「40代からはリハビリメイク」かづきれいこ氏に聞いた、メイクによるQOL向上の可能性
今回のゲストは、リハビリメイクを通じて多くの方のQOL向上に貢献するかづきれいこ氏。生まれつきの心臓疾患による顔の赤みに長年悩んだ経験から、メイクの持つ力に着目し、30年以上にわたり高齢者施設でのメイクボランティア活動を続けている。内閣府認定の「公益社団法人顔と心と体研究会」での資格制度の確立を行い、エビデンスに基づく研究を学会発表や論文にもつなげているかづき先生。医療や介護業界との連携に長年尽力してきたかづき先生に、高齢者メイクの特徴や施設での活動、そして超高齢社会におけるメイクの可能性について伺った。
リハビリメイクの原点は自身の経験から
―― かづき先生は、リハビリメイクを通じて多くの方のQOL向上に貢献されていますが、このような活動を始められたきっかけについて教えていただけますか?
かづき 私は生まれつき心臓に穴が開いていたので、冬になり寒くなると顔が真っ赤になることがコンプレックスでした。
赤い顔に悩んでいた幼少期は、冬と夏では性格も別人のよう。夏は積極的で元気なのに、冬になり顔が赤くなった自分を見ると人前に出たくなくなり消極的でネガティブになっていました。
高校生になって、赤い顔を隠すために一度だけファンデーションを塗って登校したら、先生に怒られたんです。私にとっては「化粧」ではなく、みんなと同じ白い肌になりたかっただけなのに……。
高校卒業後、ようやくメイクができるようになりましたが、化粧品屋さんに行っても雑誌でメイク特集を見ても、流行りのメイクばかりで、赤い顔をカバーする方法は誰も教えてくれませんでした。仕方なくファンデーションを重ね塗りして、顔の赤さを隠すことはできましたが、厚塗りで不自然になってしまい、時間もかかってしまいました。他人から見ると「そんな化粧しない方がマシ」と思われていたかもしれません。でも、当時の私はそれでも心がラクになったんです。
その後、21歳で結婚して23歳で長男を出産。専業主婦として暮らしていた30歳の時に医師である主人の開業と、闘病中だった母の他界など、さまざまな心労が重なって倒れてしまいました。その時に初めて自分が心臓の病気ASD(心房中隔欠損症)だとわかったんです。
手術を受けたことでどうにか病は完治しました。でも、命が助かったことより、顔が赤くならなくなくなったことの方が嬉しく感じました。顔が赤くなることは長年のコンプレックスでしたから……。
そんな経験から、自分自身を助けてくれたメイクを学ぼうと美容学校に通い始めました。
実は、母が闘病中、宝塚にある自宅と京都の病院を二日おきに通う日々でした。母が亡くなった後に、看護師さんから「あなたの来る日は朝からお化粧をして「元気に見える顏」をつくっていて、来ない日は痛みで辛そうだったのよ。」と伺いました。見舞いに来る私を気遣って、私が安心して家族のもとに帰れるようにメイクをしてくれていたんです。そのことによって、メイクには自分のためだけでなく、周りの人を元気にする力があることを知りました。
ゴールは、コンプレックスが気にならなくなること
―― リハビリメイクを始めたきっかけはいかがでしょうか。
かづき 1995年に、カモフラージュメイクを学ぼうとイギリスの赤十字を視察した時、医療の中にメイクが取り入れられていることや、そこで活動する人たちのボランティア精神にとても感動しました。
ただ、繊細な日本人の感覚からすると、技術的にはかなりおおざっぱな印象だったため、日本人特有の細やかな感性を満足させる技術が必要だと感じ「リハビリメイク」を考え始めました。
リハビリメイクは、従来の「隠すこと」に主眼を置いたカモフラージュメイクとは違い、自分の手で納得できる外観をつくる技術を身に付けることで、本人が患部を受け入れ社会復帰することを目的としています。
客観的な評価ではなく、ご本人が喜んで満足のいくメイクでなければ、意味がありません。
