Yahoo! JAPAN

コメは今まで安すぎたのか?価格高騰の理由と「特殊な事情」

TBSラジオ

コメの価格が依然として高値が続き、消費者や生産者の間で不安や戸惑いの声が広がっています。なぜ今、コメの価格がこれほどまでに高騰しているのでしょうか。他の食品とは異なる市場の特殊性、備蓄米放出のタイミングの評価など、宇都宮大学助教で農業経済学者の小川真如さんに、日本のコメをめぐる現状と課題について聞きました。

18週ぶりの価格下落 備蓄米放出の効果

4月28日から5月4日までに販売された、スーパーでのコメの平均価格が18週ぶりに下落に転じました。江藤農林水産大臣(当時)は「消費者の方々が大いに評価する水準にはない」と述べましたが、この価格下落はなぜ起きたのでしょうか。

「備蓄米の効果が出てきて、値段が下がってきたと見ています」と小川さん。購入量の約3割は備蓄米と見られており、その効果が価格に反映されたとのことです。

ただし、備蓄米が放出されてから価格に反映されるまでにはタイムラグがあります。これは「コメは重さもありますし、かさばりますし、精米という工程も加える必要があります」と小川さん。

また、備蓄米はブレンド米として出荷されることが多く、パッケージデザインや袋詰め作業にも時間がかかります。年度末や連休を挟んだこともあり、トラック輸送や人員確保の課題もあったとみられます。

需要増でも「コメだけ価格が上がらなかった」 価格高騰の理由

昨年夏以降から続いたコメ価格の高騰。その発端はどこにあったのでしょうか。

「価格高騰の発端は2023年、需要と供給ともに大きな変化があったことです」と小川さんは指摘します。

供給面では、2023年の猛暑がコメの品質低下をもたらしました。「コメは暑さに弱い面があり、品質が大幅に低下したり、加工用に使うコメが減ったりしました」。精米時に割れてしまうなど、精米としてコメを売るにあたって、必要な玄米の量が増えたことも影響しています。

一方で、需要は増加傾向にありました。「日本ではコメの需要量が長年下がってきた傾向があるなかで、大きく増えたという特徴がありました」。

その背景には、コメが「当時安すぎた」という事情があります。物価高騰、さらにはウクライナ危機を背景にパンや麺類の価格が上昇する中、コメだけが「異常な形で価格が上がらない、むしろ下がるような局面もあった」ため、相対的にコメへの需要が増加したのです。

さらに、コロナ禍の収束に伴う外食産業の復活や、インバウンド需要の増加も要因となりました。これに加え、南海トラフ地震臨時情報による備蓄意識の高まりが、夏場の品薄時期と重なり、コメの品薄と価格上昇に拍車をかけました。

「いつもより多めに買う」で価格が大きく変動…コメの特殊性

コメは他の商品とは異なる特性を持っています。小川さんによれば、「コメは需要曲線の傾きが普通の商品とは違い、少しの需給の変化で価格が一気に上がったり下がったりする特徴を持っています」。

具体的には、「玄米20万トンほどの変化で価格が大きく変動します」と小川さん。これは国民1人1日あたり小さじ1杯分、年間で1世帯あたり3.3kgに相当します。つまり、「普段よりも5kgの米袋を1袋多く買っただけで、かなり価格が動いてくる」のがコメの特徴なのです。

こうしたコメの価格はどのように決まるのでしょうか。小川さんによれば、基本的には需要と供給のバランスで決まりますが、「日本では確立したコメの市場がない」ことが特徴的です。

「一言でコメと言っても、産地や銘柄、品種によって評価や味が違います。そのため『コメはこの値段』という統一された一つの価格に決まるわけではない」と小川さん。また、日本でコメは基本的に年に1回しか収穫されないため、例年でいえば、「主に収穫時に今後1年間を見通して契約したり基本的な価格が決まっていく」という特徴があります。

備蓄米放出のタイミングは適正だったのか?

備蓄米の放出をめぐっては、そのタイミングや政策としての評価が問われています。小川さんは、「去年の夏に備蓄米放出を要請されて断ったのは良かった」と評価する一方、今年1月の対応は「遅かった」と指摘します。

「昨年10月30日に農林水産省がコメの品質状況分析結果を発表した時点で、備蓄米放出の検討を匂わせるだけでも、年末から年明けにかけての価格高騰は抑えられたのではないか」と小川さんは考えています。

さらに、備蓄米の本来の目的について、「基本的には災害や大凶作のために備えているもの」と強調します。「今年南海トラフの大きな地震や大凶作が起きた時に備蓄米が政府の手元にないということになる」とし、政府は「大きなリスクを背負いながら決断した」と分析しています。

また、政策の一貫性の問題も指摘します。当初は「物流対策」として導入され、価格には介入しないと強調していたにもかかわらず、途中から「価格を落ち着かせるため」という目的にシフトしたことで、「政策がぶれると失敗しやすい」と懸念を示しています。

コメ農家の思い、今後の政策は?

「今までのコメが安すぎた」という指摘について、小川さんは現在の日本の政策・制度条件下でいえば「去年までのコメの値段は安すぎた」と評価しています。

コメ農家からは「5年前は玄米60kgで8000円だった時もあり、国や政府に農業を弄ばれている」「最低でも玄米60kgあたり2万2000円を割らない値段での取引をしてほしい」といった声があがっています。一方で消費者からは「コメの安定供給のためには価格上昇を受け入れる必要がある」という理解も示されています。

小川さんは将来の政策について、「国は2027年から水田政策を根本的に改めるとしている」と述べ、「食料の安定供給」を軸に議論される可能性を指摘しています。そして「今回備蓄米を出して、消費者がどう動くか、価格がどう動くかを加味しながら、新しい政策が練られていくのではないか」と展望を示しています。

「コメ」に対する特別な感情 日本にある課題

コメは日本人にとって特別な存在であり続けています。小川さんは「スーパーでほうれん草の価格が100円から150円に1.5倍上がっても、国のせいという話にならないが、コメの価格が1.5倍になると国の責任という話になる」と指摘し、日本人にとって「コメは他の食べ物とは違う特別な存在」だと述べています。

一方で、コメ価格の高騰は「コメ離れ」や「国産米離れ」を招く危険性もはらんでいます。輸入米についても「大手卸が輸入米を増やしている」現状があり、「消費者の動向がどうなるかが注目される」と小川さんは話します。

今後、国内のコメ生産・供給体制をどう維持し、適正な価格でどう提供していくか。日本の食の根幹にかかわる重要な課題に、社会全体で向き合っていく必要があるでしょう。

(TBSラジオ「荻上チキ・Session」2025年5月14日放送分から抜粋)

【関連記事】

おすすめの記事