予想に反し早々と当選が決まった米大統領選。トランプ氏は勝ちましたが国力をすり減らしました。「ののしり合いは何も生まない」のは日本の衆院選も同じ。
「みんなの決まりはみんなで話し合って決める。少数意見も聞く。そして、決めたことはみんなで守る」。私たちは民主主義の基本的な考え方を学校で学びました。なのに、米大統領選も先の衆院選もどうなんだろうと思いたくなります。
米大統領選は大方の予想に反し、早々とトランプ氏の勝利が決まりました。民主的に行われた投票結果を4年にわたり否定し続け、偽誤情報の拡散をいとわず、ひたすら対立をあおった選挙戦略。政治が国民を分断し、国力をすり減らす事態を露呈しました。小選挙区制度の導入を議論した日本の政治制度改革で、米国を模範に「政権交代可能な二大政党制」の可能性を議論しましたが、もはや米国を民主主義の先生と称するのははばかられます。
「被害者意識」をあおったトランプ戦略
世界はこれから米国政治の行方を注視することになります。さまざまな知識人が、米大統領選が何を意味するのかを分析するでしょう。その一人、地政学の世界的権威として知られる米国際政治学者イアン・ブレマー氏は緻密な現状分析で一貫してトランプ氏が「わずかに優勢」としていました。そのブレマー氏が示していた選挙結果の予測は米国が分断を回復する道のりの険しさを予言していました。
もしトランプが予想外の大勝を収めることがあれば、それは米国人が「権威者」やエリートに対して、彼らが考えている以上に相当うんざりしているからだ。偽情報の環境は、ソーシャルメディアや主流メディアの質の低い党派的報道に見られるように、規模において前例がない。ほぼすべての市民機関(議会、メディア、教育者、教会など)に対する信頼が過去最低水準に落ち込んでいる中で、偽情報に対する飽くなき欲求がある。機関に対する不信感を持つ人々は世論調査に答える可能性が最も低く、また答えたとしても正直に答える可能性が最も低いので、世論調査ではこの感情を捉えることができない。トランプの選挙キャンペーンが独特なのは、自分たちが「うそをつかれている」から脆弱だと感じている有権者たちの根本的な怒りを標的にしている点だ。「ディープ・ステート(闇の政府)」が強大だと認識されればされるほど、被害者意識によるトランプへの投票が増大する。
(11月4日イアン・ブレマー:ユーラシアグループupdate)
一言で表現するなら、トランプ氏は「アメリカ人はあらゆることで貧乏くじを引かされている」と支援者にまくしたててきたのです。
さて、日本での政治決戦となった先の衆院選。国民は政権に「ノー」を突き付け、首相への不信任の審判が下った-。結果を巡るメディアの論評は、おおむねこうしたトーンで共通しています。速やかに進退を決するべきとの主張もありました。
県内衆院選で自民34勝1敗!
議席を大幅に減らし、政権の屋台骨が揺らぐ事態は自民党の敗北を意味します。ただ、どこまで負けたのかは議論が残ると感じます。
衆院選結果を詳報した静岡新聞のデータファイル(10月29日付朝刊)に掲載された「比例代表・県内の党派別得票数」は1~8区の比例票の得票状況を一覧できます。県内35市町別でどの党派が最も比例票を獲得したかを計算すると、野党の政党が自民を上回ったのは磐田市のみ。自民の「34勝1敗」でした。
8小選挙区で自民党は4勝、立憲民主党3勝、国民民主党1勝でしたが、比例票は小選挙区別で自民の全勝でした。自民の比例票の得票比率は2021年の前回選に比べ10ポイントほど低下したものの、静岡県内で比例第1党の座は死守したのです。政治家の顔と訴えが直接響く小選挙区で自民候補にノーの判断をしても、「野党に政権を任せていいのか」と思案した人が相当数いたことが自民34勝1敗の要因だったのではないでしょうか。
石破首相の失態
政治とカネの問題で防戦一方だった自公両党。私は石破茂首相の最大の失態は政治腐敗の根本原因をただすことを含め、論客・石破茂ならではの骨太の国家観を一貫して国民に提示し続けることができなかったことにあると感じます。
選挙戦で与野党の立候補者はインフレ対策を掲げ、減税や給付金政策が飛び交いました。物価高は私たち庶民に痛手です。しかし、選挙のたび「みなさんの苦痛にしっかり手当てをします」と、財源の裏付けのないバラマキで関心を引くような政策がはびこるなら大衆迎合のポピュリズムと大差ありません。こうした議論に自民は埋没してしまいました。
旧弊から決別する国会論戦を
大衆の利己的欲望をあおる極左、極右政党の伸長が世界各国でみられます。相手を批判するだけの、ののしり合いの選挙戦で勝利しても「決めたことはみんなで守る」方向へと全有権者の意識が向かないのは当然です。各国で顕在化している政治の不安定化が「日本では起こり得ない」と断言できるでしょうか。
与野党が伯仲する勢力図となった衆院選の投票結果は、政治の旧弊に決別する熟議を国会が真摯に遂行せよと国民が求めた結果でしょう。議論すべきは徹底的に議論し、合意すべきは合意する。与野党双方の政治家が民主主義の原点に立ち返らないと米国の二の舞です。中島 忠男(なかじま・ただお)=SBSプロモーション常務
1962年焼津市生まれ。86年静岡新聞入社。社会部で司法や教育委員会を取材。共同通信社に出向し文部科学省、総務省を担当。清水支局長を務め政治部へ。川勝平太知事を初当選時から取材し、政治部長、ニュースセンター長、論説委員長を経て定年を迎え、2023年6月から現職。