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「生きづらい」原因を知る「心を守るバウンダリー」とは何か 精神保健師・鴻巣麻里香さんインタビュー

コクリコ

嫌なのにNOと言えない、周囲の反応ばかり気にしてしまう、自分の気持ちをうまく表現できない……「なんだかとても生きづらい」そんな悩みの背後には、「心の境界線(バウンダリー)」の問題があるかもしれません。精神保健福祉士・スクールソーシャルワーカーの鴻巣麻里香さんに、「心を守るバウンダリー(境界線)」をテーマにお話を伺います。

【写真】精神保健師・スクールソーシャルワーカーの鴻巣麻里香さん

「嫌なのにNOと言えない」

「周囲の反応ばかり気にしてしまう」

「自分の気持ちをうまく表現できない」

なんだかとても生きづらい……そんな悩みの背後には、「バウンダリー」の問題があるかもしれません。

バウンダリーとは、心理学や精神医療の分野では「自分と他者を区別する心の境界線」を意味する言葉。

この記事では、精神保健福祉士・スクールソーシャルワーカーの鴻巣麻里香(こうのす・まりか)さんに、「心を守るバウンダリー(境界線)」をテーマにお話を伺います。

鴻巣さんが「バウンダリー」の大切さに気がついた背景には、ご自身の辛い体験がありました。

子どもを持つ親だけでなく、思春期のお子さん、そしていま「自分の心の守り方」がわからず苦しんでいる大人にもぜひ知ってほしい知識「バウンダリー」について詳しく解説します。

心を守る「バウンダリー(境界線)」とは何か

「バウンダリー」は直訳すると「境界」あるいは「境界線」という意味。

心理学や精神医療の分野で「自分と他人を区別する境界線(自己と他者の違いの認識)」とも言われています。

「バウンダリーは、個人の尊重や基本的な人権に関わる概念なんです」

鴻巣さんはこう説明します。それって、どういうことでしょうか?

例えば、友達や親、周囲の大人とのやりとりをイメージしてください。

「『あなたはそう思っているんだね。私はこう思っているよ』と、“あなたはあなた”と尊重しつつ“私は私”と、自分のことも尊重しながらコミュニケーションをする。単に、境界線で分け隔てるのではなく、境界を挟んで対話をする感じです」

「きちんとバウンダリーが保たれている状態だと、相手に自分を押し付けるのではなく、また、相手のことを取り込みすぎず、互いを尊重する関係がつくれますよね。このように「バウンダリー」を意識した考え方は、コミュニケーション全般に関わってくる考え方なのです」

あなたは、友達や親、目上の人などとのやりとりで「私はこう。あなたの〇〇ではないよ」と言えていますか。

相手にはっきり「NO」と言えない・言ってはいけないという状況は、日本社会ではよくあるシチュエーション。しかし、そのような「バウンダリー」がきちんと引かれていない状態では、個人として尊重されるべき意見や権利が守られず奪われてしまうこともあります。

権利という言葉を聞くと何かたいそうなことに思えるかもしれません。しかし、大人でも子どもでも自分の意思や権利が尊重されることはとても大切です。たとえそれが、日常の小さなことだとしてもです。

心を守るために大切な「バウンダリー」。しかし、バウンダリーが守られなかったり、侵害されてしまう(=バウンダリー・オーバー)状態になると、心にどんな影響があるのでしょうか。

鴻巣さんが体験した「バウンダリー侵害」の影響

鴻巣さんがバウンダリーの大切さを訴えるのは、ご自身の経験が背景にあると話します。

「母は外国籍のため、私は外国にルーツがあります。私の子ども時代、今から40年近く前の日本では、外国にルーツのある子が教室にいるのは非常に珍しかった。私たち兄弟しかいない環境で、いじめを受けたんですね」「その当時、転校生だったことも影響してたと思います。さらに、母は日本語が上手に話せず、地域のコミュニティでうまく立ち回れずに孤立していました。その状況から母は精神的に不安定な状態にあり、私はそんな母をケアする役目もしていました」

​​家では母親ができるだけご機嫌でいられるよう、親の望む役割を果たし続けたという鴻巣さん。

「母の愚痴や不満を聞いたり、母が機嫌よくいるために立ち回ることが、家でのミッションでした。学校に行けば行ったで、今度はいじめを受けていて。家も学校もいづらい状況が続いていましたね」

▲子ども時代、いじめや母のケアで、バウンダリーが守られない状態だったと話す鴻巣さん

時が経つにつれ状況は変化し、幼少期の辛い体験は終わりを迎えます。しかしその後も鴻巣さんは「生きづらい」という気持ちを抱えていたそうです。

周りの期待に応えようとしすぎていた

「例えば高校や大学、大学院へと進路を進めましたが、自分で進路を決めるはずなのに、自分がどうしたいのかがわからなかったのです。友人に『麻里香はどうしたいの?』と聞かれても、私の中で浮かんでこない」「行きたい大学、なりたい仕事。私がどうしたいのかの前に、母はどうして欲しいのか、父はどうして欲しいのか、先生はどうして欲しいのかという、他の人の願いが先に頭に浮かんできてしまう」

