Yahoo! JAPAN

なぜ鶏肉は世界の食肉市場を席捲しつつあるのか?生産コストや長寿との関係性から見えるものとは

NHK出版デジタルマガジン

なぜ鶏肉は世界の食肉市場を席捲しつつあるのか?生産コストや長寿との関係性から見えるものとは

 アメリカにおける鶏肉の消費量は2010年に牛肉に追いつき、2018年には牛肉より20ポイント高いシェアを占めるまでとなった。なぜ鶏肉は世界の食肉市場を席捲しつつあるのか? また、人間の食肉(おもに牛・豚・鶏)が環境に及ぼす影響や長寿との関連ははたしてどの程度のものなのか。
 本記事では、ビル・ゲイツも絶賛したバーツラフ・シュミルのベストセラー『Numbers Don't Lie 世界のリアルは「数字」でつかめ!』の一部を抜粋して公開します。

『Numbers Don't Lie 世界のリアルは「数字」でつかめ!』

鶏肉は世界を制するか?

 数世代にわたって、アメリカでいちばん多く食べられていた食肉は牛肉で、その次が豚肉だった。1976年、牛肉の年間消費量は1人当たり40キログラム(骨を抜いた重さ)となってピークを迎えた。これは、食肉の全消費量の半分に迫る量だった。いっぽう、鶏肉が市場で占める割合は20%しかなかった。ところが2010年、鶏肉は牛肉に追いつき、2018年にはシェアが36%に達し、牛肉より20ポイント近く高くなった。そしていま、平均的なアメリカ人は鶏肉を毎年30キログラム(骨を抜いた重さ)食べている。カットされた肉や加工された肉、すなわち骨を外した鶏胸肉やチキンマックナゲットなどを大量に購入しているのだ。

 アメリカの人たちは「ダイエットしなければ」という強迫観念につねにとらわれていて、牛肉や豚肉や羊肉などの赤肉を多く食べるとコレステロールや飽和脂肪を摂りすぎるのではないかという恐怖心から、鶏肉消費へと大きく舵を切ってきた。とはいえ、飽和脂肪の差は目を見張るほどのものではない。たとえば、脂肪分の少ない牛の赤身肉100グラムには1.5グラムの飽和脂肪が含まれるが、皮なし鶏胸肉に含まれるのは1グラムだ(それどころか、コレステロールは鶏肉のほうが多く含まれている)。それでも鶏肉の消費量が伸びたおもな理由は、鶏肉のほうが安価だからだ。その背景には、鶏の代謝のよさがある。食肉を得るために繁殖され、飼育されている鶏(ブロイラー)は陸生の家畜のなかで、群を抜いて効率よく飼料を肉に変換できるのだ。現代になってから養鶏業が発展したのは、ブロイラーの効率のよさが大いに関係している。

 1930年代、ブロイラーが体重を1単位増やすのに何重量単位の飼料が必要かを示す数値、つまり飼料要求率は約5で、豚より効率がいいわけではなかった。ところが1980年代も半ばになると、ブロイラーの飼料要求率は半減し、アメリカ農務省が発表した最新の報告では約1.7にまで下がっている。つまりブロイラー1羽(生体重量)を育てるのに、その1.7倍ほどの重さの飼料(飼料用トウモロコシを標準とした)があればいい。これと比べて豚の場合、豚1頭の生体重量の5倍の重さの飼料が、牛の場合は1頭の約12倍の重さの飼料が必要となる。生体重量に対する可食部(肉の食べられる部分)の割合は、肉の種類によって大きく異なるため(鶏では約60%、豚では53%、牛では約40%にすぎない)、可食部の肉1単位当たりの飼料要求率を計算すると、効率のよさがもっと明確になる。最近の調査によれば、ブロイラー1羽の可食部の肉1単位につき、その3〜4倍の重さの飼料が必要となる。豚の場合には9〜10倍、牛の場合は20〜30倍だ。これらの数値は、飼料から肉への平均変換効率と相関していて、鶏の平均変換効率は15%、豚は10%、牛は4%だ。

 さらに、ブロイラーは以前より成鶏になるスピードが速くなっているうえ、かつてないほど肉付きがよくなっている。自由に動きまわらせる昔ながらの平飼いの鶏は、1歳になった時点の体重わずか1キログラムで食肉に加工されていた。アメリカのブロイラーの平均体重は、1925年の1.1キログラムから、2018年には2.7キログラム近くにまで増え、飼料を与える期間も1925年の112日から、2018年には47日まで大幅に短縮されている。

