髙木雄也ら出演 スタイリッシュとエキセントリックが交錯する、ミュージカル『アメリカン・サイコ』稽古場レポートが公開
2025年3月30日(日)より新国立劇場 中劇場を皮切りに、大阪・福岡・広島で上演されるパルコ・プロデュース 2025 ミュージカル『アメリカン・サイコ』。この度、公演へ向けてキャスト・スタッフが一丸となって邁進する稽古場より、稽古の模様を収めた写真とレポートが公開された。
『アメリカン・サイコ』は、1991年に出版されたブレット・イーストン・エリスの小説で、犯罪物であると同時に、痛烈な社会風刺と皮肉を前面に押し出したブラックコメディ。2000年にクリスチャン・ベール主演で映画化、2013年にはロンドンでミュージカル化され、2016年にブロードウェイに進出、オーストラリア(2019年・2020年)でも成功を収めた。音楽は、『春のめざめ』で2007年トニー賞を受賞したダンカン・シークが80年代ムードたっぷりに作詞・作曲を手掛け、またヒューイ・ルイス&ザ・ニュースの「Hip To Be Square」など、当時の大ヒットソングも多数織り込まれスタイリッシュでご機嫌な仕上がりとなっています。
今回、日本版の演出を手掛けるのは、ブラックなエンターテイメント作品に定評のある河原雅彦。80年代テイストの音楽に乗せて、河原がその手腕を思う存分発揮する。
昼はエリートビジネスマン、夜はセクシーなシリアルキラー。2つの顔を持つ主人公には、Hey! Say! JUMPの髙木雄也。共演は、音月桂、石田ニコル、中河内雅貴、原田優一、玉置成実、秋本奈緒美、コング桑田、大貫勇輔。そして高橋駿一、GENTA YAMAGUCHI、松野乃知、ダンドイ舞莉花、エリザベス・マリー、吉田繭、加島茜といった確かな実力を持つ総勢16名が物語を彩る。
稽古場レポート
スタイリッシュとエキセントリックが交錯する、衝撃のブラックコメディを直視せよ!
1989年のニューヨークを舞台に、昼はエリートビジネスマン、夜は猟奇殺人犯の二つの顔を持つ主人公パトリックのエキセントリックな生きざまを描いたブラックコメディ・ミュージカル、その日本初演が発進した。80年代末のバブルに沸くウォール街、ヤッピーと呼ばれる高学歴、高収入のニューヨーカーたちの匂いを醸し出すのは結構なハードルの高さでは……と案ずるも、そこはブラック&シニカルな劇空間はお手のものの河原雅彦の演出である。キャスト陣はいずれも歌唱力、ステージングに長けた巧者ぞろいで期待は十分。彼らの奮闘を目撃するべく、ある日の稽古場を訪れた。
一幕前半、投資会社で働くパトリックを演じる髙木雄也と、その秘書ジーン役の音月桂によるオフィスのシーンでの短い対話から、早くも「む!?」と眉をひそめるやり取りが勃発。ジーンの身なりに自身の好みを押し付けるパトリックの傲慢は今なら当然NGだが、いやいやここは89年のNY、と気を取り直す。それに髙木の悪戯っぽい口振り、引き締まった体躯で見せる振る舞いが悔しいほどにスマートで、音月ジーンの従順、清廉な態度からはパトリックへの思慕が覗くのである。続いて中河内雅貴、原田優一、高橋駿一、GENTA YAMAGUCHIが扮するパトリックの同僚たちが登場すると、もはや眉をひそめるのを通り越して、彼らの鼻持ちならないエリート意識の大噴出が可笑しくてたまらない。ビジネスファッションもランチの店を決めるのも、彼らには重要案件。ウェイトレスに注文する際の声色が無駄にセクシーで、稽古場中の笑いを誘う。パトリックがライバル視する同僚ポール役、大貫勇輔が持ち前のフィジカルを華やかに見せつけて登場すると、彼らのプライド合戦はさらにエスカレート。名刺の色やフォントのセンスを競い合うさまが呆れるほど可笑しいが、徐々に彼らの執着や虚栄心が哀れにも、恐ろしくも映り始める。
歌とダンスを散りばめながらスムーズに転がるシーン展開、その中でヤッピー臭を巧く際立たせている要因は、 福田響志(翻訳・訳詞)が手掛けた日本語と英語の入り混じった台詞にあるだろう。二つの言語がミックスした言葉をテンポ良く繰り出すのは俳優陣にはなかなかの負荷だが、危うくも洒脱なバブル期のアメリカに近づく粋な仕掛けである。Fで始まる4文字も容赦なく飛び交う英語台詞の数々、それを体に落とし込むのに四苦八苦している俳優に向けて、河原が笑いながら「それじゃ日本人丸出しだよ〜」と指摘。稽古場にまたもや爆笑が広がった。
パトリックのバースデーパーティーのシーンでは、パトリックの恋人エヴリン役の石田ニコル、彼女の友人コートニー役の玉置成実が英語台詞もナチュラルにこなし、彼女たちなりの野心、欲望をコケティッシュに打ち出してくる。母親(秋本奈緒美)や弟(松野乃知)にも祝われ煌びやかなステージの中心に立ちながら、疎外感を抱き、「世界に受け入れられたい」ともがくパトリック。その焦燥が狂気となり、殺戮に走るさまはショッキングだ。ホームレスの男(コング桑田)に向けた冷笑、一幕のクライマックスに息を飲む。自身の虚飾、世界の歪みに耐えられないパトリック、髙木の全身から放たれる苛立ちの叫びがあまりにも哀しく、痛い。
ダンカン・シーク(『春のめざめ』)による音楽、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースの『Hip To Be Square』など当時のヒットソングも飛び出す劇空間で、河原はDRUGもSEXもポップに、スタイリッシュに魅せていく。それは観る者にとって恐ろしい罠かも……と感じるのは、目の前の俳優陣の弾けた、イキがった、艶かしい表現の数々に、自らもその世界に染まりたい欲望を煽られるからだ。
けれど次に押し寄せるのは、スタイリッシュであるほどに浮立つ滑稽と悲哀、上流の生活を手にいれても満たされない息苦しさ、破壊衝動……。ショッキング満載のステージがもたらすのは、はたして嫌悪感か、自尊心への気づきか、人間に対するやるせない愛おしさか、それとも…!? 恐れと興奮とともに開幕を待つのみである。
取材・文:演劇ライター 上野紀子 写真:カメラマン 岡千里