つけそば発祥の老舗『中野大勝軒』で伝統の一杯を。醤油ベースの澄んだ味は毎日食べたくなる!
中野駅南口を出て中野通りを道なりに進んだところにある、つけそばの老舗『中野大勝軒』。来店客の半数近くが注文するスペシャルつけそばは、チャーシューやメンマ、味玉などの具材がたっぷり。醤油ベースの澄んだスープと国産小麦粉を使った太麺が織り成す、昔懐かしい味わいは毎日食べても飽きがこない。化学調味料不使用なのもポイントだ。
お昼過ぎでも客足が絶えない、つけそば&ラーメンの老舗
電車やバスといった交通の便がよい中野には、駅の南北に商店街があり、幅広い世帯にとって暮らしやすい地域。マンガやアニメといったサブカルチャーの発信地としても有名だ。そして個性豊かなラーメン店がしのぎを削る、都内で指折りのラーメン激戦区でもある。
『中野マルイ』などがある中野駅の南口から中野通り沿いを進むと『中野大勝軒』が見えてくる。1951年の創業以来、中野の地で営業し続けている、つけそば(つけ麺)とラーメンの老舗だ。平日の昼過ぎにうかがったにもかかわらず、中休みの時刻になるまで客足が途絶えない。
取材に応じてくれたのは、従業員から“会長”と呼ばれ慕われている2代目店主(経営者)の坂口光男(さかぐちみつお)さん。1978年からこの店で働いてきた大ベテランだ。現在は引退され、2025年7月からは坂口さんの息子さんが3代目店主を務めている。
「私の父親が1951年に最初のお店を中野で出しました。そのときに手伝ってくれていたのが『東池袋大勝軒』の創業者・山岸一雄(やまぎしかずお)さんです。その後、いまの場所へ移転したのが1974年。店内をリニューアルしたのは2023年ですね」
かつて『中野大勝軒』では、麺を茹でる際に一人前ずつ量っていなかった。数人分を多めに茹で、余った麺を集めておいて店員のまかないとして食べた始めたのが、つけそばのルーツと言われている。
こぢんまりとした清潔感のある店内を見渡すと、お客さんの誰もがつけそばを注文していた。いまでこそ、つけ麺は全国各地のラーメン店で提供されている。しかし『中野大勝軒』が提供をはじめたつけそばは、知る人ぞ知るローカルメニューだった。
「昭和30年代から50年代にかけては、つけ麺を出すお店がほとんどなかったようですね。当時はお客さんがお客さんを連れて来て、口コミでつけそばが広まっていきました。ウチのメインがつけそばになったのは、中華そばよりつけそばのほうが売れてきたからです」
スープも残さず飲み干したくなるスペシャルつけそば
今回は、つけそば900円に焼豚(チャーシュー)や竹の子(メンマ)などの具材が付くスペシャルつけそば1350円を注文した。調理してくれたのは、店長の板倉由浩(いたくらよしひろ)さんだ。
「基本的にスペシャルつけそばと、焼豚が付く肉入りつけそば(1250円)がよく出ます。あとは味玉と海苔を付けた、のりたまつけそば(1100円)も多いですね」と板倉さん。いずれにしても、お客さんたちの目当てがつけそばなのは間違いない。
スープのかえし=醤油ダレにお酢を足したら、麺を茹でていく。麺には国産の小麦粉を使用。坂口さんいわく「でんぷん質が多い、うどん向きの小麦粉」なのだとか。
板倉さんは麺を茹でる際にテボ(湯切りザル)を使うが、「坂口会長はこれを使わないで、鍋に5~6人分の麺を入れていっぺんに茹でる」そうだ。坂口さんは「そのほうが麺のストレスがない。人間が温泉に入るのと同じで広いほうがいいんです」と笑う。
醤油ダレに合わせる透き通ったスープは、化学調味料不使用の和風出汁がポイント。豚ガラ、鶏ガラ、親鶏、サバ節、宗田ガツオ節のほか、香味野菜、シイタケ、昆布といった素材の旨味を引き出している。
