特別展「怖い絵」展
「絵は感性で観るもの」。特に絵画展の初心者に対して、しばしば言われる言葉です。確かにその通りですが、背景を知る事で、さらに鑑賞の世界が深まる事も事実。誰でも理解しやすい「恐怖」をキーにして、絵を読み解く事の楽しさを広めてくれた中野京子さんの識見には、改めて敬意を表します。
書籍の『怖い絵』は分野別ではありませんが、鑑賞の助けになる事を考慮して、展覧会は6章で構成されています。
第1章は「神話と聖書」。ギリシャ・ローマ神話や旧約・新約聖書の場面を描いた絵画は定番ですが、内容は必ずしも幸福ではありません。杯を出すキルケーは、近づく男を動物に変えてしまう魔女。海から誘惑する美女は、歌声で船人を惑わせる怪物セイレーンです。
第2章の「悪魔、地獄、怪物」も、洋の東西を問わず見られる画題。日本の美術でも多くの表現があるように、キリスト教世界にも、さまざまな魔物が徘徊しています。
第1章「神話と聖書」、第2章「悪魔、地獄、怪物」
第3章は「異界と幻視」。ペストや戦乱など、死の影が身近にあった中世末期のヨーロッパ。日常の隣から突然顔を出す死の気配に、人々は苛まれます。
実は最も恐ろしいのは、第4章「現実」かもしれません。描かれているのは殺人など、より現実的な恐怖の場面。連続殺人鬼「切り裂きジャック」の部屋を描いた画家は、切り裂きジャックその人であるという説もあります。
第3章「異界と幻視」、第4章「現実」
第5章「崇高の風景」には、一見すると美しい風景画が並びますが、やはり背景には恐ろしい物語が。ターナーが描いた《ドルバダーン城》は、権力争いの末に弟が兄を20年以上幽閉した古城です。
展覧会の目玉《レディ・ジェーン・グレイの処刑》は、第6章「歴史」で展示されています。今まさに処刑されようとしている、16歳の若き元女王。巨大な画面に迫真の描写ですが、実際の処刑は戸外で行われました。ロンドン・ナショナル・ギャラリーの大人気作品、堂々の初来日です。
第5章「崇高の風景」、第6章「歴史」
もともと『怖い絵』シリーズは展覧会を目的に執筆されたわけではなく(所蔵館から出せない作品も紹介されています)、開催にあたり、中野さんが展覧会を特別監修。《レディ・ジェーン・グレイの処刑》の貸し出しにも大変な苦労があったそうで、何回も交渉を重ねた末についに来日が実現しました。
兵庫での展示は9月18日(月・祝)まで。10月7日(土)から東京展(上野の森美術館)が始まります。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2017年7月21日 ]
怖い絵
中野 京子 (著)
角川書店
¥ 734
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