コミケ、文学フリマの次にくるのは「技術書典」? 自費出版でスキルを高め合うITエンジニアのオタク活動の祭典とは?
「技術書典」とは、ITエンジニアによる自費出版の本の即売会兼交流会である。2016年にエンジニアの日高正博氏(現・事務局代表)が手弁当で始め、今回は17回目の開催。「技術書典17」は11月2日から4日までの3日間のオンライン開催と、11月2日のオフラインイベントを組み合わせたハイブリッド形式で行われた。オンラインには約300のブースが出展し、来場者は2600人に達した(事務局発表)。
文系がエンジニアに抱くイメージ
オープンの11時から15分ほど遅れて入場するも、すでに来場者で賑わって、人だかりのブースもある。
エンジニアといえば、頭が良くて、ロジカルシンキング。効率性を重視し、こだわりが強く、一日中パソコンに向かってコードを書き続ける、コミュニケーションが苦手なオタクという、偏った印象を持っている人も少なくないかもしれない。
ちなみにChatGPT-4に「一般の人が抱いている、「エンジニアってこんな人だよね」という印象を教えてください」という質問をしたところ、
技術オタク・ガジェット好き論理的・分析的無口・コミュニケーションが苦手プログラミングが得意理屈っぽい服装がカジュアルパソコンに関することならなんでもできるクリエイティブだけでマイペース問題解決思考社交性が薄いが、同業者とは話が合う
という回答を得た。結論から言うと、このイメージは覆されることになる。
ITとは無縁の超文系の筆者は、エンジニアの祭典というだけで緊張。「こんなこともわからないのか」と馬鹿にされないかとビクビクしながら会場内のブースを見て回る。
当然のことながら、タイトルからして理解できない。並ぶ本は『【初心者向け】Pythonを用いたデータ解析入門』、『Streamlit入門 Pythonで学ぶデータ可視化&アプリ開発ガイド』、『【Next.js App Routerを完全攻略!】T3 Stackでレベルアップするフルスタック開発』など、文系には理解が困難なものばかり。
これでは取材にならないと、声をかける方針を変える。
・表紙がかわいい
・タイトルに入門とう文字がついている
・タイトルが日本だけ、もしくは知っている言葉で構成されている
大手IT企業の新入社員による技術本
『24年度新卒エンジニアクックブック−総勢12名によるオムニバス技術本』(めんだこ)。
「今年新卒で入社して、同期に声をかけて賛同してくれた12人で作りました」という機械学習エンジニアのAkiさん(左)。「会社名は出していません」(Akiさん)が、誰もが知るIT企業。入社1年目のエンジニアの体験記を1冊にまとめたという。
新入社員が有志で本を書くという熱意。秋晴れの3連休に仕事の延長線のようなプライベートを過ごす若きエンジニアたちだ。
昨今のDX化で引く手あまたのエンジニアという職業だが、就活事情を聞くと「逆求人」という。学生の間に、企業が開催するイベントに参加し、自分のプロフィールをエントリーしておくと、企業から採用のオファーがくるというものだ。学生の頃からプログラミングを書き、アプリを自作し、実績を作るのが最近のスタイルだという。
仕事とプライベートが渾然一体
表紙デザインが可愛い入門書『Streamlit入門 Pythonで学ぶデータ可視化&アプリ開発ガイド』の山口歩夢さん(左)。
イベントを手伝っているのは勉強会のメンバー檜山徹さん(右)。会社も卒業大学も異なるが、二人を繋ぐのはStreamlitという。
Streamlitは、データサイエンスや機械学習のプロトタイピングやデータの可視化が簡単にできる、今人気のPythonで開発されたオープンソースフレームワーク。
仕事でStreamlitを使って、プライベートでもStreamlitを勉強して、さらにStreamlitの本まで自費出版。仕事がプライベートの延長なのか、プライベートが仕事の延長なのか、もはや境界が曖昧だ。とにかくStreamlitを愛しているということだけは伝わってくる。
ものづくりはエンジニアの真骨頂
人だかりができているブースを発見。「ミニチュアマイコン博物館」のNochiさん。1970年代後半から1990年代のマイコン、パソコンのミニチュアがずらり。「おお!」という歓喜の声が上がっていた。
Macのご先祖様、Appleの「AppleⅡ」からはじまり、任天堂「ブロック崩し」、富士通「FM−7」、パナソニック「FS-A1ST」など、マイコン、パソコン黎明期を知る人には堪らない。
すべて自作。「このキーボードも3Dプリンタで作りました」とNochiさん。映像も動画というこだわり。
エンジニアには「モノづくり」という源流が脈々とながれていることに気付かされる。
モニターに映し出された画像も当時のものをわざわざ再現しているにもかかわらず「パソコンの画面を映すこともできるんですか?」というコンセプトを無視した質問をしてしまったが、しばらく考えてから「できますね。でも、画像が荒くなって何が写っているかわからないと思います」と知識ゼロの筆者にも丁寧に答えてくれた。
「ないなら自分で作る」という発想
ChatGPTの登場によって、ビジネスやクリエイティブの領域では、いかに文章生成の人的リソースをAIに肩代わりさせるかに注力している向きがある。
この『Amazon BedrockとGitHub Actionsで文章自動レビューを十等してみる本』の太鼓さん(左)は文章のレビュー(校正)に特化したプログラム。
「BedrockはAmazon AWSの生成AIで日本語に強いと言われています。自分もいろんな文章を書いていますが、レビューの課題があります。自分でレビューするのは難しいので、このプログラムを作りました」と太鼓さん。
『ないなら自分で作る』という思考はクリエイティブそのもの。
自分の好きなこと、得意なことを持ち寄る場
とはいえ、素人感覚では文章校正であればChatGPTでもいいのではないか、感じたのも事実。
しかしこれは、スパイスカレーのレシピ本に対して「レトルトカレーを食べればいいのでは?」という愚問に等しい。
この技術書典は、エンジニアがおのおのの自慢のレシピを持ち寄り、「美味しいから食べてね」「これ、美味しいそうだね」というメソッド交換の場、スキルアップの場として機能している。
楽しそうで、しかも優しい雰囲気が漂っている。つまらない質問をしても嫌な顔をせず、喜んで答えてくれる。
勉強熱心なエンジニアと書籍は親和性が高い
出版業界が斜陽といわれる中、専門書の自費出版イベントがこれほど成長した理由と、電脳空間で仕事をするエンジニアがなぜ紙の本を作るのか、技術書典の代表、日高正博さんに聞いた。
「もともと、エンジニアは勉強熱心で学習意欲が高いんですよ。僕も本を読むのが好きですし、エンジニアは総じて本をよく読みます。ネットは大量の情報がありますが、体系的にまとまった情報や知識は書籍でないと手に入りません。また、プログラムのコードは第三者にレビューされることが前提です。さらに勉強会などコミュニティの文化があるので、紙の本という物質的な媒体によってさらにコミュニケーションとりやすくなるのもあります」
紙の本が売れないと言われる昨今、紙の本を手にとりたいというニーズは思わぬところにある。
取材・文/長谷川恵子