赤と黒の美 ― サントリー美術館「NEGORO 根来」(レポート)
中世の根來寺を中心に発展した朱漆塗漆器「根来(ねごろ)」。その独特の美しさを象徴する「赤と黒」のコントラスト、そして信仰と日々の暮らしに寄り添ってきた漆工の歴史に迫る展覧会「NEGORO 根来 — 赤と黒のうるし」が、サントリー美術館で開催されています。
先史時代から7500年にもわたる漆文化の源流、中世の貴重な名品、さらに近代以降の蒐集家たちが愛した根来作品まで、多彩な資料を通じて「根来」の全体像を深く感じられる濃密な構成です。
サントリー美術館「NEGORO 根来 — 赤と黒のうるし」会場入口
赤や黒の漆で彩られた木製品は、遥か先史時代から人々にとって重宝されてきました。今日「根来」と称されるものよりも古く、現在のところ7500年前まで遡る資料も確認されています。特に朱漆塗漆器は非常に貴ばれ、神仏に捧げられたほか、権力の象徴にもなりました。
展覧会の第1章では、かつて市井の目に触れることのなかったであろう、赤と黒の漆の名宝・名品が中心に紹介されています。
第2章「根来とその周辺」 サントリー美術館「NEGORO 根來 ー 赤と黒のうるし」 手前:懸盤 一基 室町時代 長禄3年(1459)修理銘 奈良・法隆寺【展示期間:12/15まで】
会場冒頭には、神に献酒するための神饌具である「瓶子(へいし)」が並んで来場者を出迎えます。手前の瓶子は、サントリー美術館とMIHO MUSEUMが所蔵していますが、もとは一対であったと考えられています。
優美なS字状の姿は、金属製や陶磁製の瓶子の特徴を受け継いでおり、神前に二口一対で供えられていました。伝来の過程で所在が分かれましたが、本展で再会が叶いました。
第1章「根来の源泉」 サントリー美術館「NEGORO 根來 ー 赤と黒のうるし」
奈良・東大寺に伝わる重要文化財《二月堂練行衆盤》も紹介されています。これは、東大寺の修二会(お水取り)に参籠した僧侶が、一日の食事作法の最後に食器類を載せるために用いるものです。
東大寺の修二会は、天平勝宝4年(752)に始まって以来、現在も続く法会で、現在、東大寺には11枚が伝世しています。
第2章 根来とその周辺 手前:重要文化財《二月堂練行衆盤》鎌倉時代 永仁6年(1298) 奈良・東大寺【前期・後期で入替あり】
「根来」という名を語る上で欠くことのできないのが、紀州(現在の和歌山県)にあった根來寺の存在です。平安時代末期に覚鑁上人(かくばんしょうにん)が開創して以来、新義真言宗の聖地として栄華を極めました。
この根來寺で朱漆塗漆器が産されたという伝承により「根来」と呼ばれるようになりましたが、必ずしも根來寺のみで製作されたわけではなく、ほぼ同時期やその前後の時代に各地でも作られていました。
第2章「根来とその周辺」 手前:重要文化財《髹漆卓》室町時代 永享4年(1432) 京都・岩王寺【展示期間:12月15日まで】
会場には密教法具の一種である「金剛盤」が3つ並んで展示されています。盤面に金剛鈴と金剛杵をのせるためのもので、奥から、和歌山・高野山無量光院、奈良・保寿院、奈良・能満院のものです。
能満院のものは、四葉形と素文の盤面を備えた典型的な姿。保寿院のものは四本の脚を有する珍しいデザイン。高野山無量光院のものは、鎌倉時代の作と推定されています。
第2章「根来とその周辺」 サントリー美術館「NEGORO 根來 ー 赤と黒のうるし」
根來寺が焼失した後、江戸時代初期にはすでに朱漆塗漆器としての「根来」が取り沙汰され、後世に大きな影響を与え続けました。
日常生活に根差した「根来」の中に美を見出し、愛でる動きも起こり、大正15年(1926)に柳宗悦、河井寬次郎、濱田庄司らによって提唱された民藝運動も相まって、戦後にはその価値が確固たるものになりました。
第2章「根来とその周辺」 手前:重要文化財《楯》二面 鎌倉時代 嘉元3年(1305)奈良・大神神社【展示期間:通期展示(入替あり)】
会場では、著名人が愛好した根来も紹介されています。円錐状に大きく広がる、朝顔のような姿が特徴的な《盃》は、随筆家・白洲正子の旧蔵品です。
使い込まれることで現れる朱と黒の織りなす模様が、根来の真髄を伝えており、彼女の鋭い美意識を存分に感じさせる逸品です。
第3章「根来回帰と新境地」 手前《盃》一口 個人蔵 白洲正子旧蔵【通期展示】
《輪花盆》は、戦後日本を代表する世界的な映画監督である黒澤明の旧蔵品。赤と黒のコントラストが絶妙で、均整の取れた模様のように見え、盆の姿形をより一層引き立てています。
実用美と芸術性を兼ね備えた根来の魅力は、時代や国境を超えて、多くの人々の心を捉え続けていることがわかります。
第3章「根来回帰と新境地」 手前《輪花盆》一枚 京都・北村美術館 黒澤明旧蔵【通期展示】
中世の信仰の美から、人々の暮らし、そして現代の美意識へと受け継がれてきた「根来」。長い時を経てなお新鮮な輝きを放つ、赤と黒の漆器の奥深い魅力を堪能できる貴重な展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 22025年11月21日 ]