【福山市】SOLFARM(ソルファーム)~ 農業×医療で地域の元気をかなえるチャレンジ
ビーツ、パクチー、モリンガ。
この日本では聞きなじみのうすい野菜たちは、東南アジアの国々でよく食べられています。
エスニック料理が食べたいと思っても、アジア野菜が手に入りにくかったり、使いかたがわからず持て余してしまったりすることもあるでしょう。
福山市金江町(かなえちょう)のSOLFARM(ソルファーム)では、技能実習生など、母国の味を求める人たちに向けてアジア野菜を中心に栽培・販売しています。
看護師歴10年以上のキャリアをいかして、農業と医療、地域をつなぐチャレンジをしている石井元喜(いしい もとき)さん、石井詩織(いしい しおり)さんご夫妻に話を聞きました。
安全でおいしいアジア野菜を育てるSOLFARM
SOLFARMでは、日本で暮らす外国人に向けて、東南アジア諸国で愛されている野菜を中心に栽培・販売しています。
福山市で暮らす外国人は、2025年1月末時点で11,886人。とくに造船業のさかんな海沿いでは、多くの技能実習生が働いています。
彼らの多くはベトナムやフィリピンなど、東南アジア諸国出身です。
母国から遠く、言葉も文化も異なる日本での生活は、苦労が多いもの。
弱ったとき、心細いとき、故郷の味に触れるとほっとするのだそうです。
シナモンバジルやキャッサバ、パクチーにレモングラス。
日本ではあまりなじみのない野菜も、技能実習生にとってはなつかしい故郷の味です。
参考:福山市の統計
食べてうれしい故郷の味
SOLFARMの野菜は、福山市内のやまさきショップ各店や道の駅アリストぬまくま、イベントなどで手に入ります。
売り場では、品物を見て歓声をあげる人も多いのだとか。
「彼らがこの野菜を作ってくれているんだ!」と、故郷の家族にテレビ電話で紹介されたこともあるそうです。
石井さんたちにとってもなじみのうすかった野菜たち。
売り場で集まるさまざまな意見が、販売方法を考える助けとなります。
「この野菜は葉の部分まで食べるから、丸ごとほしい」
「この野菜はたくさん使うから、いっぱい入ったものがほしい」
おいしい食べかたも、お客さんから教わることが多いそうです。
「日本は野菜が本当においしい。そんな日本で、この野菜が食べられるなんて思わなかった」
そう言って喜ぶお客さんの顔が、おいしい野菜を育てる原動力になっています。
食べる人にも作る人にもやさしいオーガニック
SOLFARMでは、無農薬栽培に取り組んでいます。
農薬が適正に使用されている場合、慣行農法で栽培された野菜を食べても健康に影響はありません。
それがわかっていても農薬を使わないのは、石井さんたちが看護師として働くなかで健康の大切さを感じていたからです。
「農薬を使っていても、食べるぶんには問題がないんですよ。でも、散布する人はかなりの量の農薬にさらされてしまうんです。野菜を作るために、自分たちの健康が損なわれるのは困りますからね」と石井さんは語ります。
農薬の使用には厳密な規定があり、回数や量などを品種ごとに細かく管理する必要があります。
さらに野菜ごとに使う農薬も異なるため、農業資材費もかさむのだそうです。
少ない種類の野菜を栽培するぶんには、農薬の管理ができるのかもしれませんが、小規模で多品種を育てているSOLFARMには難しい。
そこで、石井さんは無農薬栽培への挑戦を決めました。
SOLFARMでは虫がつきにくく、病気に強い品種を選ぶことで、農薬を使わなくても野菜が育てられるよう工夫しています。
虫がつきにくい野菜は、香りが強い野菜に多いもの。
無農薬栽培は、香りや風味の強いアジア野菜と相性が良いのかもしれません。
