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26年度から「出産費用無償化」で何が変わる? ママにとっても病院・クリニックにとっても幸せになる制度にするためには? 〔産婦人科医が解説〕

コクリコ

「出産費用の無償化」について産婦人科医・柴田綾子先生にインタビュー。出産をする側にとっても、医療機関にとっても幸せになる制度の在り方について。(全2回の2回目)

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厚生労働省が発表した出産費用の自己負担原則無償化の方針は、これから出産を希望するすべての家庭にとっては嬉しいニュースです。その一方で、制度の作り方によっては、医療機関の存続が厳しくなる可能性も。出産をする側にとっても、医療機関にとっても幸せとなる制度のあり方について、淀川キリスト教病院産婦人科医長・産婦人科医の柴田綾子先生にお聞きしました。

無償化の方法は「出産育児一時金の増額」あるいは「保険適用」

──今回の「出産無償化」発表について、柴田先生はどう捉えられましたか?

柴田綾子先生(以下、柴田先生):私自身は、出産無償化について大いに歓迎しています。国全体を挙げて子育ての負担を軽くするための第一歩としても、大きな意味を持つのではないでしょうか。

その一方で、どのように制度を変えていくかについては慎重な検討が必要です。さまざまな人たちに影響が出るので、妊婦さんにも医療者にも誰にとってもWin-Winになるような制度設計が必要だと思います。

──具体的に、どのような方法で無償になるのでしょうか。

柴田先生:政府の有識者会議では、大きく2つの方法が考えられています。ひとつは、不妊治療のように保険適用にして、全国一律の値段に設定する方法です。もうひとつは、すでにある出産育児一時金を増額する方法です。

出産育児一時金は、2023年に42万円から50万円に引き上げられましたが、これをさらに引き上げることで妊婦さんの自己負担を無料にしようという考えです。

出産育児一時金の増額で出産費用の値上げもありうる?

──それぞれどのような違いがあるのですか?

柴田先生:どちらの方法にも一長一短があるので、慎重な議論が必要です。例えば、一時負担金を増額した場合、それにあわせて出産費用の値上げをする病院も出てくる可能性があります。そのため、妊婦さんの負担はあまり変わらないのではないか、と指摘する声も。

実際に、2023年に出産育児一時金が引き上げられたときは、出産費用を値上げした医療機関もありました。もちろん、そこにはやむを得ない事情があります。

昨今、人件費や光熱費など病院を維持するためのコストが軒並み値上がりする中で、病院としても安全にお産ができる体制を維持するために、どうしても値上げせざるを得ないのです。

値上げした病院の多くは、お産を維持するための人件費・食費・光熱費・医療材料費などのコストをまかなうために、 必要な値上げしたというのが実際のところではないでしょうか。

写真:アフロ

──では、保険適用ならいいのですか?

柴田先生:必ずしもそうとはいい切れません。保険適用にするということは、国が全国一律の料金を決めるということです。しかし、病院を維持するコストは地域によって大きく差があります。

人件費や土地代・家賃などが高い都市部と地方とでは、病院を維持するコストや出産に必要な費用は当然変わってきます。

実際に出産費用に関する厚生労働省の調査では、東京都では約62.5万円だったのに対して、熊本県では38.9万円と20万円以上の差があることがわかっています。

このような地域差を無視して一律の値段設定にすれば、地域によっては病院経営が赤字になり、そもそも病院が存続できなくなったり、出産を取り扱うことができなくなったりしてしまう可能性もあるわけです。

――出産育児一時金と保険適用、いったいどのような形が理想なのでしょうか。

柴田先生:私は個人的には、次のような形がいいのではないかと考えています。

1.妊婦健診を保険適用にする2.出産費用については出産育児一時金を増額する

3.数年後に「出産の基本的診療費」は無料(税金で補償)とする

このような形で出産に関する基本的な費用は無料としたうえで、例えば“お祝い膳”などの各施設が提供する追加のオプションについては、患者さんが負担する形がベストなのではないでしょうか。