初めてメイクをする時は、一度完璧にカバーし「メイクでここまで隠せるんだ」という安心感を実感してもらいます。さらに、自分でカバーできる技を身に付けると「自分でいつでもできる」と思うようになり、素顔で外出できるようになる方もいます。
「気にならなくなっちゃった」と言ってもらうことがゴールなんです。
また、リハビリメイクは特別な人のメイクではありません。男性も女性も、大人も子どもも、40歳を過ぎたシミやシワ、たるみなど、外観にお悩みを持つ方は全ての人が対象です。
「たかが顔」と思われる方もいるかもしれませんが、直接命に関わらないからといって、顔の悩みを軽く受け止めるべきではないことを、私は自分自身の経験から学びました。
顔が気になる日は心が沈み、心が沈むと体もつらくなる——これは、特別に顔にトラブルがある人だけでなく、多くの人が共感できることではないでしょうか。
メイクボランティアの輪を広げる活動に邁進
―― 高齢者施設でのメイクボランティア活動の取り組みについて教えてください。
かづき 私が高齢者施設でのメイクボランティアを始めたのは1992年からですが、当時は否定的な意見も多かったですね。最近では一般的になりつつありますが、「高齢者施設にメイクを取り入れたのはかづきさんが初めてです」と言われたことは忘れられません。
それでも、施設でメイクを行うと、無表情だった入居者のおばあちゃまがメイクが進むに従い、表情が明るくなり、終盤には「口紅はディートリッヒの赤にして」とリクエストをくれるまでに。完成したお顔を鏡で見ていただくと、嬉しそうに微笑んでくださり、髪型も整えようと髪に手を持っていくんです。すると、周りで見ていた方も拍手をしたり、笑顔になったり、施設の雰囲気が和やかになっていったんです。
やっぱりメイクには周りの人も元気にする力があると確信した私は、その後も徐々に活動を広げ、2000年に「顔と心と体研究会」を発足し、NPO法人を経て現在では公益社団法人の理事長として、さらに多くの施設でメイクボランティア活動ができるような仕組みづくりに力を注いできました。
―― メイクボランティアを全国に広げるための活動にも力を入れていると伺いました。
かづき はい。すでにお話ししたように、対象が広く、当然私一人でできることには限界があるため、施術者の養成や育成は私にとって大きな課題でした。
より多くの方がメイクボランティアとして活動できるように「公益社団法人顔と心と体研究会」を設立しました。
この研究会は顔と心と体のつながりについて、メイクや医療、福祉、教育など、多方面の専門家の方々とともに考え、外観に悩みを持つ方々の社会参加や社会復帰をサポートすることが目的です。同研究会はNPO法人、一般社団法人を経て2014年に公益社団法人を取得することができました。
また、公益目的事業の認定を受けた「メンタルメイクセラピスト®検定」も行っており、セルフメイクを学べる4級から、メイク技術の講習・指導が行える3級、病院の外来でメイク指導やカウンセリングができる2~1級までの資格を取得することができます。
会員の方々には、メイクボランティアのための講習会も無料で随時開催しており、コロナ渦以前には年間150名以上が100回以上の施設訪問を行っていました。(コロナ渦で一時中断しましたが、現在徐々に再開しつつあります。)
―― 資格があると客観的な指標になりそうですね。
かづき そうですね。医療では、国家資格を有する方が多くいらっしゃいます。メイクも同じく、医療の現場で専門性を発揮するには、それに準ずる資格が不可欠なのではないかと考えています。将来的には国家資格化を目指し、行政や教育機関とも連携してメイクボランティアの社会的な位置づけを確立していくことを願っています。
高齢者のメイクでは使いやすい道具を選ぶこと
―― 高齢者向けのメイクで特に気を付けているポイントはありますか?
