なぜコンサル会社は、圧倒的なスピードで「新人を即戦力化」できるのか【ビジネスコミュニケーション力】
新入社員や異動・転職者にとって、新たな職場は挑戦とチャンスの場。中には「周囲との差をつけたい」「即戦力として活躍したい」という目標を抱いている人もいるだろう。
“新人”が一人前となって業務をこなし活躍するまでには一般的に時間がかかるもの。しかし、コンサルティング会社出身の安達裕哉さんによると、コンサルティング会社には4つの「新人を即戦力化するしくみ」があり、新卒1年目でもしっかり戦力になると言う。
安達さんは12年間経営コンサルティングに従事し、いまはWEBメディアの運営支援、記事執筆などを行うティネクト株式会社の代表である。今回は「最短で即戦力化する新人育成法」について伺った。
新卒1年目全員がクライアントに満足度の高いサービスを提供する組織
私は2001年に、新卒でコンサルティング会社に入社しました。
コンサルティング会社についてのイメージは様々だと思いますが、当時のコンサルティング会社は、労働時間の管理も、社員のモチベーション維持にも全く関心がありませんでした。とにかく極限まで働け、つべこべ言わずに成果を出せ。それこそ「体育会」的な体質だったと思います。
しかし、そんな会社であっても、唯一優れていたのが「人を育てるスピード」でした。
というのも、入社から1年もたたないうちに、一人前のコンサルタントとしてクライアントを、仕事を任されるルールになっていたのです。
もちろん、新人だからといってサービスの質を落とすわけにはいきません。お客様にとって新人であることは言い訳にはなりません。会社のブランドを背負っているのです。
しかし、多くの人は、新卒社員がいきなりコンサルタントの仕事をこなせるはずがないと思うでしょう。
実際、クライアントの役員や部門長、ときには経営者に対して、新卒のペーペーがいったい何を言えるというのでしょうか。
入社当初は私自身も、そう思っていました。しかし入社してしばらくすると、コンサルティング会社には「素早く人を育てる」仕組みが備わっていることに気づきました。
実際、私を含め何人もの新人が、ひとり残らず、クライアントに支障なくサービスを提供するだけでなく、高い満足度を得るという結果を出せていたのです。
果たして、コンサルティング会社は、いったいどのような仕組みで新人を即戦力化したのでしょうか。
新人を即戦力化するしくみ
結論から言うと、コンサルティング会社には4つの「新人を即戦力化するしくみ」がありました。
1. 標準化
2. ケーススタディや勉強会
3. 特化した知識領域の習得
4. 服装、礼儀、立ち振る舞い
これらの仕組みが連携することで、新人でも一定レベルのパフォーマンスを発揮できるようになったのです。
では、順に見ていきます。
1. 標準化
まず大前提として「組織の力」を支えているのは、標準化された資料、つまり先人の経験と知恵の結晶であるマニュアルやテキストでした。
これらは、センターファイルとして、誰もが自由に閲覧・利用できるようになっており、また、それらを利用してお客様を担当すればするほど、様々な業界に精通することができるようになっていました。
代表的なのは、お客様の組織・業務を調査する際に使う「調査票」です。これを使えば一次調査は問題ないという様式が十数種類あり、それらの使い方・説明の仕方も詳細なマニュアルがありました。
あるいは、お客様に様々な事例や、ルールのサンプルを説明するための種々のテキストがありました。例えば、「グローバル規格解説」、「目標設定」、「品質管理」、「監査の方法論」などです。
さらに、私が担当していたクライアントの業種・業態には前例があり、昔の資料を読み、担当者に問い合わせることで「業態特有の課題」についても把握ができました。
こうした徹底したマニュアルと知識共有があったので、お客様に訪問した時に、「これは課題と感じられていますか?」と投げかけることができたのです。
2. ケーススタディや勉強会
ただしこうした「マニュアル」が適用できるのは、プロジェクトの中でも定型業務だけです。逆に、お客様からの質問に臨機応変に対応したり、その会社特有の課題を発見したり、という事には向いていません。
そのようなマニュアルの穴を埋めていくのが、会社で行われていた「ケーススタディによる教育」で、ほぼ毎日、夕方から行われました。「今日訪問したお客さんで起きたこと」をマネジャーに報告すると、そこでの振る舞いについて質問され、「理想の回答」がどのようなものであるか、ディスカッションするのです。
毎日PDCAが回ることで、これもノウハウが次々蓄積されていきました。
また、月に2回程度、土日休日には「勉強会」が一日かけて開催されました。そこでは先輩たちの事例をもとにした、「お客さんに言われて困った言葉・困ったシーン」などが集められ一人ずつ回答を発表させられたのです。
とにかく早く育成を行うために、訓練にかける総コストはすさまじいものでしたが、そのおかげで、突然の独り立ちにもうまく対応できました。
3. 特化した知識領域の習得
新卒だった私は、当然、経営や業務のオペレーションに関しては、お客様よりも疎い状態でした。ところが上に挙げた勉強会のおかげで、種々の規格や業界の事例については、お客様よりも圧倒的に詳しい状態になれたのです。
この「顧客より詳しい知識領域」を持つことが、信頼をもらうための1つのキーでした。
特化した領域について話すときには「私は思う」ではなく、まるで会計士、弁護士のように強く「規格が、法が、数字が、事例が、こう言っている」と言い切れるのです。限られた狭い領域とはいえ、「言い切り」が可能なことは、コンサルタントとしての自信にも繋がりました。
