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メルカリ・ハヤカワ五味が感じた生成AI推進を阻む三つの壁「個人で世界を変えようとしなくていい」

エンジニアtype

メルカリ・ハヤカワ五味が感じた生成AI推進を阻む三つの壁「個人で世界を変えようとしなくていい」

生成AIの進化の波が押し寄せる中、「うちも導入しよう」と旗を掲げたはいいものの、実際に現場で使われず形骸化してしまうーーそんな課題に直面しているリーダーは少なくないだろう。既存の組織の在り方にフィットしなかったり、目的があいまいだったりと、AI活用が“スローガン止まり”になってしまうケースも多そうだ。

そんな中、「AI-Native Company」への組織変革を目指すメルカリに、ハヤカワ五味さんが生成AI推進担当としてジョインして1年強。先日Xでこんなポストをしているのを見かけた。

全社を挙げてAI活用に取り組もうというタイミングから、その最前線を走ってきたハヤカワさん。話を聞くと、日本を代表するテック企業であるメルカリですら一筋縄ではいかない生成AI推進の実情が見えてきた。

ハヤカワさんが直面した壁と、具体的な取り組み、そして実体験に基づくアドバイスを詳しく聞いていこう。

メルカリ
AI Strategy
ハヤカワ五味さん(@hayakawagomi)

18 歳で起業後、ランジェリーブランド『feast』、フェムテック事業『ILLUMINATE』など、多数の事業を展開。2022年3月にはユーグレナグループにグループインし、はたらく女性向けの新規事業開発に取り組む。24年4月に退職後、生成AI関連の推進担当としてメルカリにジョイン。生成AIの利活用に関してSNSでも積極的に発信している

生成AI推進の担当者は、成果が評価されにくい

ーー今年9月に「『生成AI×組織開発』についてどこかで話したい」とXに投稿されていましたよね。具体的にはどんなことを発信したいと思っていたのですか?

メルカリの生成AI推進担当になってからの約1年間で直面した課題や取り組んできたこと、そこから得た気付きをまとめたかったんです。私と同じように企業の生成AI推進を担当する人たちの参考になればな、って。

ーー生成AI推進に取り組む企業はどんどん増えていますが、課題を抱えている組織も多いですよね。具体的にはどんな点が課題になりやすいのでしょうか。

一つは、生成AI推進に関しては「技術的な側面」だけが語られやすいこと。生成AIを組織に導入していくプロセスでは、組織開発やHRの観点が重要です。でも、世間ではその点についての議論が深まっていない印象がありますね。

もう一つの課題は、生成AI推進担当者の成果が評価されにくいことです。

先ほど組織開発の側面が重要と話しましたが、より具体的に言えば、「現状の組織をどのように目指す姿へと変革していくか」が問われます。そのためには「チェンジマネジメント」のような手法が必要で、実践するにはコミュニケーション力や調整力などのソフトスキルが欠かせません。

ですが、これがなかなか評価されづらい。というか、そもそも評価できる人がいない会社も多いんじゃないかと思います。

なので、たとえ成果が出ても推進担当の功績ではなく、技術やツールの進化といった環境要因によるものと見なされがちな面もあります。具体的には、「ChatGPTの最新モデルが登場して便利になったから、社内に浸透したんでしょ」といった話になりやすいんです。もちろん、モデルの進化によって実用に耐えるようになったという側面もありますが、そこに至るまでの社内のルール整備や基礎知識があってこそだと思っています。

ーーせっかく担当者を置いたのに、本人にとっても会社にとっても残念な結果ですね……。

生成AI活用は一般的な新規事業に比べると、ROI(投資利益率)に反映されるまで時間がかかります。というか、個人的にはむしろポジティブに反映されることはなく、生成AI導入に失敗し「退場するかしないか」でしか測れないのではないかと思います。

なんなら、生成AIに投資することで一時的に業績が停滞する可能性もあるので、そもそも経営の視点が短期的な場合には評価されづらいのかもしれませんね。

ただし長期的に見れば、生成AIへの対応が遅れた企業が競争力を失っていくことは間違いありません。その点を経営層にどう理解してもらうかで苦労している担当者は多いと思います。

メルカリはCEO(山田 進太郎さん)が、AI活用を進める過程において「一時的な停滞は許容する」という趣旨のメッセージを発信しているので、その点で経営層の後押しが心強いです。

ーーではハヤカワさん自身は、生成AI推進担当者としてかなり仕事が進めやすかったのでは?

