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パレスチナ人とイスラエル人の二人の青年が命懸けで記録し続けたドキュメンタリー『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』

ELEMINIST

イスラエルによる不当な破壊と占領が続くヨルダン川西岸のパレスチナ人居住地区「マサーフェル・ヤッタ」で生まれ育った青年が、幼い時から故郷の状況を記録し発信し続けた。やがて彼を支えるためにイスラエルから来た同い年の青年と、記録と会話を重ねながら、世界に訴えかける。当事者たちだからこそ、映せた映像と渇望が詰まった95分間。

対極する立場にある青年たちのアパルトヘイトに対する抗いと静かな叫び

Ⓒ2024 ANTIPODE FILMS. YABAYAY MEDIA

舞台は「マサーフェル・ヤッタ」というヨルダン川西岸のパレスチナ人居住地区。監督の一人、バーセル・アドラーの生まれ故郷であり、生まれながらにしてイスラエルの破壊と占領、剥奪が日々繰り返されてきた場所だ。監督は、バーセルをはじめとする二人のパレスチナ人と、二人のイスラエル人の活動家であり、映像作家でもある4人組だ。

バーセルは幼い時からカメラを回し、その状況を発信し続けていた。それを見たエルサレムを拠点に活動するイスラエル人調査ジャーナリストのユヴァル・アブラハームは、バーセルに協力するためにマサーフェル・ヤッタにやってきた。本作は、「イスラエル人とパレスチナ人が抑圧する側とされる側ではなく、本当の平等の中で生きる道を問いかけたい」という彼らの強い思いから、2023年10月までの4年間にわたり、命がけで記録、製作されたドキュメンタリーだ。

同じ志を持っていることはわかりながらも、時に、二人の置かれている切っても切り離せない立場の違いが、ギクシャクした会話からも窺い知れる。4人の監督らが本作を共同制作した理由は、「マサーフェル・ヤッタでいままさに進行しているパレスチナ人の強制追放を阻止し、現代にもはびこるアパルトヘイトの現実に、壁の両方から、不平等を映し出すことによって抵抗したいから」だという。

「私たちを取り巻く現実は日に日に恐ろしく、暴力的になり、マサーフェル・ヤッタの人々は弱く小さな存在へと追いやられています。私たちができることは、叫び声をあげることだけです。本作の核心にあるものは、イスラエル人とパレスチナ人が、この地で、抑圧する側とされる側ではなく、本当の平等の中で生きる道を問いかけることです」。

「他に土地はないの。ここだけ」

Ⓒ2024 ANTIPODE FILMS. YABAYAY MEDIA

19世紀から地図にある村にもかかわらず、軍は存在を認めない。入植者らは家を建て始めた。イスラエル軍は家だけでなく公園も、小学校をもブルドーザーで不当な撤去を強行する。

バーセルの母は「なぜまだいるの」「なぜトイレを壊すの」「なぜ家を壊すの」と、重装備のイスラエル兵士たちに問いかけ続ける。ユヴァルも「軍用地化のために家を取り壊すの?」と勇敢に詰め寄っていく。バーセルも兵士たちに「なぜだ」と、自身の危険を顧みずに投げかけ続ける。他の住民たちも「すべて奪う気か」「生活を壊す気か」と声をあげ続く。

他に行く場所を聞かれたバーセルの母は「他に土地はないの。ここだけよ」と声を細めながら答える。

イスラエルによる不当な土地の収奪

Ⓒ2024 ANTIPODE FILMS. YABAYAY MEDIA

バーセルが生まれたころに、イスラエル軍から移住命令が出た。「戦場の訓練場が必要」だという理由からだ。しかし、ユヴァルはその根拠の不当性を指摘する。

「『軍事射撃区域』の宣言は、ヨルダン川西岸地区のパレスチナ人の土地を軍事的に占領するための手段として、長年存在していたものです。ヨルダン川西岸が占領されはじめて間もなく、土地の約20%が『射撃区域』として宣言され、パレスチナ人の立ち入りが禁止されました。これらの射撃禁止区域を計画したアリエル・シャロン元首相は、『すべての射撃禁止区域は、イスラエル人入植者のために確保された土地だ』と、暴露された国家機密文書内で認めています」。追放に対し意義をを申し立てるために、住民らは提訴したが、裁判所は22年かけて却下した。

本作の字幕監修を務めた国際政治学者の高橋和夫氏は、「映画の舞台となったマサーフェル・ヤッタは、イスラエルの完全な占領下にある。イスラエルは軍の射撃訓練所にするとの名目で、土地を奪おうとしている」としたうえで、「この映画は、そこに住む人々の自らの土地と生活を守るための闘いの記録である。映画の隅々に埋め込まれた画面から、アパルトヘイトの構造が見える」と語る。