かづき 高齢者の方はお肌が乾燥していることが多いため、洗顔の代わりに、コットンに化粧水とオイルを適量加えてお顔を拭き取る「ふき取り洗顔」をおすすめしています。これは、車いすに乗ったままやベッドサイドでも行うことができ、メイクをしない男性にも喜んでいただけます。
その後、血流マッサージを行い、顔の血流を良くします。ファンデーションは薄めにし、その方の肌に合った色を選ぶことで、より自然な仕上がりになります。また、お肌の血色を良く見せるためのチークや口紅はとても重要です。色が加わるだけで、華やかで若々しい印象になります。
高齢者の方の中には、昔から使い慣れた化粧品にこだわりを持っている方も少なくありません。そのため、普段の化粧の仕方をお聞きし、それを活かしながら、より良い方法を提案することを大切にしています。また、手先が不自由な方もいらっしゃるため、使いやすい道具を選んだり、簡単にできる方法をご提案したりする工夫も欠かせません。
何より大切なのは、その方のペースに合わせることです。焦らずに丁寧に、でも確実に変化を感じていただけるよう心がけています。
―― メイクが高齢者の方々に与える影響について教えてください。
かづき メイクをすると見た目だけではなく、気持ちも大きく変化します。鏡で元気でイキイキした顔を見たら、自然に笑顔が増え、気持ちも前向きになりますよね。すると、次 は「外に出てみようかな。」「誰かに会いたいな。」と行動が変わっていきます。これが本当のアンチエイジングだと思いませんか。
高齢者施設でも、認知症の方がメイク後の姿を見て昔の記憶がよみがえったり、気持ちが落ち着いたりすることがあるようです。また、施設の方がイヤリングなどのアクセサリーをつけて写真を取り、ご家族に渡されることもあると伺います。メイクを通じてご本人だけでなく、周囲の方にも喜ばれる姿を沢山見てきました。
メイクは生活の質を向上させる力を持っている
―― リハビリメイクの医療分野への応用についても教えてください
かづき リハビリメイクは、医療の現場でも注目され、応用されるようになってきました。特に眼瞼痙攣(がんけんけいれん)の治療では、テープを使ったメイク技術が症状の改善に寄与し、有用性が認められ、この研究成果は、神経眼科学会で英語論文として発表され、さらなる研究を重ねています。
また、東京女子医科大学の倫理委員会を通して、更年期障害の患者にメイク指導を行う研究が実施され、更年期障害に関連する症状が有意に改善したことが明らかになりました。こうした医学的エビデンスを基に、リハビリメイクの社会的価値を広める取り組みを進めています。
―― 今後の介護施設とメイクの役割について、どのようにお考えですか?
かづき 介護施設は今後10年で大きく変わると思います。例えば、今以上にロボットの導入が進み、食事や生活スタイルもガラッと変わりそうですよね。でも、その中で人の手によるケアや、特にメイクを通じたスキンシップの重要性は、むしろ高まっていくのではないでしょうか。
また、年々私自身も「理想の老人ホーム」を考えることが増えました。例えば、趣味を楽しめる空間や、世代を超えた交流ができる場所があったり、メイクルームが充実していたり……。これからの時代に合わせて施設の形も進化していくことが、高齢者の方々もよりイキイキと過ごせるカギなのではないでしょうか。
―― 最後に、読者の方へメッセージをお願いします。
かづき 高齢社会というとネガティブなイメージを持たれがちですが、私がメイクボランティアを通じてお会いする高齢者の方々は、とても元気で意欲的です。
メイクは単なる美容ではなく、生活の質(QOL)を向上させる力を持っています。「高齢になっても、自分を楽しんでいい」と思える社会を目指し、一人ひとりの人生が輝くお手伝いをしていきたいですね。
また、元気なうちにメイクボランティア活動を通して、さまざまな高齢者施設をご自身の目で見ておくことをおすすめします。入居者様の雰囲気は施設ごとに異なりますが、私が30年の活動を通して感じたのは、施設の居心地の良さは、そこで働くスタッフの姿勢や関わり方によるところが大きいということです。アットホームで温かい雰囲気の施設を選ぶには、判断力が衰えたり、思うように体が動かせなくなったりする前に、自分の意思で決めることが大切です。
メイクというのは、ほんの小さな営みかもしれません。しかし、その小さな変化が、その方の表情を明るくし、気持ちを前向きにする力を持っています。メイクを通じて、一人ひとりの人生がより輝くお手伝いができれば――。そんな思いを胸に、これからも活動を続けていきたいと思います。
―― 本日は貴重なお話をありがとうございました。人生100年時代を生きる高齢者に対して、メイクが提供できる価値の大きさを感じました。メイクの力で元気に生きる方が増えていくことを願っています。
取材:谷口友妃 撮影:熊坂勉