時代を越えた人間模様と社会風刺を描く『フィガロの結婚』~「英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ 2024/25」シーズンの幕開けを飾るモーツァルトの傑作
英国はロンドンのコヴェント・ガーデン、ロイヤル・オペラ・ハウスで上演された、ロイヤル・オペラ、ロイヤル・バレエ団による世界最高峰のオペラとバレエを、特別映像を交えて映画館上映してきた「英国ロイヤル・オペラ・ハウス・シネマシーズン」。2024/25シーズンは、ロイヤル・オペラ・ハウスが「ロイヤル・バレエ&オペラ(RBO)」と改称したことに伴い、タイトルを新たに「英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ 2024/25」として、全10作品<バレエ6作品/オペラ4作品>を各1週間限定にて全国公開することが決定した。もちろん、ライブでの観劇の魅力とは一味違う、映画館の大スクリーンと迫力ある音響で、日本にいながらにして最高峰のオペラとバレエの公演を堪能できるのはこれまで通り。
2024年11月29日(金)からは、新たなシーズンの幕開けを飾るモーツァルトの傑作オペラ『フィガロの結婚』が、TOHOシネマズ日本橋ほか全国で1週間限定公開される。激しい情熱を品格と美に昇華させた圧巻のプログラムである。以下、音楽学者・永井玉藻氏の解説とともに本作の見どころに迫る。
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劇場の改称に伴い、『英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ 2024/25』と名称を新たにした新シーズンでは、「ロイヤル・オペラの音楽監督の交代という、もう一つの新しさもある」と音楽学者の永井玉藻氏は注目する。2002年からの長年にわたりロイヤル・オペラの音楽監督を務めたアントニオ・パッパーノが昨シーズンで勇退し、その後任として新たに音楽監督に就任したのがヤクブ・フルシャだ。まだ43歳ながら、2018年にロイヤル・オペラでビゼーの《カルメン》を指揮するなど、すでに数々のオペラ・ハウスでの経験を持っている。
そんな英国ロイヤルの新たなシーズンの幕開けを飾るのは、2006年からデイヴィッド・マクヴィカー演出によるプロダクションを上演し、大好評を得てきたモーツァルトの傑作オペラ『フィガロの結婚』。本作は、フランス革命が迫った時代に、アルマヴィーヴァ伯爵の使用人フィガロと、伯爵夫人の小間使いスザンナの結婚を巡る一日を描いた物語。登場人物たちのドタバタ劇が楽しめるオペラの名作だ。しかし、永井氏は本作最大の魅力を「生き生きとした人間模様によって描き出される、喜劇に見せかけた社会批判」だと解説する。
この作品が上演された18世紀末は、ヨーロッパの封建的な貴族社会が危機を迎えつつあった時期。つまり貴族と家来という絶対的な立場の差は揺らぎ始めていたのだ。永井氏は「作中の人物たちは、皆それぞれの欲求と感情を持ち、自分の正しさのために行動する。そのさまが真剣であればあるほど、観客として物語世界を外から眺める私たちにとっては、物語の状況が滑稽に見える」と述べ、そうした視点から観客が現実社会の滑稽さに気づく瞬間に、この作品の面白さを見出している。
そして難関なモーツァルトのプロダクションを見事に演じる歌手陣にも注目だ。今回のフィガロ役を務めるのは、イタリア出身で演劇俳優としての経験を持つバリトンのルカ・ミケレッティ。永井氏は「第1幕のカヴァティーナ「もしも踊りをなさりたければ」では、スザンナを心配しつつ伯爵の企みに憤慨するフィガロの心情を表情豊かに聴かせる」と彼の繊細な表現力に賞賛を送る。スザンナ役は当初イン・ファンが予定されていたが、収録日には体調不良で降板し、若手コロラトゥーラのシボーン・スタッグが見事にその役を務めている。伯爵役を演じるヒュー・モンタギュー・レンドールは、今後の活躍が大いに期待される躍進中のバリトン。また、伯爵夫人のマリア・ベントソンの気品溢れる歌唱や、恋に恋するケルビーノ役のジンジャー・コスタ・ジャクソンが歌う「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」など、充実期にある歌手陣を中心とする本公演は聴きどころも満載となっている。
実力のある歌手陣が全力で挑んでいる『フィガロの結婚』は、鑑賞後に高い充実感をもたらすこと間違いなしの一作だ。
※永井玉藻(音楽学者)による『フィガロの結婚』解説全文は下記↓URLにて閲覧可能です。