パレスチナの土地は、第二次世界大戦が終結した1946年には、現在のイスラエルの国土のほとんどがを占めていた。しかし、1947年、国連総会はパレスチナをアラブ国家とユダヤ国家に分割させる決議(国連分割決議)を採択。イスラエルは1948年独立を宣言、1967年、第三次中東戦争でイスラエルがガザ地区とヨルダン川西岸地区を軍事的に制圧し占領。

1993年にオスロ合意が結ばれ、翌1994年以降、ガザ地区とヨルダン川西岸では「パレスチナ自治区」となり、2005年にイスラエル軍はガザから撤退した。しかし、同氏は「オスロ合意では、将来のパレスチナ国家とイスラエルの最終的な国境に関しての交渉を規定しているのにもかかわらず、イスラエル側は実質上は交渉に応じず、西岸のパレスチナ人の土地の収奪を進めている」と解説する。

イスラエルによる入植政策によって、パレスチナ の土地は大幅に減少させられ、現在は約6,020平方キロメートル(三重県と福岡県を足したほど)に約548万人が密集した生活を強いられている。

問われる私たちの責任

Ⓒ2024 ANTIPODE FILMS. YABAYAY MEDIA

マサーフェル・ヤッタで暮らしてきたパレスチナ人たちに、イスラエルの兵隊たちや入植者たちが煽動的で差別的な暴言を浴びせ、攻撃をし続ける。私たちもその現実を追体験させられる。果敢に立ち向かう子どもたちも押さえつけられ、言葉を失い怯え立ちすくんでしまう。

本作は、パレスチナ人たちの置かれた境遇を強烈なまでに私たちに突きつける。

4人の監督たちは「本作がきっかけとなって、イスラエル軍に国際社会から圧力がかかり、マサーフェル・ヤッタの占領が終結することを願っています。そして、それを訴えているのが私たちパレスチナ人とイスラエル人のグループであるということが、世界への強い呼びかけになることを」と期待を寄せる。

さらに、「いますぐに占領を止めることと、パレスチナ人とイスラエル人の両者が平等に主権を持つ、自由で新しい枠組みを生み出す政治的な解決策が必要です。それしか前進する道はないのですから」と訴えかける。

日本時間3月3日(月)、今年度のアカデミー賞が米・ロサンゼルスのドルビーシアターで開催され、本作はアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門を受賞した。 共同監督の一人、ユヴァル・アブラハムは授賞式でこう訴えた。

「パレスチナ人とイスラエル人がこの映画をつくったのは、一緒であれば私たちの声は強くなるからです。私たちはお互いを見ています。ガザとその住民の残虐な破壊は終わらせなければなりません。10月7日の犯罪で残酷に捕らえられたイスラエル人人質は解放されなければなりません。バーセルを見ると兄弟のように思えます。しかし私たちは不平等です。私は民法の下で自由であるのに対し、バーセルは、彼の人生を破壊し、彼が制御できない軍法の下で暮らしています。 民族的優位性のない、パレスチナとイスラエル、両国民の国家的権利を伴う政治的解決策があります。そして、私がいま立っているこの国の外交政策がこの道を阻んでいると言わざるを得ません。なぜでしょうか? 私たちは絡み合っていること、パレスチナの人々が本当に自由で安全であれば、私の国民も本当に安全になれることがわかりませんか。他の道があります。まだ遅くはありません。生きている人々のための命を守るために。」

この現実が私たち一人ひとりに届いたいま、私たちはもう無知ではいられない。

『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』
2024年/ノルウェー、パレスチナ/アラビア語、ヘブライ語、英語/5.1ch/95分/G

イスラエルによる破壊と占領が続くヨルダン川西岸のパレスチナ人居住地区で生まれ育った青年が、幼い時から故郷の状況を記録し発信し続けた。そんな彼を支えるためにイスラエルから来た同い年の青年と、紆余曲折を経ながら、真の平等の中で生きる道を問いかけるために、命懸けでつくったドキュメンタリー。

監督:バーセル・アドラー、ユヴァル・アブラハーム、ハムダーン・バラール、ラヘル・ショール
日本語字幕:額賀深雪
字幕監修:高橋和夫
配給:トランスフォーマー

2025 年 2 月 21 日(金)TOHO シネマズ シャンテ、シネ・リーブル池袋 ほか全国ロードショー

公式X:@nootherland_jp
公式サイト:https://transformer.co.jp/m/nootherland/

執筆/稲垣美穂子 編集/後藤未央(ELEMINIST編集部)

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