鶏肉は効率がいちばんいい

 こうして消費者が利益を得るいっぽうで、鶏たちはつらい思いをしている。暗く狭苦しい鶏舎に閉じ込められ、好きなだけ餌を食べさせられ、急激に太らされているのだ。そのうえ、消費者が脂肪分の少ない胸肉を好むため、胸が異様に大きくなる鶏が選択され、繁殖されている。すると鶏の重心が前方に移り、自然な動きができなくなり、脚と心臓に負担がかかる。どのみち鶏は動くことなどできない。全米鶏肉協議会によれば、鶏舎でブロイラー1羽に割り当てられる面積は560〜650平方センチメートル。A4サイズのコピー用紙1枚よりやや広い程度の面積しかないので、どうやっても身動きできないのだ。さらに長きにわたって暗い鶏舎に閉じ込められて、急激な成長をうながされるため、夕暮れどきの薄明かり程度の光しか浴びないまま成鶏になる。この環境のせいで、正常な概日リズムと行動リズムが混乱する。

 つまり、あなたに消費されるために、鶏は命を縮められているうえ(通常、長ければ8年は生きられるのに、ブロイラーの寿命は7週未満)、暗いところに閉じ込められたせいで奇形になっているのだ。そのいっぽうで、2019年末時点での鶏肉の小売価格は、骨を外した胸肉が1ポンド当たり2.94 ドル(1キロ当たり6.47ドル)。かたやローストビーフは1ポンド当たり4.98ドル、ステーキ用のサーロイン肉を選べば1ポンド当たり8.22ドルだ。

 このように鶏肉が食肉市場で優勢になっているとはいえ、まだ世界を制しているわけではない。中国とヨーロッパでは豚肉が優勢で、全世界の食肉市場では豚肉が鶏肉よりまだ約10%ほど大きなシェアを占めているし、南米の大半の国では牛肉がもっとも多く食べられている。それでも、狭い鶏舎に閉じ込められて大量生産されるブロイラーは今後10〜20 年のうちに、ほぼまちがいなく、食肉市場で世界一の座に君臨するだろう。こうした現実を考えれば、生産者がブロイラーの短い生涯からもっとストレスを減らせるように、消費者は鶏肉への代価を少し余分に支払うべきではないだろうか。

理性的に肉を食べよう

 概して肉を食べるという行為、とりわけ牛肉を食べるという行為は、いまではきわめて望ましくない習慣のリストに加わっている。肉食の弊害については、昔からあれこれ指摘されている。健康に悪いという批判や、家畜の飼料作物の栽培には広大な土地が必要となるうえ、大量の水を利用するため環境にも悪影響が及ぶという批判は以前からあったものの、近年では牛がげっぷやおならで排出するメタンガスが地球の気候変動の大きな原因になっているという終末論のような警告まで出現している。

 でも、しっかりと現実を見れば、そこまで煽りたてる必要はまったくないことがわかる。というのも、わたしたち人間はチンパンジーとよく似ているからだ。チンパンジーはわたしたちにいちばん近い霊長目で、共通の祖先をもっていて、オスは自分より小さいサルやイノシシを俊敏にとらえて獲物にしていた。つまり人類もチンパンジーも古来、雑食なのであり、肉はこれまでもふつうに摂取してきた重要な食べ物なのだ。肉は、牛乳や卵と同様、成長に必要なたんぱく質がすべて含まれているすばらしい栄養源である。さらに、肉には重要なビタミン(とりわけビタミンB群)とミネラル(鉄、亜鉛、マグネシウム)も含まれている。また、脂質の摂取源としても申し分ない(脂肪を摂取すると満腹感を覚えるので、以前はどんな時代の社会でも珍重された)。

ピーテル・ブリューゲルの版画「太った台所」 (刻版者ピーテル・ファン・デル・ヘイデン)