「利便性」と「安全性」のバランスが重要に

──安心して妊娠や出産ができるための無償化なのに、そもそも出産ができる病院がなくなってしまったら、本末転倒ですね。

柴田先生:そうですね。だからこそ、そこはしっかりと議論をして、妊婦さんにとっても病院にとってもメリットがある仕組みにする必要があります。

世界的には、分娩施設は1ヵ所に集約して大規模化するというのが大きな流れで、厚生労働省もその方向を進めています。どうしてかというと、そのほうが安全性は高まることが多いためです。

写真:アフロ

柴田先生:お産は24時間365日起こるため、いつでも緊急対応できるようにしなければなりません。そのためには医師や助産師をはじめとする医療資源を1ヵ所に集めて、何があっても対応できるような手厚い人手を確保することが必要なのです。

一方で、地域に1ヵ所しか分娩施設がないなどとなると、自宅の近くで出産ができなくなるなどのデメリットも考えられます。妊婦さんにとって、妊婦健診のたびに遠くの病院を受診するのは大きな負担です。

その場合は、妊婦健診は近所の婦人科で受けて、いざ分娩というときは大きな分娩施設でお産をするといった、病院・クリニックの連携で対応する方法もあります(分娩セミオープンシステム)。

いずれにしても、「利便性」と「安全性」のバランスを取ることが重要になります。

不妊治療の保険適用との違い

──妊娠・出産関係では、不妊治療も数年前に保険適用になりました。

柴田先生:出産と不妊治療では似ている部分と異なる部分があります。大きく異なる点は、不妊治療は予約診療が中心で、基本的に日中が多いです。そのため、医療施設側は診療の予定や準備を立てやすくなります。

これに対して、出産は24時間365日、いつ起こるかわかりません。また、直前まで何一つリスクがなかった妊婦さんが、突然、大出血するということもあります。これは、どれほど経験を積んだ産婦人科医でも予測ができないのです。

ですから、深夜に急にお産が始まっても対応できるように、手術室や万が一のスタッフ、輸血の準備なども含めて、休日・夜間を問わずずっと体制を整えておかなければなりません。

保険適用などの議論をするときには、ぜひとも安全なお産を支えている「見えないコスト」についても配慮してほしいと産婦人科医としては願っています。

──検討会では無痛分娩も話題も挙がりましたね。

柴田先生:今、全国で無痛分娩によって出産する人は、出産する人の約13%といわれていますが、地域によって無痛分娩の実施率は大きく異なります。住んでいる地域によって、無痛分娩を選べないケースもあることは、大きな課題だと感じています。

出産について「お腹を痛めてこそ母になる」といったことがいわれた時代がありますが、もちろんそんなことはありません。痛みを感じなくても、我が子への愛情に変わりはありません。

また、「無痛」という言葉で誤解されがちですが、麻酔を使ったとしても出産による母体へのダメージはゼロにはなりません。例えると、出産による「100」のダメージが、痛みを少なくすることで「70~80」になる程度だと思ってほしいです。

麻酔をしてお腹を切る手術を受けた場合も、体にダメージが残ることには変わりありません。

虫歯のときにも麻酔を使うのに、出産という大きな痛みに対して、「麻酔を使うべきでない」と他人が決めつけるのは、とてもナンセンスだと思います。

写真:maruco/イメージマート

妊婦健診の負担軽減も重要に

──ほかにも妊娠・出産の課題を教えてください。

柴田先生:出産の無償化に加えて、妊婦健診の負担を軽くすることも大切です。妊婦健診には助成がありますが、その金額などは自治体によってバラバラです。そのため、住んでいる地域によっては自己負担が大きくなってしまいます。

また、そもそも妊娠に気がついて、最初に婦人科を受診するときはまだ母子手帳がないため、自費扱いで高額なお金を支払わなければなりません。妊娠・出産でただでさえ負担が大きいのに、健診代の心配までしなければならない状況は改善されるべきです。

妊娠・出産のお金の心配や仕事との両立などを含めて、当たり前に安心して子どもを産んで育てられる社会に近づくことを産婦人科医としては願ってやみません。

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出産無償化は、子どもを産み・育てやすい社会をつくるための第一歩です。その一方で、安全なお産を支えるためには多くの「見えないコスト」が必要なことも教えていただきました。誰もが安心して子どもを産めるように、持続可能な制度のあり方が求められているといえます。

取材・文/横井かずえ

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