さらにSOLFARMでは、微生物や土に混ぜた廃菌床(はいきんしょう:収穫が終わったあとのきのこの菌床)の力を借りることで、化学肥料も使わない栽培が可能となっています。
成長はゆっくりですが、そのぶん味の濃い野菜ができあがるのだそうです。
スーパーフードを生活の一部に
SOLFARMは、2025年からスーパーフードの栽培・加工に力を入れています。
スーパーフードとは、一般的な食品よりも栄養価が高かったり、一部の栄養や健康成分が突出して含まれていたりする食品のことです。
SOLFARMではスーパーフードのうち、「食べる輸血」とも呼ばれるビーツや「奇跡の木」であるモリンガなどを栽培しています。
スーパーフードは体に良いからといって、一度にたくさん食べれば健康になるものではありません。毎日少しずつ食べることが大切です。
とはいえ、忙しい現代人が毎日調理するのは大変なうえ、加工や保存にも手間がかかります。
そこで、SOLFARMでは食卓に取り入れやすいかたちにしてスーパーフードの提供を始めました。
たとえば、ビーツならジャム、モリンガならレモングラスに合わせてハーブティーに。
無理なく生活に取り入れられるよう工夫しています。
畑から健康を作っていくのが、SOLFARMの仕事です。
もともと岡山県倉敷市で看護師をしていた石井さんご夫妻。コロナ禍を機におふたりの実家がある福山市へ戻り、SOLFARMを開業しました。
なぜ看護師という安定した仕事を辞め、経験のない農業にチャレンジしたのか。お話を聞きました。
SOLFARM石井さんご夫妻にインタビュー
医療を離れ、未経験の農業へ
──なぜ看護師を辞め、農業を始めたのですか?
石井元喜(敬称略)──
忙しく働くなかで、「このまま一生を終えてもいいのかな?」と疑問に思ったからです。
看護師の仕事にやりがいを感じてはいましたが、お互い交代勤務で働く以上、すれ違いが多いのが悩みでした。
とくにコロナ禍では、第一波から急性期病棟(発症してすぐの患者に対して治療を提供する病棟)で働いていたこともあり、家族との時間が取れなかったんです。夫婦で入れ違いに仕事へ行くような生活で、子どもの預け先を探すのも大変でした。
そんななか第2子が生まれて、ぼくも半年間育休を取りました。そこであらためて家族との時間が持てて……「このままでいいのかな?」と思ったんです。
石井詩織(敬称略)──
一度きりの人生なんだから、もっと違うこともやってみたいなって。
「やりたいことがあるならやってみよう!」って育休を終えて少ししてからふたりで退職しました。
倉敷の家も売って福山に帰ってくるっていう、思いきったことをしましたね。
倉敷では家庭菜園も楽しくできていたから、農業も楽しくできるんじゃないかなと思ったんです。
──アジア野菜を選んだのはなぜですか?
石井詩織──
技能実習生の多い福山市には、アジア野菜のニーズがあると思ったからです。
もともとは、テレビの特集されていたキャッサバ(イモ類の1種。タピオカの原料にもなる)がおいしそうで、作ってみたくなったのがはじまりです。
キャッサバ栽培について勉強しているうちに、海外の珍しい野菜にも興味を持つようになりました。
なかでも多くのアジア野菜が日本でも栽培可能なことを知り、私たちもアジア野菜を中心とした農家を始めようと考えたんです。
石井元喜──
金江町は外国からきた労働者も多いし、彼らに母国の味を届けて、喜んでもらえる仕事ができたら楽しそうだと思って。
実際、外国のかたにはとても喜んでいただけて、やりがいがあると感じています。
ただ、アジア野菜にはなじみのない人も多いので、日本人には手に取ってもらいにくいと痛感しています。
──農業を始めてみて、どうですか?