 ところが残念ながら、動物、とくに畜牛は、飼料を肉に換える効率が悪いため、先進諸国で食肉の生産を拡大した結果、農業のおもな任務は人間が食べるための作物栽培ではなく、動物の飼料用の作物栽培となっている。北アメリカとヨーロッパでは、穀物の全収穫量の約60%が飼料作物で、直接、人の口に入ることはない。それでも当然、窒素肥料と水が必要となるため、環境に大きな影響が及ぶ。ただし、畜牛の飼料作物の生産に大量の水が使われていることを引き合いに出すのは見当ちがいというものだ。骨無し牛肉1キログラムの生産には少なくとも1万5000リットルの水が必要となるから、たしかに大量ではあるが、肉1キログラムに含まれる水分はせいぜい0.5リットル。1万5000リットルの水の99%以上は飼料の栽培に使われる。よって結局は、土からの蒸発や作物からの蒸散により大気に戻り、雨となって大地に降るのだ。

 肉食が健康に及ぼす影響についていえば、大規模に実施された研究により、適量の摂取であれば悪影響はないことがあきらかになっている。それでも、そうした研究の手法が信頼できないのであれば、国別の平均寿命【次節参照】と1人当たりの肉の消費量を比較すればいい。

世界の長寿国と肉の消費量

第1位 日本……肉を適度に食べている。2018年の1人当たり食肉消費量はほぼ40キログラム
第2位 スイス……かなりの肉食で年間70キログラム以上
第3位 スペイン……ヨーロッパ一の肉食国で90キログラムを超える
第4位 イタリア……スペインに迫り、80キログラムを超える
第5位 オーストラリア……90キログラムを超え、うち約20キログラムは牛肉

 肉を食べると寿命が縮むというが、それほどでもない。いっぽうで日本型の食生活(というより、東アジアの食生活全般)を見るかぎり、肉をたくさん食べることが健康や長寿につながることはなさそうだ。だからこそ、わたしとしては、こう強く主張したい。「もっと理性的に肉を食べよう」、と。環境への負荷を大幅に減らして生産された肉を、ほどほどに食べるのだ。

 こうした食生活を世界に広めるには、食肉の主要3種を消費する割合を変えればいい。たとえば、2018年における世界の食肉総生産量3億トンのうち、豚肉、鶏肉、牛肉が占める割合はそれぞれ40%、37%、23%だ。この割合をそれぞれ40%、50%、10 %に変えれば、あまり効率のよくない畜牛用の飼料穀物を節約できるし、そのおかげでいまより鶏肉をゆうに30%多く生産できると同時に、牛肉生産が環境に与える負荷を半分以上減らすことができる。鶏肉は生産の効率がいいため、鶏肉の生産の割合を増やして牛肉のそれを減らせば、食肉を10%は多く供給できるようになるだろう。

 こうして得られる食肉の生産量は、世界で3億5000万トン近くになる。2020年初め、地球には77億5000万人が暮らしているわけだから、年間1人当たり約45キログラムの食肉を届けられる計算になる。骨を外した肉で換算しても、1人当たり25〜30キログラムにもなるのだ。この食肉の生産量は、平均的な日本人の近年の食肉消費量と同じくらいだが、とりわけ肉食を好むフランス人のかなりの割合が好ましいと思っている消費量でもある。最近、フランスで実施された研究によれば、フランスの成人の30%近くがプティ・コンソマトゥール(少量しか消費しない人)になっているそうだ。食肉の摂取量は1日平均80グラム、年間では約29キログラムにすぎない。栄養の観点から見れば、年に25〜30キログラムの食肉を摂取する場合(うち25%がたんぱく質にあたるとして)、1日に摂取する完全たんぱく質(9種類の必須アミノ酸すべてを含むたんぱく質)は20グラム近くになる。この量であれば近年のたんぱく質の平均摂取量より20%多く、なおかつ環境にかける負荷を大幅に軽減できるうえ、適量の肉食がもたらす健康と長寿という恩恵まで得られるのだ。

 だからぜひ、世界一の長寿を誇る日本の人たちと、フランスの意識の高い人たちがとりいれている習慣を見習おうではないか。万事につけ、ほどほどが肝心で、ほどほどこそが長続きの秘訣なのだから……。

関連記事

バーツラフ・シュミル(Vaclav Smil)
カナダのマニトバ大学特別栄誉教授。エネルギー、環境変化、人口変動、食料生産、栄養、技術革新、リスクアセスメント、公共政策の分野で学際的研究に従事。研究テーマに関する著作は40冊以上、論文は500本を超える。カナダ王立協会(科学・芸術アカデミー)フェロー。2000年、米国科学振興協会より「科学技術の一般への普及」貢献賞を受賞。著書に『Numbers Don’t Lie』(NHK出版)など。
写真・Andreas Laszlo Konrath

【関連記事】

おすすめの記事