それが、そんなことはなかったですね。「(ROIが合わないので)生成AI推進チームを解散させたほうがいいのでは」という話が出たこともあるほど、苦戦した時期もありました。

「メルカリは大企業だし、社員のITリテラシーも高そうだからやりやすかったでしょう?」とよく言われますし、以前よりツールの整備やデータの集約は進んでいたので、技術環境として進めやすかったのは確かです。その一方で、一人一人が生成AIを使おうとする機運を盛り上げたり、カルチャーとして定着させたりすることについては、入社前に予想していた以上に難しかったですね。

だからこそ、同じように苦戦している生成AI推進担当の方たちに、私の経験や知見をシェアしたいと思ったんです。

AI推進を阻む「技術理解」「組織」「人」の三つの壁

ーーメルカリでもAI推進は一筋縄ではいかなかったようですが、どのような取り組みをしてきたのでしょうか?

2024年7月に入社して、まず注力したのが「モメンタムの形成」です。社内の人たちに生成AIやLLMの価値を理解してもらい、生成AI推進に対する熱量や共感を高めていく取り組みに力を入れました。

出典:https://careers.mercari.com/mercan/articles/49836/

施策を進める中で、直面した壁は三つ。「技術理解」「組織」「人」の壁です。

一つ目の「技術理解」の壁は、「AIは嘘をつく」「実務には役立たない」といった、技術に対する理解不足が生成AIの活用を阻むケースです。

二つ目の「組織」の壁は、組織として「やっても意味がない」「目標に入っていないからやらない」といった判断になりやすいこと。これは組織の縦割りやサイロ化によってAI活用の全体最適化が進まなかったり、短期的な成果が出づらいため既存の評価制度では会社員個人として取り組むインセンティブが不明瞭であるといった背景にあります。

三つ目の「人」の壁は、人の感情が壁になるパターンですね。「AIは怖い」「自分には必要ない」とネガティブに捉えたり、「どうせ単なる流行りものでしょ」と斜に構えて冷笑したり。これは生成AIに限ったことではなく、新しいものに対して否定的な態度を取る人は、いかなる組織にも一定数いるものだと理解した方がいいです。

提供:ハヤカワ五味さん

ーーこれらの壁を乗り越えることはできましたか?

どうにかして乗り越えるしかないので、さまざまな仕掛けや働きかけを粘り強く続けました。

最初の「技術理解」の壁は、勉強会の開催や学習プログラムの提供、社内事例の共有などの取り組みで乗り越えられます。私もランチ勉強会を頻繁に開催したり、独自のeラーニングを制作したりと、知識や情報の発信・提供を重ねました。

続く「組織」の壁を乗り越えるポイントは、人を動かすこと。私はあくまで一担当者に過ぎず、決定権を持っているわけではないので、会社の仕組みや制度を変える権限を持った人たちにどんどん働きかけました

社内のキーパーソンを見つけて必要な情報を必要なタイミングでインプットしたり、マネージャーレベルを対象に勉強会や事例共有をしたりですね。 

なんだかんだ一番効いたのは、そういう働きかけよりも年末年始の休みではありましたが(笑)

ーー年末年始、というタイミングもポイントだったんですか?

