第11回 日米マットを股にかける”ワールド・ワイド・ヴィーナス”白川未奈~スターダムの逸材が印すAEWでの確かな一歩~
妖艶なコスチュームと大胆なセクシーポーズで大観衆を魅了する白川未奈
– 2024年8月30日(現地時間)イリノイ州シャンペーン イリノイ大学シャンペーン校ステート・ファームセンター –
■”ワールド・ワイド・ヴィーナス”は伊達じゃないタフネスさ
プロレスファンにおいては愚問とも思える質問で恐縮だが、日本の女子マット界で異彩を放ち続けるプロレス団体「スターダム」を、読者諸兄はご存じだろうか。今や女子プロレス界においては、もっともセンセーショナルな話題と共に、試合レベルの高さと面白さ、そしてなにより絶大な人気という点で、頭一つ抜きん出た存在といえるだろう。今年2024年になって、スターダムは正式に新日本プロレスリング株式会社(以下、新日本)の子会社となり、両団体による連携はより強固なものとなっているのが現状だ。
そんな体制変化の後押しもあり、旗揚げ当初から新日本とパートナーシップを結んでいるAEWの、とりわけ女子戦線にも続々とスターダムの選手が参戦し、数々の好勝負を展開している。その筆頭とも言える女子選手こそ、”ワールド・ワイド・ヴィーナス”の異名で活躍する白川未奈だ。白川は今現在もスターダムの所属選手ではあるものの、AEWのリングにも頻繁に登場し、絶えず目の離せない存在として、その地位を確立させている。
無論、これまでにAEWへと参戦を果たしたスターダム所属の日本人選手は幾人かの例がある。だが、そのいずれもが、いわゆるワンマッチでのスポット的な参戦に過ぎず、AEWでの試合をこなせばすぐに本来の所属であるスターダムのリングへと戻っていく。だが、白川の場合はAEW初登場の時点から、いきなりPPV大会での王座戦に挑むという破格の抜擢を受けた上、その後も毎週のように試合やプロモに登場し、継続的に参戦を続けているのだ。しかも、そうしたAEWでの活動がある中で並行してスターダムのリングにも上がり、各所で試合をこなしているというのだから、そのタフさぶりには極めて驚きを隠せない。
■AEWマットに深く浸透するスターダムのエッセンス
AEWにおける日本人女子選手の重要度については、過去コラムのマイケル中澤氏のインタビューにもある通りだが、ことスターダムという団体に限って言えばその貢献度たるや、もはや今現在の女子王座のトップ戦線がスターダムなしには成立し得なかったのではと思えるほどの状況になっている。
2023年後半から、”往年のハリウッドスター”を模した奇抜で斬新なキャラクター性で、アメリカ女子マット界の話題を総なめにした前世界女子王者のトニー・ストームは、かつてスターダムに所属していた選手だ。さらに今年になって、そのトニーに憧れるファンというスタンスでAEWに初登場し、常に愛想よく彼女に付き従っていたものの一転して裏切り行為を働き、まんまと彼女の持つ王座を奪い取った現王者であるマライア・メイも、同じくスターダムで華開いた選手なのである。
トニー・ストーム
女子王座を巡る戴冠劇の攻防やストーリーは、かつては里歩、志田光といった日本人女子選手を交えつつも、本国アメリカ出身のレスラーを中心にした流れだったのだが、今やスターダム出身である二人がメインになって進行している感がある。そこに堂々割って入っているのが、白川未奈その人なのだ。かつて白川とマライアはスターダムで同じチームとして活動していたことがあるのだが、そのエッセンスがそのままAEWのマットでも使用され、トニーを交えた三者による複雑な愛憎ドラマが繰り広げられているのだ。
マライア・メイ
この3人が、かつてスターダムという日本マットで活躍した時代を知らない本場アメリカの観客にとっては、かなりチンプンカンプンな展開にも思われるのだが、これが意外や意外、相当な盛り上がりと共に受け入れられているのだから、AEWファンの懐の深さたるや目を見張るものがある。
■青山学院英米文学科卒という異色過ぎる経歴
そんな白川だが、AEW初参戦後の試合はもとより、ストーリーにおける個々の感情や因縁模様を伝えるのに必須な”プロモ”にも登場し、流暢な英語でのやりとりを披露してみせている。それもそのはず、白川は青山学院大学の英米文学科を卒業している語学エリートという、異色の経歴を持っている。加えて、プロレスラーになる以前はブライダル系の仕事、さらにはグラビアアイドルとしても活動していたというのだから、そのキャリアは破天荒そのものだ。
それがプロレスに魅了されて女子プロレス界入りし、今やトップレスラーとしての地位を揺るぎないものにしているというのだから、そのポテンシャルは推して知るべしである。聡明さと美貌にグラマーさも兼ね備えて、さらにレスラーとしての強さも持ち合わせている逸材が、スターダムでその才能を開花させた後に、さらにAEWという全米マットでの人気を確立しているという事実は、白川にとっては必然とも言える運命的な流れだったのかと想像すらしてしまう。
■すべての道は「WRESTLE DYNASTY」に通ず…?
いよいよ来年1月5日に東京ドームでの開催が迫る、新日本、AEW、そしてスターダムの合同興行となる「WRESTLE DYNASTY」。まだ本原稿執筆時点では、マッチメイクによる対戦カードは未発表だが、これまで本コラムで紹介した志田光、里歩、坂崎ユカ、といったAEW所属の日本人女子レスラーの凱旋もさることながら、今現在の女子王座を巡るメインストリームに絡み続ける白川にも大いに期待したいところだ。母国東京ドームの大舞台での王座奪取ともなれば、まさに白川のキャリアにとって一つのクライマックスとも言えるメルクマールになることだろう。
現在王座に君臨する王者マライア・メイ。さらには屈辱的な王座陥落から反撃の機会を虎視眈々と狙っているであろうトニー・ストーム。大なり小なりスターダムの薫陶を受けている女子レスラー達によるAEW女子戦線の活況ぶりは、これまでのアメリカンプロレスでは考えられないほど、日本の”女子プロレス”の純度が極めて濃縮されている稀有な事態とも言える。凱旋としての趣きは強くとも決して顔見世的な一過性のものではなく、その後のストーリーに連綿と繋がる王座を巡る好勝負、そして王座戴冠劇を、ぜひ2025.1.5の東京ドームの舞台で白川未奈に見せて欲しいのである。
岩下 英幸
(いわした・ひでゆき)
AEWインフルエンサー。ゲームクリエイター。1970年、千葉県生まれ。幼い頃からゲームセンターやファミコンに親しみ、それが高じてゲーム業界入り。プロレスを題材に開発した「バーチャル・プロレスリング」シリーズが国内外で高い評価を獲得し、米ゲームエキスポ「E3」では、格闘ゲーム部門の最優秀賞を2年連続で受賞する快挙を達成。現在、奥深いプロレス知識をもとにAEWにまつわる執筆活動中。最新作は2023年製作の「AEW : FIGHT FOREVER」。