子どもが政治を自分事にする「こども選挙」 ハードルは“一部の大人の無理解と偏見”だった
小学生~17歳を対象に模擬選挙を行う「こども選挙」発起人の池田一彦さんへのインタビュー。第2回は、ワークショップや勉強会、活動を通して見えてきた社会や大人たちのことについて。全3回。
【写真】「こども選挙」投票日までを見る「こどもの、こどもによる、こどものための選挙」を掲げている「こども選挙」。「子どもの主体性はどう育めばいいんだろう」、そんな親同士の会話から生まれた、小学生~17歳が実際の市長選候補者の中から市長を選ぶ模擬選挙プロジェクトです。2022年10月の神奈川県茅ヶ崎市長選挙からスタートし、全国12ヵ所で開催されるまで広がりを見せています。
準備から運営、投票まですべて子ども主導で行いますが、これまで選挙や政治にほとんどふれてこなかった子どもたちは、どのように「こども選挙」を実現させたのでしょうか。
今回は、投票日までに子どもたちが体験したワークショップや勉強会、活動を通して見えてきた社会や大人たちのことについて、引き続き「こども選挙」発起人の池田一彦さんに伺います。
●PROFILE 池田 一彦
「こども選挙」発起人。株式会社be代表。クリエーティブディレクター。プランニングディレクター。アサツーDK、電通を経て、2021年に株式会社be設立。「全ての仕事は実験と学びである」をモットーに幅広いレイヤーのディレクションを手掛ける。
「こども選挙」発起人の池田一彦さん。夫婦で運営するコワーキング&ライブラリー「Cの辺り」(神奈川県茅ヶ崎市)にて。
子どもが町を知り選挙候補者を取材
茅ヶ崎市長選挙と同日の2022年10月30日に、「こども選挙」は投票日を迎えました。運営したのは、茅ヶ崎市在住の子ども15名による「こども選挙委員」と、大人10名の「こども選挙実行委員」、そして30~40名のボランティアのみなさんです。
こども選挙委員は、公募で集まった小学3~6年生の女子14名、男子1名。彼らは『子どもが主役になる』を念頭に、この日までにワークショップや勉強会を4回にわたり体験してきました。
各回の内容は、住んでいる町・茅ヶ崎や民主主義を知ること、市民活動家による講義、候補者へのインタビュー等々、すべて子どもが一票を投じるための内容です。
●模擬投票に向けて行われたワークショップ&勉強会
・第1回 茅ヶ崎について考えるワークショップと民主主義についての勉強会
・第2回 市民活動家に茅ヶ崎の話を聞く
・第3回 実際の候補者にインタビューする質問を考える
・第4回 候補者からの回答動画を見る
民主主義の考え方についての勉強会。難しい内容もあるなかで真剣に耳を傾ける子どもたち。 写真提供:こども選挙実行委員会
第1回のワークショップでは、茅ヶ崎の「好きなところ」「残念なところ」を考えました。意見をそれぞれ付箋に書き出し、「残念なところ」については、その解決策もみんなで案を出し合います。
●子どもたちの意見(一部抜粋)
<好きなところ>
「海であそべる」
「歩いていて声をかけると返してくれる」
<残念なところと解決策>
「海にゴミがいっぱい」→(おもしろくないと解決しない)→「ビーチクリーンしてビンゴをする」
「ららぽーとがない」→(作るためにはお金がかかる)→「茅ヶ崎のお店をバエるお店にしてお客さんが来ればお金が貯まってららぽーとが作れる」
第2回は、3組の市民活動家の講義を聞き、茅ヶ崎の環境問題・歴史・音楽文化について学びます。「後ろで聞いていた親たちからも『めっちゃ良かったです』と好評でした」(池田さん)。
そして第3回では、これまでの内容をふまえ、実際の候補者への質問を考えます。2022年茅ヶ崎市市長選候補者は3名。投票先を選ぶためには、候補者の考えを知らなければなりません。
2時間以上かけてみんなで考えた質問はビデオ収録して候補者へ届けます。公示後に、その回答動画を「こども選挙」HPで公開。市内の子どもたちは、その動画と、インタビューを書き起こした「こども選挙新聞」を参考に投票する、という流れです。
「全部で50を超える質問が出ました。全ては聞けないので、子どもたち自身で話し合い、3つに絞りました。
そのうちの1つは、移住者増加に伴ってマンションが増えていることについてです。ただでさえ人数が多く教室も増やせない現状があり、マンションを増やすことが本当にいいのかどうかを純粋に聞きたいという子どもの気持ちからなんですが、この質問がのちのち波紋を呼ぶことに……」(池田さん)
●候補者への3つの質問
・子どもと大人の意見をどのようにして取り入れますか? また、どのようにして実行しますか?
