理的な活動がハイブリッドになっているかが鍵を握ります。
チームみらいが国会で行っている物理的な活動が、『みらい議会』の信頼性の土台を作る。そして『みらい議会』に集まった国民の皆さんのリアルな声が、今度は国会の場に反映されていく。そんな信頼のサイクルを、テクノロジーを用いて実現できればと考えています。
「ここが出す情報はフェイクじゃないんだろうな」という信頼は、現実世界との相互作用のプロセスがあるからこそ生まれるもので、画面上のフォントや色使いだけでは作れません。
AI時代のUIは、スマホやPCの画面単体で閉じるものではなく、システムや物理活動も含めた設計が求められるのだと思います。
写真提供/チームみらい 取材・文/今中康達(編集部)