玉子(味玉)150円、竹の子250円、焼豚350円など、各種トッピングは単品でも注文可能。とはいえスペシャルつけそばなら、通常のつけそばにこれらの具材を追加するよりもお得だ。
さっそく完成したスペシャルつけそばを実食する。スープは昔ながらの醤油ラーメンを彷彿とさせるスッキリとした味わい。豚骨系のパンチや魚介類の風味もありつつ、ほのかなお酢の酸味がサッパリした後味を生む。
もっちりとした弾力感のある麺は、かめばかむほど小麦の香りが感じられる。「麺に味があるから、あっさりスープとのバランスがいい」という坂口さんの言葉どおりだ。
しっとり柔らかい自家製の焼豚は、ほどよく脂がのっており、豚肉の旨味と甘みが口いっぱいに広がる。太めの麺に合わせて短冊切りで提供されている点も見逃せない。
とろとろ&濃厚な味玉や、太めで食感のよいメンマといったトッピングは、箸休めにちょうどいい名脇役だ。麺を食べ終わったら、スープに和風の出汁が効いた割りスープをIN。食後の余韻に浸りつつ飲み干せば、あまりの満足感に思わずため息が漏れる。
どこか昔懐かしい醤油ベースの味わいは、毎日でも食べたくなるほど飽きがこない。ちなみに濃い味がお好みなら、卓上にある特製醤油タレや酢、ラー油などで調節してもOKだ。
伝統的な味をいまに残すことに価値がある
初代店主である坂口さんのお父さまから、2代目の坂口さん、そして息子さんと3代続く『中野大勝軒』。現在まで続けてくることができた理由を尋ねると、坂口さんは「つけ麺発祥の店という誇りですね」と即答する。
「いま『日本つけ麺学会』の活動として、中野区で『つけ麺を世界に』という地域活性化をしているんですよ。中野がつけ麺発祥の地であるという誇りをお客さん、区民の皆さんに共有していただければ、地域活性化の大きな力になると思うんです」
日本つけ麺学会とは2023年に設立された、中野のつけ麺を盛り上げる団体のこと。坂口さんは同団体の名誉会長を務め、中野区長や観光協会などと協力しながら地域振興にも力を入れている。
そんな坂口さんに、いまの思いを聞いてみた。
「伝統的な味を残し続けたいです。たとえ万人に受け入れられなくても、食べてくれる人がいるなら(笑)。かつて売れるものがうまいんだ、という時代があったんですよ。つけ麺の黎明期から平成初期ごろまでは、ウチのような醤油清湯スープが主流でした。やがて時代とともに、とんこつ系の濃い味に若者が慣れ、和洋のジャンルを超えた個性的なつけ麺が台頭してきた。そうなると伝統的な醤油清湯スープの味が、数あるつけ麺の中で一つの個性になる。そういう意味で、昔の味をいまに残すことには価値があるんじゃないかと思っています」
ずっと中野で営業してきたからこそ、常連客は50代、60代の人も多い。子供の頃、親に連れられて来ていた人たちだ。その世代がお子さんを連れて来る。そうして『中野大勝軒』の伝統的な味が、お客さんの舌にも脈々と受け継がれてきた。これまでも、これからも。
中野大勝軒(なかのたいしょうけん)
住所:東京都中野区中野3-33-13/営業時間:10:30~15:00・17:00~20:00/定休日:無(水・日休業の可能性あり。SNS参照)/アクセス:JR中央線・地下鉄東西線中野駅から徒歩3分
取材・文・撮影=上原純
上原 純
ライター
東京都出身。編集プロダクション勤務を経て、2018年からフリーランスに。雑誌やWeb媒体で、グルメやビジネスなどの取材記事を中心に幅広く執筆。カレーとスイーツ全般、とくにチョコレートには目がなく、毎月コストコに通ってお菓子を買い溜めする。ブリティッシュロックやハードロック、ヘヴィメタルなどの音楽が原動力。