紫 今、初ワンマン追加公演で始まったばかりの夢の行く先をしっかりと指し示す
Mulasaki Ima LIVE 2024 "Episode 0+" 2024.10.24(thu)代官山UNIT
紫 今の今を見に行こう。過去1年半で「ゴールデンタイム」「魔性の女A」、TVアニメ『青の祓魔師 島根啓明結社篇』エンディング主題歌「学級日誌」などヒット連発の新進アーティスト。未知の部分も多いが今夏のファーストワンマンライブ(東京、大阪)はソールドアウト。満を持しての追加公演、それが今夜の代官山UNITだ。
ショーの始まりを告げる合図は、野生の咆哮にも似た強烈なアカペラのシャウト。「行こうぜ東京!」とフロアを煽り、スリーピースのロックバンドを率いて戦闘開始。後ろには黒地に白でMULASAKIIMAと染めぬいたロゴだけ。暗い照明で顔は良く見えないが非常にアグレッシヴで躍動的、かぶっていた帽子をかなぐり捨てて歌いまくる。気合入ってる。
たぶん初めてライブを体験するファンも多いだろう、オーディエンスが気おされてる。スネア四つ打ちの「エーミール」、R&B風にダークなグルーヴの「某夜」。ハスキーな低音からホイッスルめいた驚異のハイトーンまで、音源とライブに差異がない。むしろライブのほうがもっと出てる。明らかにステージの場数を踏んできたパフォーマンスだ。
「次に歌う3曲は、繋げて聴くとストーリー性が生まれる曲です」
歌う時の猛々しさに比べ、楽曲について解説する口調の丁寧さがちょっと意外。別れをテーマにした3曲であること、1曲は自分の実体験であること。「その人に向けて歌います」とつぶやき、アコースティックギターが映える「Soap Flower」、生バンドとトラックを同期させた「夢遊病」、そして電話のプッシュ音をサンプリングした「無言電話」を。どれも非常に強い情念の歌で、シーンが見えてくるほどにリリックは生々しい。彼女は主人公であり、語り部だ。作家的に曲を作る才能の大きさを感じる。
「新曲、やっちゃっていいですか?」
別れの三部作の余韻にひたるオーディエンスに向ける不敵な笑み。新曲なのにいきなりタオル回し、サビのソカっぽいリズムに乗れる軽快なダンスチューン。リリースされたら歌詞を確かめよう。そのままアップテンポで突っ走り、「正面」から「Server Down」へ。ふっと照明が顔に当たると、めちゃ笑顔でクラップを煽ってる。荒々しさと繊細さ、音源と写真だけでできていたイメージが、ライブで溶かされてゆく楽しみ。
「高校生の弟が、私の曲に厳しすぎる件について。新曲が出るたびに“微妙だね”って言われるんだけど」
雑談していい?と前振りして、アットホームな話題を楽し気に話す今。でも毎回TikTokをチェックして再投稿する、可愛い弟らしい。父親がジャンベ奏者、母親がゴスペルを歌っていて、身近に音楽があふれていたというエピソードも教えてくれた。家族の話もあっけらかんとしゃべってくれる。SNS出身アーティストという匿名性や記号性の裏側にある、人間性が垣間見える嬉しい瞬間。
良いメロディと良い歌をまっすぐに届けるミドル・ロックバラード「学級日誌」、迫力あるアカペラのハイトーンが聴ける、センチメンタルでドラマチックな「酔い夏」。初めて聴いてもどこかノスタルジックな、ロックとかダンスとかR&Bとかを超えてすんなり入ってくる情緒。オーディエンスは身じろぎせずに聴き入ってる。
「クレオパトラも見惚れちゃう、って知ってる? 知ってるの? 珍しいね」
またもや不敵な笑みで挑発する、曲はもちろん誰もが知ってる今年のメガヒット「魔性の女A」。オーガンジーの赤いスカーフを頭にまとい、妖しく歌い踊る姿はまさに魔性の女。続けて「Not Queen」と人気曲をたたみかける展開に、フロアからの歓声と手振りが止まらない。
ここが後半の勝負所とみて、バンドメンバーを紹介してすぐさま突入したのは、またも未リリースの新曲。ノリのいいメタリックなロックチューンにも関わらずフロアが静かだったのは、たぶん歌詞を聴きとろうと集中していたから。コール&レスポンスを呼びかけるとゆっくりと熱気が上がってゆく。
「フラットライン」「凡人様」と、人気曲の連発にフロアが再び沸き始めた。「暴れられる曲はこれが最後だ!」と煽る声に、ジャンプと手振りと歓声で応えるオーディエンス。天を指し、宙を指し、ポーズを決める凛々しい姿。メタルヒロインばりのド迫力の歌。ラストを締める強力なホイッスルボイス。イメージはまるで、民衆を導く自由の女神。
「少しずつ夢が叶っていて、幸せで恐ろしさを感じてしまうくらいです。全部みんなのおかげです」
一番の夢である、ドームで会えるように頑張りますーー。最後のMCは静かにしかし力強く、始まったばかりの夢の行く先をしっかりと指し示す。ラストチューン「ギンモクセイ」は、今夏放送されたTVドラマ『どうか私より不幸でいて下さい』主題歌。リズミックなグルーヴの中にせつなさをたっぷり秘めた哀愁チューン、リフレインはフロア全員のコーラスだ。女性の声が明らかに多い。別れの歌、クレオパトラの歌も、青春の歌、希望の歌。紫今の歌がしっかりと心に刺さった、ここにいるオーディエンスが核になって新しい物語が始まってゆく瞬間。
「今日はありがとう、また会いましょう」
アンコールを求め続ける拍手を終了のアナウンスが断ち切り、夢から覚めたようにライブが終わる。およそ90分間、音源通りの迫力ある歌声とストーリー性のある楽曲の魅力に加え、意外にざっくばらんなキャラクターも見せてくれた。新世代クリエイターと呼ばれるが、曲作りやパフォーマンスにはオーソドックスな女性SSWの王道も感じる。来年3月、4月にはさらにパワーアップした東名阪ワンマンツアー開催もこの日発表された。更新し続ける紫 今の今、体感するなら今だ。
取材・文=宮本英夫 撮影=Ryotaro Kawashima