「当時の私は、いじめの体験やヤングケアラー的な状況におかれた自分について、意思や権利を侵害されているという事実に気づいておらず、あまりにもナチュラルに『周りの期待』に応えようとしていました」「ですが、だんだん苦しくなってしまって……。次第に、頑張ってきたことを途中で投げ出してしまうことが続くようになってしまいました」

「また、友達であれ恋人であれ、誰かと親密になろうとしても、自分には価値がないと思い込んでいるために、相手はいずれ自分を見捨ててまうのではないか? という気持ちになってしまい……」「好意を感じて他人に近づいても、途中でもうだめだ、この人はきっと私を見放すに違いないと考えて、唐突に距離を置く、という行動を繰り返していました。当時の私は、周囲を混乱させるような人間関係を、自ら作っていたのです」

「自分でも、私はなんて面倒な人なんだろうと感じていました。これは一体、なぜなんだろう? 私、めちゃくちゃ生きづらい、と」

ところが学校を卒業し、対人支援の現場に入ったときに、自身と同じような生きづらさをかかえた人がたくさんいたそうです。

「私だけじゃないんだなとホッとしました」

そう話す鴻巣さんですが、自身の経験をふまえて、支援の場で心掛けていることがあるのだとか。

「今は、何らかの生きづらさを抱えている人を支援をする際に、まずは”その人の願いを必ず立てる(聞く)”ようにしています」「ですが、多くの場合で『先生や周りは私に対してこう願っている』と、希望や意思を他人に任せる・委ねる感じで、『自分自身がどう思うか、どう願うか』が、なかなか出てこないのです」

「しかしこれは、主体性のなさの問題ではありません。自分の願いではなく他人の願いが、自分の願いのように感じてしまっている。自己と他者の境界線、つまりバウンダリーの問題だなと感じたのです」

親子関係を見直すために必要なプロセス

子育てにも「バウンダリーの問題」は大きく影響します。

鴻巣さんは「境界線の見直し」がおすすめだと言います。つまり「バウンダリーの引き直し」です。

「バウンダリーの引き直し」の例として、鴻巣さんは<ご自身とお子さんの体験>について話してくれました。

「過去に子どもが不登校だった時期がありました。この時に私はイライラ、モヤモヤしていて、子どもとのコミュニケーションがうまくいかなったのです」

「こんなシチュエーションに陥ったときは、まず親自身が、なぜイライラしてしまったのだろう、子どもに何を期待しているのだろうと、自分へ問いを立てる必要があります。自分の問題と相手(子ども)の問題を切り分けること、これがバウンダリーの引き直しにとって重要なのです」

「私の場合は、『子どもが学校の勉強に遅れてついていけなくなってしまう気がする』『人間関係を広げていく機会が損なわれてしまう気がする』など、自分の中に、子どもの将来に対して不安な気持ちがあることに気づきました」

「しかし、不安に感じていることは、あくまで自分の中での想像にしかすぎません。起きてもいないのに、独りよがりの答えを出す必要はないのです。『ああ、私は今不安なんだ』と、抱えている感情をただ受け止める。そこでとどめることが大切です」

例えば、一つの大皿に料理がてんこ盛りになっている様子をイメージしてください。

大皿の上に、子どもが不登校という事実、子どもが感じる感情、親の抱える事実や感情が乗っているとします。そこから親の抱えている感情や事実を取り出し、子どもの抱えている事実や感情を残すのです。

お皿が整理されたところが本当のスタート、ここから親子の対話が始まる、と鴻巣さんは話します。

「今ある事実と、あなたの感情はわかった。では、そこに私の願いを一緒に乗せてもよいかな? と、親と子、それぞれが抱く感情や願いとのバランスが取れるよう調整をしていくのです」

とはいえ、子どもに突然「あなたの思いを聞かせてちょうだい!」と言っても、とっさに気持ちを言葉でうまく表現するのは難しいもの。また、子どもが緊張状態にあると本音はなかなか出てきません。

親は自分の意見を押しつけて結論を出そうとせずに、まずは子どもの様子をよく見て、目の前の事実と子どもの意見を受け止めることが大切です。

また、1人で実行するのが難しいときは、専門家を頼ることも大切。

「子どもが学校に行かなくなると、まずは子どもを病院や専門家のもとへ連れて行こうと考える親御さんが多いと思います。でも、その前にやることがあります」

「まずは親自身が、自分の心を整えること。カウンセリングや、専門家など第三者の手を借りるのも良いでしょう。子どもだけでなく、親の方も、自分の願い・不安・期待を明確にするのが、対話のスタート地点かなと思いますね」

子どもも親もそれぞれ独立した別の人間であり、一人ひとりの思いは尊重されるべきもの。旧来的な「子は親に従うべき」という思考から脱却していくことが、親子関係、バウンダリーを守ることにもつながります。

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この記事では、鴻巣麻里香さんの経験をとおして、バウンダリーの持つ重要性、親子関係や人間関係においてのバウンダリー引き直しのプロセスを解説していただきました。

「バウンダリー」について鴻巣さんに伺う連載は全3回。次の第2回では、ネットやSNSにおけるバウンダリー問題についてお聞きします。最後の第3回では、性的同意の重要性、デートDVなど深刻なバウンダリー侵害の問題について解説します。

撮影/安田光優

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