また「似たような話がありまして〜」と、ケーススタディで得た事例やたとえ話を利用することで、発言の説得力も増しました。
加えて、クライアントの内部事情について、調査段階で徹底したインタビューを行うことで、経営者より、現場の事情に詳しくなることも重要なポイントでした。多くの場合、経営者は事業には詳しいが、現場の社員や業務については疎いため、社内でのコミュニケーションが不足している経営者は特に我々のヒアリング結果を重視してくれました。
現場の方であっても、自身が所属してきた部署にしか精通していないため、ほかの部署の話を聞きたがるものでした。
実際、ルールと実態が違うのはザラであり、社員の考えていることも建前と本音は違う。そもそも、多くの現場社員は、会社の方針やしくみに興味がない。
「顧客より詳しい知識領域」を持つことで、そのような経営陣と現場のギャップも、手に取るようにわかるようになりました。
4. 服装、礼儀、立ち振る舞いなど、信用を得るためのふるまいの指導
そして、知識やマニュアルだけでは、100%の信用は得られません。「ふるまい」が洗練されていなければ、信用はしてもらえないのです。だから、服装や礼儀、立ち振る舞いについても、非常にうるさく会社から言われました。
特に、あいさつ、所作、服装など、年長に見えるようにすることも重要で、私は会社から「髪を固め、大きめのスーツを着、オッサン臭くみえるように」と指導されました。また、年齢を聞かれたら、決して実際の年齢は言わずに、少なくとも30代、実年齢から5歳以上の年齢を言うように、これも徹底されていました。
このように、標準化されたマニュアル、ケーススタディによる臨機応変な対応力の育成、特化した知識領域の習得、信用を得るためのふるまいの指導。これらが連携することで、新人でも一定レベルのパフォーマンスを発揮できるようになったのです。
そして何より「上司がリスクを取る」こと
そして、この「即戦力化」のプロセスには、総仕上げがあります。
2社目のクライアントに、1年ほど上の先輩と通っていた時のこと。
契約が終わり、キックオフも無事に終了し、3回目の訪問で、ある専門規格に関する勉強会をクライアントに提供するという段取りだったのです。
ところがその勉強会の当日、先輩との待ち合わせ場所に到着したのだが、先輩の姿が見えない。時間もぎりぎりだったので、慌てて私は先輩に電話をしました。先輩はすぐに電話に出ましたが、次の言葉は予想しないものだったのです。
「今日、どうしても外せない案件が入ってしまった。クライアントには一人で行ってほしい。安達さんが一人で勉強会を仕切って」と。
焦りました。しかし、ここで狼狽しても仕方がない。私は今日の段取りを先輩と電話で相談し、資料がそろっていることを確認した後、クライアント先に向かったのです。
ミーティングルームに入って、お客さんの役員からすぐに「今日は安達さん一人?」と聞かれました。
「はい、そうです。」
「大丈夫?」
お客さんにそう聞かれましたが、私だって心配でした。
しかし、私はプロとして、「大丈夫です」と答えるしかありませんでした。
実際は、開始前の心配をよそに、その日の勉強会は無事に終わりました。その後も大きなトラブルはなく、プロジェクトは予定通り進捗し、9ヶ月ほどにわたったプロジェクトは無事終了しました。私はお客さんから「ありがとう」というお褒めの言葉をいただけたばかりか、クライアントからのアンケートでの評価は高く、その後継続案件までいただきました。新卒1年目でもプロジェクトは成功させることができたのです。
では、一体なぜ、突然突き放されたにも関わらず、1年目の私がプロジェクトを上手く進行できたのか。
いま振り返って思うに、もちろん、上に挙げた1~4の仕組みが効いていたことは間違いありません。
しかし、それらの仕組みを持ってしても理論と現場は違います。「本当に新人の安達に任せて大丈夫か?」私も不安でしたが上司も不安だったと思います。しかし上司は腹をくくってゴーを出したのです。
つまり「 大丈夫かわからないけれども、強制的に新人に任せる 」
ことが、人を育てるための最後のキーストーンです。
後で聞いた話ですが、会社はお客さんに「プロジェクトが上手くいかなかったら、全額返金します」という契約をしていました。それほどのリスクをとっても、新人を独り立ちさせるために、あえてお客さんに放り込むのです。
もちろん、なんの備えもなしに新人をお客さんのところに放り込むのは、単なる無謀な賭けでしかありませんが、「仕組み」を整えたら、後は腹をくくって新人にとにかく口を出さず任せてみる。
私の部署ではそれを「垂直立ち上げ」と呼んでいましたが、たしかに効果は抜群でした。
人間は全面の信頼を置かれ、任されたときほど成長する瞬間はありません 。
上司として、できうる限りのことをしたら「リスクを取って任せる」。
これが新卒を短期間で1人前にする、コンサルティング会社の新人育成法です。
プロフィール
安達裕哉
1975年生まれ。筑波大学大学院環境科学研究科修了後、デロイト トーマツ コンサルティング(現アビームコンサルティング)に入社。 品質マネジメント、人事などの分野でコンサルティングに従事し、その後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサルティング部門の立ち上げに参画。 大阪支社長、東京支社長を歴任したのちに独立。
現在はマーケティング会社「ティネクト株式会社」および生成AIコンサルティング会社「ワークワンダース」 の代表として、コンサルティング、webメディアの運営、記事執筆などを行う。
代表著書
『仕事ができる人が見えないところで必ずしていること(日本実業出版社)』
『頭のいい人が話す前に考えていること(ダイヤモンド社)』
X(旧Twitter)
安達裕哉