山梨発「るうふ」の宿づくりと地域デザイン。古民家を磨き、価値をつなぐ「田舎に暮らすように泊まる宿」
「過疎の村に光を灯す」ひとりの女性の決断
空き家となった古民家を再生し、地域の文化や風景とともに宿泊体験を届ける。そんな取り組みを広げているのが、「株式会社LOOOF」だ。山梨県を拠点に、「るうふ」というブランドで一棟貸しの古民家宿を20棟以上展開。建物の設計から運営、地域との連携までを一貫して手がけ、"泊まることで地域とつながる"という新しい宿のかたちを実現している。
代表の保要 佳江(ほよう よしえ)さんに、LOOOFの立ち上げから現在について伺ってきた。
「世界を変える前に、自分の足元を見つめたい」。
そんな強い思いを胸に「株式会社LOOOF」を立ち上げた保要さんは、山梨県芦川町(現・笛吹市)の出身だ。人口300人ほどの小さな山間の集落で育ったが、当時は「何もない場所」に強い閉塞感を覚えていたという。
大学進学とともに東京へ。将来は海外で国際協力に携わりたいと考えていた保要さんだが、大学時代に「限界集落」という言葉と出会い、自分の故郷がまさにその対象であることに気づいた。10年以内に消滅の可能性がある地域だと知った瞬間、「まずは自分の身近な場所から」と視点が大きく変わった。
卒業後は東京で就職する一方、週末は地元に戻り、「芦川プラス」という任意団体を立ち上げて地元食材を使ったフレンチのイベントを開催。地域を訪れる人を増やすことを第一歩とした活動だったが、継続的な運営の難しさに直面した。ついには会社を退職し、自己資金200万円と借入れ500万円を元手に、地域に根差した事業に本腰を入れる決意を固めたのだ。
古民家再生の第一歩は、DIYと想いから
「るうふ」の原点は、築100年以上の芦川の一軒の古民家にある。空き家として10年近く放置されていたその建物は、地元の同級生の父親が仲介役を買って出たことで、所有者から同意を得られ、ようやく借り受けることができた。
当時、27歳だった保要さんはクラウドファンディングにも挑戦して支援金を募り、プロジェクトを進めたものの、古民家宿という業態はまだ珍しく、ノウハウも少なかった。そこで設計には古民家再生協会の建築士が加わり、約100人のボランティアとともにDIYで改修を進めた。プロと素人が入り混じる現場は試行錯誤の連続で、1棟目が完成するまでには半年以上の時間を要した。
保要さんが掲げた宿のコンセプトは、「田舎に暮らすように泊まる宿」。それはただ泊まるだけでなく、里山の暮らしを体験し、地域の人や風土と自然につながるような時間を提供することだった。客室にはあえてテレビを置かず、囲炉裏や縁側、庭を併設するなど、季節の移ろいを感じさせる設計が施された。
こうして2014年10月、るうふ1号店が開業。最初の一歩は、地域の空き家に価値を取り戻す大きなきっかけとなった。
一棟ごとに異なる顔。地域ごとの宿づくりへ
1軒目の開業から10年。るうふは現在、山梨県内を中心に、千葉や群馬などにも展開を広げている。すべての宿は「1日1組限定の一棟貸し」。ゲストは周囲を気にせず、完全なプライベート空間で滞在を楽しむことができる。
るうふの特徴は、すべての宿がその土地の文化や風土に合わせた設計を持つことだ。たとえば、ワインの産地ではワイナリーツアーが楽しめるようなコンセプト、囲炉裏で郷土料理、庭で焚き火体験など、地域や建物の個性に応じた体験が準備されている。
また、運営体制もコロナ禍を機に独自の進化を遂げた。2020年以降はフランチャイズモデルを本格展開していて、投資家が物件に投資し、るうふが設計・施工・運営を一貫して担う「運用代行モデル」だ。これにより、地方の空き家問題に関心を持つ個人や企業が参画しやすくなった。
設計と施工はすべて自社チームが担当し、社内には建築士や大工も在籍しており、物件探しからリノベーション、開業後の運営支援までワンストップで対応している。品質と世界観を守りながら、地域ごとの個性を反映した宿づくりを実現している。
洋館×ワイン文化――蔦之家の試み
新しい事業モデルの一つ、「古民家宿るうふ蔦之家」を紹介しよう。山梨県勝沼のワイン文化をテーマにした宿だ。もともとは実業家が家族のために建てた昭和の和洋折衷住宅で、立派な洋館スタイルの外観と、和の要素が同居するユニークな建物だった。
この宿のコンセプトは「優雅に時が流れるクラシックな洋館」。既存の建築を活かしつつ、ワイン文化と融合させるため、内装の色彩には「ぶどうの成熟過程」を表現。エントランスは薄緑、奥に進むにつれて紫へと移ろうような空間演出が施されている。
改修では、水回りや電気設備を一新しながらも、当時の建具やアンティーク家具は丁寧に磨き直して再利用。中庭には室町時代の灯籠を移設し、地域の石を用いて“静の美”を感じさせる空間を作り出した。
滞在中は、近隣のワイナリーを巡るツアーや、ソムリエによるペアリング体験も用意されている。地元の甲州ワインを味わいながら、ゆったりと過ごす時間は、単なる宿泊を超えた「文化体験」となっている。
「訪れた人の関係性も、ぶどうのように熟して帰ってほしい」という思いが、宿全体に込められている。
これからも、地域に根差した挑戦を
現在、株式会社LOOOFは直営・フランチャイズ含め20棟以上を展開し、スタッフ数は50人を超える。運営現場には専属スタッフを配置し、チェックインから案内、食事のサポートまで、ゲストの滞在をきめ細やかに支えている。
教育体制にも力を入れており、2ヶ月に一度の研修や年2回の全社会議で、現場のノウハウや価値観を共有。一棟貸しでありながらも「ホテルのような快適さと、田舎の人情味ある接客」を両立させている。
今後は、山梨県内でのさらなる宿の展開に加え、他地域でもコラボレーション型の宿づくりを構想中だ。各地の資源を活かしたプランが動き出している。
「価値がないと思われていた建物が、たくさんの人に喜ばれる場所に変わる。その姿を見て、地域の人たちの意識も少しずつ変わってきました」と保要さんは語る。
るうふの取り組みは、単なる宿泊業にとどまらない。「古民家に命を吹き込み、地域の未来をつなぐ宿」。その姿勢は、これからも変わらないだろう。
取材協力:株式会社LOOOF
https://loof-inc.com/