【アーティスト鈴木安一郎さんインタビュー】 15年間、富士山を定点撮影。「変わらない霊峰」の魅力を探る
三島市のさんしんギャラリー善で4月1日、御殿場市のアーティスト鈴木安一郎さんの作品展「FUGAKU-OH」が始まった。自宅近隣の同じ場所から撮影し続けた富士山の写真が80枚並ぶ。鈴木さんが設定した撮影条件はただ一つ。山体に雲がかかっていないこと。約20年、同じ構図で霊峰を撮り続けている。季節の移り変わり、周辺環境のちょっとした変化の中で富士山だけが揺るぎなく、変化がない。不動の存在感が際立つ。鈴木さんと対話し、膨大な時間をかけた今回の作品展の意図を探った。(聞き手、写真=論説委員・橋爪充)
-「作品展」という言い方をしていますよね。
鈴木:まあ、飾られているのは写真なわけですよ。じゃあ、僕は写真家なのか。そうじゃない。写真家の方から見ると、今僕がここでやっているのはアート寄り(の表現)なんだろうなと。一方でアートをやってる方が見ればやっぱり「写真だろ」となる。今回の「作品展」はそのはざまなんです。自分としては「発想」の部分がアートだと思っているんです。
-出発点は約20年前だとか。
鈴木:作品を創ろうと思ってスタートした記憶がないんですよね。富士の麓に住んでいて、美しい富士山を毎日のように拝んでいて、それを撮り始めた。それだけだったんですよ。
-一般的な富士山写真の中には、山体にかかる雲を主役にしているものもあります。一方で、鈴木さんは「山体に雲がかからない」を撮影のルールにしていますね。
鈴木:富士山の全貌が見えるように撮りたかったんですね。「素」の富士山というのかな。証明写真のような、ポートレートのような。それを20年間撮ってきた。夕暮れに山がオレンジ色に染まって雲が湧き立って、みたいな写真にはあまり興味ないんですよ。ありのままの姿に関心があるんです。
-そうした「約束事」がアート的な発想ですよね。必ず同じ場所から撮っている、というのも。将来このような形で並べて人に見せる、という予想はしていたんですか。
鈴木:それは、ありましたね。
-一つ一つの写真に日付が入っていて、2011年から2025年のいつ撮影したかが「見える化」されています。
鈴木:本当は写真ごとに静岡新聞の1面をひも付けしたかったんです。例えば2番目に撮影時期が古い写真は、東日本大震災の日の朝に撮っています。午前に撮影して、午後には巨大な地震が発生した。でも、富士山は「いつもの富士山」であり続けている。変わらない富士がそこにある。
-富士山の存在感が強調されますね。
鈴木:富士山は 360度、みんなに見られているわけです。ということは 360度全方向にいるものを全て見ているとも言える。
-鈴木さんはアーティストとしていろんな素材を使いますよね。作品には平面も立体もあります。そうした中で「写真」という技法はどう位置づけているんですか。
鈴木:写真を撮る人って、多くの場合「演出」するじゃないですか。写真の中で絵を描きたい、という気持ちが伝わってくる。僕は逆に、絵を描くんだったら絵を描けばいいと思っているんです。写真はできるだけリアルに、演出がない方がいい。富士山も同じですね。克明な記録(を目指している)。
-一つ一つは「記録」ですが、こうやって並べて見せるというのが「表現」になっていますよね。
鈴木:そうです。一つ一つは「すげえいいな」と思ってシャッターを切っているわけです。「記録」だけどモチベーションが高まらないと撮影できない。
-撮影はこの先も続けるのでしょうが、富士山とどう付き合っていくんでしょう。
鈴木:富士山のキノコの写真も撮っているから、キノコの富士山でもあるわけですよ。自分なりの富士山信仰、元々の愛着もあるので(撮影は)ライフワークとして続けて行くと思います。
-小山町のお生まれだから、常に視界に入ってくる存在として富士山がそこにある環境で育ったわけですよね。そして今もそれが続いている。
鈴木:まあ、そういう意味では被写体を超えた存在なのかもしれませんね。例えば高校に通う時、電車の車窓から、あるいは高校の教室の窓から富士山を見ていると、日によって大きかったり小さかったりする。でも、それはその日の気の持ちようなんですよね。富士山は変わらないのに、見ている人間が勝手に感情や思いを載せている。富士山はそういう対象として、大昔からここに居続けている。それがすごく面白いですね。
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■さんしんギャラリー善「鈴木安一郎作品展『FUGAKU-OH』」
住所:三島市芝本町12-3三島信用金庫本店4階
開館:午前11時~午後4時半(木曜休館)※観覧無料
会期:4月15日(火)まで