ユニット折り紙の女王、布施知子の世界(読者レポート)
名古屋市のヤマザキマザック美術館で、「布施知子 ORIGAMI ―紙の鼓動―」展が始まりました。「折り紙」と言えば、どなたも子供の頃に紙ヒコーキや折り鶴などを作った経験があるのではないでしょうか。
布施知子は、誰にとっても身近な存在である折り紙のスペシャリストであり、折り紙の制作方法の一つ「ユニット折り」の名手として知られています。また、世界各地で展覧会やワークショップが開催され、折り紙に関する著作も多数出版されている人気の作家です。
本展では、最初期の「面(マスク)」や、スケールの大きなインスタレーションである《枯山水 in 葵》など、約50点の作品で、力強く変幻自在な折り紙の表現を展望します。 会期は、2025年3月23日までと、かなり長めです。
美術館入口の大垂幕
それでは、順番に作品を見ていきましょう。
展示の冒頭に、面(マスク)が並んでいます。日本の仮面をお手本に、布施が20代半ばに作成したものです。面の制作は、当時、師事していた河合豊彰の影響で始められました。それにしても、折り紙で作成されたとは思えない、生き生きとした表情をしています。
左《大黒》1976頃、奥《小武悪》1976頃 ©Fuse Tomoko
折り紙で作られた枯山水が広がっています。白い紙で作られた水の流れと山々は、すっきりとして、軽やかな印象です。
会場となるヤマザキマザック美術館は、江戸時代の尾張徳川家の御下屋敷(「おしたやしき」、もしくは「おしもやしき」)のあった場所に建てられており、その御下屋敷には回遊式庭園があったとのことです。本作は、その回遊式庭園になぞらえたわけではなく、偶然の産物とのことですが、とてもよくこの場所になじんでいるように思います。
《枯山水 in 葵》(部分)2024 ©Fuse Tomoko
よく見ると、紙に渦巻き模様が描かれている山があります。水を連想させる渦巻き模様があるということは、その山のあたりでは雨が降っている想定なのかもしれません。 このように大型の作品を見ると、使われている紙のサイズが気になります。いったい、どれほどの大きさの紙を折っているのでしょうか。
《枯山水 in 葵》(部分)2024 ©Fuse Tomoko
幾何学模様のパターンを反復した、額装の作品が並んでいます。
切ったり、貼ったりせず、一枚の紙から折られた「平折り」の作品です。 このコーナーの作品は、一枚の紙から作られていると聞いても、なかなかそのように見えない複雑な折り目模様が目を引きます。
左《花ふたつ》2016、右《ねじり花つなぎ》2023 ©Fuse Tomoko
《ゴールデン・スネーク》は、アール・ヌーヴォーの家具が置かれた展示室の床を這いまわる金色の紙の蛇です。時折、蛇の表面のギザギザが照明の加減で光り、動いているようにも見えます。 本美術館のコレクションであるダイニングルーム家具の展示室を活用し、特別な雰囲気の展示になっています。
《ゴールデン・スネーク》以外に、《シルバー・スネーク》、《レッド・スネーク》の部屋もあります。たくさんの蛇が登場しますが、来年の干支とは関係ないそうです。
《ゴールデン・スネーク》(部分)2024 ©Fuse Tomoko
「ユニット折りの女王」とも呼ばれる布施の特色が発揮された作品群が並んでいます。
ガラスケースの一番右側に置かれた青緑色と黄色の《正方形・星組専用ユニット》には、なんと1080枚もの紙のパーツ(ユニット)が使われています。これらの作品も、切ったり、貼ったりせず、一枚の紙を折って作ったパーツを組み合わせて制作されています。そのため、作品を運ぶために、そーっと持ち上げたとき、接着されていないパーツ同士がこすれて、かすかに音がしたそうです。
展示風景 ユニット折りの作品の数々 ©Fuse Tomoko
これほどの点数の部品を使うとは、もはや手遊びの折り紙ではなく、難解な立体型ジグソーパズルみたいです。
《アリ地獄(480枚組)》2019 ©Fuse Tomoko
本展の説明会で、折り紙について、興味深い話を聞きました。布施によれば、折り紙では、作品を制作した年よりも、どのように折るとその形ができるのか、その折り方を発見した年の方が重要なのだそうです。複雑な形の折り紙でも、折り方がわかれば、他者でも再現できるからです。
その話を聞いて、折り紙作家と科学者や料理家は、とても似ていると思いました。 科学者が新しい理論を研究するように、料理家が新しいレシピを開発するように、折り紙作家も新しい折り方を探求するのです。
折り紙という、とても身近なテーマで、作家の強い意気込みを感じる展覧会です。 ぜひ、多くの方に見ていただきたいと思います。
[ 取材・撮影・文:ひろ.すぎやま / 2024年11月29日 ]