石井元喜──
毎日やることが多くて大変です。
当初はスローライフみたいな感じで、ゆっくり家族との時間が取れると思っていました。
ですが、やることが次々に見つかって、とにかく忙しい。ハードワークです。
とくに夏場は日中の農作業ができませんから、朝早くや夕方涼しくなってから畑に出なければなりません。すると、子どもたちの生活とは正反対になってしまいます。
石井詩織──
2024年度には農地も拡大したんですが、とても手が足りないので2025年度は少し品目を絞るかたちになると思っています。全然思い描いていた生活ではなくて、ギャップは大きかったですね。
医療的ケア児の農業体験
SOLFARMでは、看護師としてのキャリアをいかして、医療的ケア児の農業体験も開催しています。
医療的ケア児とは、人工呼吸器やたんの吸引、胃ろうなど、医療によるケアが不可欠な子どもたちのことです。
ケアを受けている子どもたちがキャッサバを春に植えつけ、秋に収穫・販売までおこなうのがSOLFARMの農業体験会です。
子どもたちの世界を広げたい
──なぜ、医療的ケア児を対象にしようと思ったのですか?
石井詩織──
倉敷での看護師時代に医療的ケア児と接していたこともあり、もともと彼らのことが気になっていたんです。
じつは、たんの吸引や酸素の吸入といった処置は、医療者か家族にしかできないんですよね。だから、子どもたちの行動範囲が限られてしまう。
子どもたちの状態も幅が広くて、歩いてコミュニケーションが取れる子もいれば、寝たきりの子もいる。
どの子も医療の助けが必要ですから、介護する家族も大変で。少し買い物に行くのでさえ、代わりに訪問看護を頼む必要があるんです。
医療の発達によって、助かる命が増えるにつれ、ケアが必要な子どもたちも増えてきました。
2021年には、医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律が施行され、医療的ケア児の学ぶ権利、社会に参加する権利が認められています。医療的ケア児にも、通常の学級で学べるようになったんです。
それが、すごくいいなと思っていて。
私たちにも、何かできることがないかと思っていたんです。
参考:医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律
──何がきっかけで医療的ケア児の農業体験を始めたのですか?
石井詩織──
私が看護師のアルバイトをしているときに、医療的ケア児の通所施設であるSoare(ソアレ)さんから声をかけられたんです。
「子どもたちが土と触れあう機会を作ってあげたい。畑に遊びに行ってもいいですか?」って。
もともと子どもたちと栽培や収穫がしたいと考えていたので、「だったら、一緒に何かを作りませんか?」とこちらからお誘いしました。
それから2024年の4月に第一回医療的ケア児の農業体験としてキャッサバの植えつけを企画したんです。
Soareさん全面協力のもと、親御さんやきょうだい児も参加するかたちで開催しました。
──キャッサバを選んだ理由を教えてください
石井詩織──
キャッサバなら、医療的ケア児にも植えやすい野菜だからです。
医療的ケア児の農業体験をやろうと決めてから、子どもたちは何ができるかを真剣に考えました。
植えつけをするのも、苗は握ると弱ってしまいます。
そこで思いついたのが、私たちが作っているキャッサバでした。
キャッサバは、直径3cmほどの枝を地面に突き刺して植えつけます。
キャッサバなら子どもたちも持ちやすいし、力いっぱい握っても大丈夫。
収穫も、もともと大人ひとりでは難しいものなので、バギー(首の座らない子や、姿勢が固定できない子のための車いす)にヒモをつけて、みんなで一緒に引っ張ったらできるんじゃないかなと思って。
さらにキャッサバは、ゆでてペーストにもしやすいんです。
胃ろうの子もペーストにしたら、おなかに入れられる。
みんなで栽培・収穫して、同じものを食べられるってところも大きかったですね。
Soareに通う子どもたちから参加者を募って、手探りで準備を進めていきました。
収穫体験は初めての試み
──4月に植えつけ、10月に収穫と聞きました。開催してみてどうでしたか?
