観客総立ち、ジョナサンの「ディオール」
冒頭から衝撃である。
あのクリスチャン・ディオール(Christian Dior)の「ニュールック」が、男子仕様で現れたのだ。ウエストが絞られた優美な「バ―ジャケット」、エレガントに裾の広がるフレアスカート。その二つのアイテムよる不朽のスタイルが、ドニゴルツイードとカーゴパンツで、リアルな2026年春夏用のメンズファッションに再生された。かのムッシュ・ディオールも、自らの代表作からインスパイアされた傑作を、あちらの世界で喜んだことだろう。
前任者キム・ジョーンズ(Kim Jones)もメンズとウィメンズとの融合が巧みだったが、最近フェミニンに寄りすぎの感があった。しかしジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)によるこのデビューコレクションが放つ空気感ははっきりと「男」、「男の子」。クリスチャン・ディオールのデザインをフェミニンではなく、全くマスキュリンに再解釈している。
これは、ジェンダーフリーを主張することが「トレンド」であった時代から、そこがデフォルトで、だからこそあえて再び、性差を楽しむ方向へと、時代がシフトしていることの証明だろう。
また今回は、メンズファッションの基本的なアイテムをよみがえらせたものが目立つ。ベルベットのコートジャケットは、スワローテイル、すなわちフォーマルな燕尾服型だが、ジーンズを合わせたようすは、実にリアルですぐに着られそう。それでいて、去っていく後ろ姿は、18~19世紀の貴公子のよう。実際、当時のヴィンテージのウエストコート(ベスト)をそっくり再生した「レプリカ」も現れたが、花の刺繍やライラック色のモアレ素材と装飾的であるにもかかわらず、コットンやウールパンツとコーディネイトされ、そのまま今の街にすぐなじみそうだ。
加えてトレンドのシャツ&タイのフレンチプレッピーなスタイルも、カジュアルダウンが気持ちいい。古着屋でネクタイ人気が高まっているらしいが、こんなヴィンテージチックな新品のストライプタイは実に魅力的だ。
もう一つ目立ったクラシックな巻物ーー前々世紀に男性が巻いたクラヴァットに似たボウタイーーは、「VOGUE」によれば1920年代のレズビアンたちを描いたスケッチから着想したと言う。しかし目にした瞬間、脳裏に浮かぶのは、かつて熱狂的な「ディオール・オム(Dior Homme)」のファンであった故カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)の襟元だ。
そして、実はピンク色の二ットはエディ・スリマ(Hedi Slimane)のデビューコレクションで唯一、カラフルさが記憶に残ったアイテムだし、同時にエディはヴィンテージスタイルのミリタリージャケットやマントコートもよく発表していたことを思い出す。
そう、ジョナサンは今回ニュールックはもちろん、「デルフト」と名付けられたラッフルが波打つドレスを、布が重なるカーゴパンツに、アシンメトリーなドレープの美しいロングドレス「カプリス」はデニムパンツの前合わせのディテールにと、ムッシューのアイディアを現代のメンズファッションのデザインへと多く昇華した。
しかし同時にためらいもなく、前任者や前前任者、いや、加えてそのファンの記憶までもを、さーっとなぞり、ふわりと取り入れ、見事に全く別物を完成させて、ぴたりと着地したのだ。こういうことは自信が無ければできない。○○のエッセンスだけを香らせながら、
それ以上を具現化できると確信しているからこそ、実行に移せるのだ。マリア・グラツィア・キウ(Maria Grazia Chiuri)による大ヒットバッグ、「ブックトート」のメンズバージョンもその一つ。どう考えても売れそうである。また二ットの前身頃のど真ん中や、コートの襟の後ろに、あえて目立つようにロゴマークを配していることにも感心する。だって絶対売れるから。大金を投入したらどこのブランドか知らせたいのは人としてナチュラルである。ただのロゴ付きTシャツなどではなく、優れたデザイン+ロゴであるこれらは、間違いなく最強だろう。
そしてラストルック、ジョナサンは、きちんと「次にくるテーラードの理想形」を見せた。ゆったりと着やすいダブルブレステッドとゆとりのシルエットを描くパンツ。これぞまさにこれからのクラシック。
フィナーレで会場中の人間が立ち上がりスタンディングオベーションになったのは、K-ポップの誰かがいたからではなく、ファッションの世界に久々に明るい未来が見えたからに他ならない。