前向きな気持ちが回復を早める! Jクラブドクターが教える長期離脱からの復帰策【医師監修】
サッカーで最も避けたいのはケガですが、時にはどうしても抗えないもの。子どもがもしも復帰に時間がかかるケガをしてしまったら、親としてしてあげられること、してはいけないことはどんなことがあるのでしょうか。
日本サッカー協会のスポーツ医学委員でJクラブのドクターとしても長年選手のケガを見てきた大塚一寛先生(あげお愛友の里施設長)は「今、日本代表で活躍している選手のうち、あのケガがなかったら世界で活躍はできていなかっただろうという子が何人もいる」と話します。
しないに越したことはないものの、ピンチをチャンスに変えるきっかけにもなりうるのがケガだと言います。気になるその理由について詳しくお話を伺いました。
(取材・文:小林博子)
親が変われば子どもも変わる!?
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■ケガからの復帰の目安は?
全治数週間など、ある程度の離脱を経た後の復帰時期の判断は難しいもの。プロ選手の場合は、専門の機械を使って大腿四頭筋の筋肉を調べ、解析数値が9割戻っていたら完全復帰の目安にしているそうです。
小中学生の場合はそこまで専門的に調べることはほとんどないので、医師と相談の上、無理のない範囲からの復帰が基本に。調べる方法としては、例えば膝や足首のケガの場合は、片足ずつスクワットをして筋力とバランスの左右差がほとんどない事を確認できることを目安にすることなどがあります。
なお、小学6年生や中学3年生などで、最後の大会が近いときなどは、多少無理をしてでもピッチに立ちたい、立たせてあげたいと思うもの。そんなとき、医師が選手の体を診て復帰OKと言えなくても、そこは相談......となることも多々あるのだとか。
「"愚行の権利"というものがあり、医学的にダメなことでもそれを覆して当事者が決めることは権利として守られています。将来のことを考えると無理をさせたくはありませんが、親御さんと選手の気持ちを優先して相談にのることもあります」とのこと。
難しい判断になりますが、自己責任の範囲内で復帰を早めるケースもあるようです。
■ケガを糧に、より強く上手くなることだってできる
サッカーでのケガでは、相手との接触で起こるものが占める割合はたったの3割。残り7割は非接触時に発生しています(関連記事:「実は5月6月の方がケガが多い」)。非接触時のケガは自分の弱い部分に負荷がかかってしまった時に起こるのが特徴。つまりウイークポイントをケガします。
ケガにより体のウイークポイントを発見でき、その部位をリハビリで徹底的に鍛えることで、バランスを整えてより強靭な体にすることだってできるそう。
大塚先生がケガからの復帰をサポートした選手の中には、現在日本代表や海外チームで世界を相手に大活躍している人が多数います。
「あのときのケガがなかったら、あの選手は代表に選ばれたり、海外チームで活躍できるほどの今なかったかもしれない」と思える選手が何人もいると言います。
ケガを糧により良い未来を実現することだってできると思うと、まさに「ケガの巧妙」。起こってしまったアクシデントを未来に繋げるための「今」にできることはどんなことなのでしょうか。
■ウイークポイントをストロングポイントに変えられる選手とそうでない選手の違い
大塚先生によると、ケガを糧によりパワーアップした選手に共通しているのは「常に質問をして、自分の体にしっかり向き合ってリハビリをアレンジできる」ことだそう。
逆に、ケガからの復帰が予定より遅れたり、ケガをきっかけにパフォーマンスが落ちるのは「1日3セットやればいい」など、医師やトレーナーに言われたことを、自分なりに消化せず(創意工夫なく)そのまま実践してしまう選手だそうです。
リハビリは自分の体の様子やコンディションに合わせて主体的にアレンジすることがその後を大きく左右します。「天気や湿度で洗濯物が乾く日とそうでない日があるように、人間の体も毎日調子が変わります。毎日同じ事を繰り返すのではなく、回数や内容はその日の体の様子を見て増減させるべき」と大塚先生。
とはいえ、その判断は小学生には難しいのが事実。とくに男子は精神年齢が女子より低いため(5歳分違うというエビデンスがあるそう)、お父さんお母さんのサポートが絶対的に必要になります。