石井詩織──
私たちも、Soareさんも、保護者のかたにとっても初めてのことで、とても緊張しましたね。
「バギーで畑に入れるの?」「呼吸器があるのに無理じゃない?」といった不安の声も聞こえたのを覚えています。
不安がなくせるよう、バギーでも動きやすいように通路を整え、おむつ交換のスペースや医療機器用の電源も用意しました。
多くの子は、土に座るのも初めてなんですよ。だからバギーから降りるのも一苦労で。
まず植えつけをするとき、子どもたちにキャッサバを地面に刺すようお願いしたんです。
すると、「私が抱っこして刺すからね」と、保護者のかたが植えつけようとする。
そこで、「違う違う!君が植えるんだよ!」「もっと体を前に出して!大丈夫だから」とSoareスタッフのかたが声をかけてくれました。
みなさん初めはとても不安そうでしたが、恐る恐るでも子どもたちに任せてもらいました。
体験会に発語できる子はいなかったものの、心拍数が上がったり、目が輝いたりして、楽しんでいるのはわかります。
保護者やスタッフからも「たのしいね」「すごい!できたね!」と歓声が上がりました。
収穫のときには、私たちの指示が間に合わないほど進んで動いてくれたんですよ。
子どもたちの通う通常の学級の先生も応援に来てくれて、笑顔の弾ける体験会となりました。
保護者や子どもたちの不安を、可能性に変える手伝いができたと思っています。
──収穫のあとは、子どもたちと販売したそうですね
石井元喜──
収穫の翌日、マルシェで子どもたちに販売してもらいました。
キャッサバの売り上げの一部は、Soareさんが2拠点目を建てるための寄付に。それと、子どもたちのお給料として遠足のおやつ代にお渡ししました。
自分たちの労働がお金になる、濃い経験をしてもらいたかったんです。
医療的ケア児に限らず、子どもたちの農業体験は「ただ収穫して終わり」が多いように思います。収穫して、持ち帰ったものを家族で食べて終わり、みたいな。
でも本当は収穫のあと、売ることのほうが大変ですよね。
楽しかっただけでなくお金の大切さや稼ぐことの大変さを感じてもらいたかったんです。
この収穫から販売の流れは医療的ケア児だけでなく、保育園などでもやりたいと思っています。
──参加したかたの感想はどうでしたか?
石井詩織──
みなさん、一様に「次も絶対やりたい!」と言われています。
子どもたちがとにかく喜んでいて、収穫のあと何日もお弁当にキャッサバ入れてくる子もいたそうです。
子どもたちが収穫したものを、家族で食べる。
与えられる存在から、与える側へ変わる体験の手伝いができたんじゃないかと思います。
これは私たちが医療従事者だったからこそ、サポートできたことですよね。
だからこそ、今後も続けていくつもりです。
ゆくゆくは小児科医にも参加してもらいたいと思っています。
普段診ている子どもたちがいきいきしているようすは、私たち医療従事者にとって一番うれしいことだと思っているので。
医療と農業を通して地域を元気にしたい
──SOLFARMの今後の目標を教えてください。
石井詩織──
医療と農業、地域を結ぶ架け橋となることです。
医療従事者の多くは、病院に行かないと会えません。
だから、情報が伝わりにくい。
その点、私たちは自由に動けるので、橋渡しができればいいなと思っています。
石井元喜──
今はみんな生きることが大変で、助け合いが必要な世の中になってきました。
バラバラになっている人たちをつないで、助け合える風土をこの地域に持ちたいですね。
地域の健康を、私たちの資格や経験をいかしてかなえていく。
その過程で人との交流が増え、地域の活性化につながっていけばいいと思っています。
農業×医療×地域の挑戦はつづく
SOLはスペイン語で太陽を意味します。
太陽のように明るい笑顔があふれるSOLFARM。
医療の仕事から離れたさきで、医療の経験をいかした農業を営む石井さんご夫妻の活動は、地域の外国人や子どもたちに笑顔を運んでくれるでしょう。
農業と医療と地域をつなぐSOLFARMの活動から、今後も目が離せません。