・市長になったら何をがんばりたいですか? その目的はなんですか?
・茅ヶ崎の中で、マンションを増やすことについてどう思いますか? またマンションを建てるメリットがあると思いますか?
子どもたちが自分の暮らす町や身近な疑問についてあらためて考え、市長候補者に直接投げかける機会は、「社会に自分の意見を表明する」という体験でもあります。そして候補者たちが実際に自分たちの質問に真剣に答えてくれたことで、子どもたちは社会参加への実感や手応えも感じたのではないでしょうか。
根深いタブー意識と子どもを信じない大人たちの存在
「こども選挙」を進めるにあたり池田さんらは、多くの場面で苦渋しました。それは子どもが原因ではなく、一部の大人たちによる「選挙や政治に対するタブー意識」や「子どもの力を軽視するような偏見」です。
「市内のお店などに選挙ポスターを貼らせていただいたんですが、なかには『本当の選挙と同時にこんなことやるなんておっかない』と断られたことも。『前例がないことをなんでやるのか』という批判的な声もありました。
マンションに関する候補者への質問には、『あのような質問を子どもが考えられるわけない』『大人が子どもに言わせているんじゃないか』とも言われました。要は、子どもを使ったマンション反対運動、ひいては現体制への反対活動をしているんじゃないかって。
もちろんそんなわけありません。どれも僕たちの目の前で、子どもたちが真剣に考え抜いた質問です。
『子どもにできるはずがない』という偏見は、一定数の大人の中にあると感じました。ですからよけい燃えましたね。これは絶対に成功させてやろうって」(池田さん)
さらに、「公職選挙法にも配慮する必要があった」と池田さんは続けます。公職選挙法では、未成年者による選挙運動が禁止されています。池田さんらがとくに注意したのは、特定の候補者に対しての意見や感想を発信・発言することです。
「具体的に何が違反なのか明確には定められていないからこそ、子どもならありそうな、『誰に投票した?』『お前は?』といった会話も抵触する恐れがある。ですからいくつかルールを決めて繰り返し伝え、投票後にわたす投票済証にも記載しました。結果として、違反行為はありませんでした。子どもってすごいですよね」(池田さん)
17歳以下の子どもは有権者ではありませんが、国の事柄を決める権利を持った主権者です。日本では長い間、若年層の政治離れが問題視されていますが、子どもは権利の主体ではなく保護の対象だという大人の認識をあらためていくことも必要なのかもしれません。
子どもたちが投じた“初めての一票”
10月30日(2022年)の投票日当日は、子ども含む投票所運営ボランティア約60名が入り、カフェやショッピングセンター、寺など市内11ヵ所に投票所を開設しました。
総投票数はネット投票も含めて566票。ほとんどが小学生だったといいます。
「個人的に目指していた1000票には及ばずでしたが、それでもよく集まったと思います。何よりも子どもたちがめちゃくちゃがんばっていた。投票所での呼び込みや受け付け、投票方法の説明、投票時の監視役などすべてこども選挙委員が行い、大人はサポートするだけでした」(池田さん)
「子どもも投票していいんだ」とうれしそうな姿や、「選挙って楽しい」という声に、「とてもうれしかった」と池田さんは笑顔で振り返ります。
「小学3年生くらいの女の子が、『私は回答動画を見たけど、候補者のことがわからなかったから投票できない』と言ったことも印象的でした。真剣に向き合ったからこそ、選べない。子どもの、考える力について改めて気がつかされました」(池田さん)
開票作業も子どもたちの手で行いました。実際の市長選挙では、現職の佐藤光市長が大差をつけて再選。「こども選挙」でも同じく再選となりましたが、18票差の僅差(きんさ)でした。
当初は「子どもが投票したらどんな大人を選ぶのだろう」という、親の好奇心から始まった「こども選挙」。でも「途中から結果は気にならなくなった」と池田さん。子どもたちが自分ごととして町のことを真剣に考え、意思を表明していく。その姿を見るにつれ、「このプロセスのほうがよっぽど大切だと思ったんです」(池田さん)。
「こども選挙」は投票で終わりではありません。次回は、選挙後に候補者へ届けたメッセージや、活動を通して変化した子どもと大人のこと、さらに広がる「こども選挙」の輪について、引き続き池田さんに伺います。
取材・文/稲葉美映子
ワークショップでの市民活動家たちの講義のあとには積極的に質問する姿も見られたという。 写真提供:こども選挙実行委員会