ちなみにプロの世界では、選手のケガをケアするスペシャリストが複数人います。まずは医師が医学的なところを診て判断し、チームの理学療法士とアスレチックトレーナー、フィジカルトレーナーと連携を取り、段階に応じてさまざまなサポートをします。
小学生の場合は、医師以外の3人分を保護者が担うと心得ましょう。大塚先生の診察を受ける小学生や中学生の選手は、診察やリハビリにお母さんやお父さんに一緒に来てもらって、トレーナーとしての目を養ってもらっているのだとか。
■「未来日記」でモチベーションを言語化しよう 前向きな気持ちは回復を早める
ケガをして離脱している時は、メンタル面のサポートも重要になります。
特にその時期は目標を失わないことを意識して欲しいそう。そのために大塚先生がおすすめしてくれたのは、「未来日記」を書くことです。
長友佑都選手が19歳でケガをした時に書いた未来日記には、1年後にチームのレギュラーに、3年後に日本代表に、5年後に海外チームで活躍すると記されていたそう。見事に実現しています。
ただ頭の中に思い描くのではなく、活字にして言語化することで明確なモチベーションが目に見えるようになります。そうすることで、
・ノルアドレナリン
・ドーパミン
・セロトニン
のバランスが整ってさまざまなメリットが。前向きなメンタルをキープしやすくなり、結果的にケガの回復もサポートしてくれます。
「先日、75歳の女性の外科手術をしたとき、その方は『治ったら孫とアイドルのコンサートで3時間飛び跳ねたい』と話してくれました。私はそれを聞いてこの人は絶対治ると確信したんですよ」と、大塚先生が話してくれたエピソードがありました。
前向きにリハビリに取り組むことで、中脳からドーパミンが分泌されます。ドーパミンにはさまざまな作用がありますが、その1つに痛みを感じにくくする作用も。
ストレスを感じた時に分泌されるノルアドレナリンとのバランスが大切で、それを保つのがセロトニンです。
目標をもってリハビリに取り組む本人の意識と並行して、親の言葉がけもセロトニンの分泌には大切。褒めてあげる、見守ってあげることを意識するといいそうです。そうすることで、脳内物質がバランスよく分泌され、良好な回復につながります。
「ちなみに、未来日記に書くのは真面目なことだけじゃなくて大丈夫です。レギュラーになってモテたいでもOKですよ」(大塚先生)
■復帰はまずは強度の低い相手と
復帰時は、下級生の練習に入れてもらうなど、強度やスピードを自分自身のレベルより下げた環境からスタートすると良いでしょう。
前回の記事で5月6月にケガが多い理由を大塚先生から「新学期でサッカーのレベルが上がること」が原因と伺いましたが、復帰はその逆の理論で、やさしいレベルの中でのリスタートがおすすめとのことです。
■自分自身への感謝の気持ちを持つ
つらいリハビリの日々を乗り越えれば、また楽しくサッカーができる日が来ます。その過程では「引退」や「退部」という文字が頭に浮かび、悩んでしまう瞬間もあるかもしれません。
そんなときに親子で感じて欲しいことは「そんな悩みを持てること自体がすでに幸せだ」ということだと大塚先生は話します。
「サッカーができる喜び、ケガをするほど思いっきりサッカーができたこと、復帰したら戻れるチームがあること......。すべてに感謝してみましょう。そして何よりも最も感謝すべきはこれまでサッカーを頑張ってきた自分にです。その気持ちがあれば、必ず復帰できます。前向きにひたむきに、そして主体的にリハビリに取り組んでください」
今をときめく大谷翔平選手も、高校生時代のケガがきっかけで二刀流として活躍できるようになったことは有名な話です。誰だってケガはしたくないものですが、もしもしてしまったら、よりよい未来をつくるための試練として前向きに向き合えるようにサポートしてあげましょう。
「あのケガがあったから、今がある」と言えるいつかのために、親子で乗り越えてください。
大塚一寛(おおつか・かずひろ)
医師、あげお友愛の里施設長。
1996年からはJクラブのドクターとしてチームとともに帯同を続けている。現在はVプレミアリーグの上尾メディックス(女子)のチームドクターも兼任。そのほか、『日本サッカー協会スポーツ医学委員』を務め、全カテゴリーの選手の健康管理(脳震盪・ヘディング・熱中症・整形外科的外傷など)に携わっている。多数の講演にも出演し、現場のノウハウや選手のケガ、障害予防などの啓発活動も積極的に行っている。
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