普段は多忙な人達も、この時期ならまとまった時間が取れるので、実際に生成AIを使ってもらうには良い機会だったみたいですね。

今年の年明けには経営層や役員から「生成AIってすごいじゃん」というポジティブな反応が返ってくるようになり、一つの山を越えた感がありました。今振り返っても、これは大きな転換点でしたね。

こうして下地ができたところへ、今年春にGPT-o3やDeep Researchがリリースされ、「生成AIが完全に実務に耐え得るものになった」という印象が社内に広まったんです。これが二つ目の転換点でした。

その後、期初の全社会や8月の決算発表でCEOから発表されたのが「Back to Startup×AI-Native」という新年度のテーマ。あわせて「プロダクト、仕事のやり方、組織すべてをAI中心に再構築し、AIの進化を最大限に活用することで、これまでにない成果を目指す」という全社員に向けたメッセージも発信されました。

メルカリ社のAI活用率95%、加速すべきは人員整理ではなく「業務の再定義」type.jp

ーー権限を持つ人を巻き込むことが、組織の壁を突破する力になったわけですね。

そうですね。ですが、外部の力を利用して社内に働きかけるのも有効だと私は考えています。

私はSNSや社外イベントへの登壇などを通じて、外への発信も積極的に行っています。それを見聞きした他社の経営層や起業家の方が、メルカリの意思決定層に対して「メルカリさんは生成AI活用に力を入れているらしいですね」と声をかけてくださったりもあると思うんですよね。そうなると、それを言われた人たちも「本腰を入れて取り組まないといけないテーマだ」と思ってくれます。

社内外を問わず、必要な人に、必要なタイミングで、必要なインプットをすること。これをとにかく徹底して続けたことが、組織の壁を乗り越えるカギになりました。

ーー最後の「人」の壁は、なかなか手強そうですが……。

「人」の壁が一番困難でやる気を削がれますね。私自身、何度も心が折れそうになりました。メルカリに入社してからの約半年間は、社内の生成AI推進担当者が実質的に私一人だったので、より精神的に厳しかったのかもしれません。各部署で協力してくださる人たちがいなかったら、年始には辞めていたと思います。

なので私の経験をアンチパターンとするなら、生成AI推進担当者の置き方は工夫した方がいいです。具体的には、以下の三点は意識すると良いと思います。

・担当者は一人ではなく複数人
・(中途で採らず)なるべく社歴の長い社員が担当する
・CEOやCTOなど、経営層の近くに配置する

これで担当者という“個人”に非難や反発が向かうのを防げますし、社内の「人」の壁も乗り越えやすくなります。

ーーなぜこれらのポイントが重要なのでしょう?

AIのように新しくて正体がよく分からないものを学んだり、取り組んだりすることは、多くの人にとってストレスです。そしてそのストレスの原因が、推進担当者という“個人”にあると誤解されやすいんですよ。

「AIって怖い」「AIは嫌だ」という心理が、「ハヤカワは怖い」「ハヤカワは嫌だ」にすり替わってしまう。正直、いくら嫌ってもらってもいいんですけど、それでAI推進が止まったら“詰み”’ですからね。これは特定の企業に限ったことではなくて、そもそも人間にはこうした心理的傾向があるのだと思います。

なので、複数の担当者を置けば個人に非難や批判が集中するのを防げるし、社歴の長い人なら、社内の事情や社員たちをよく知っているので不満も生まれにくい。そして、CEOやCTOの直轄にすることで「(AI推進者の個人の意思ではなく)経営層からのオーダーで動いている」ということが周囲にも伝わるので、担当者に対してヘイトが向かいにくくなるんです。

ーー担当者の負担を減らす仕組みになるということですね。

もちろん担当者側が配慮すべきこともありますけどね。私は中途だし、最初は「皆さまの雑用です!お役に立ちます!」という感じでやってました。

また、新しいものはストレスになりやすいことを理解して、推進を急ぎすぎずにステップ・バイ・ステップで進めるとか、正論をぶつけて周囲を無理やり動かそうとしない方がいいとか。

AI関連の担当に選ばれる人は、AI推進を強行する“タカ派”が多くなりやすくて、「生成AIがあれば人間はもういらない」といった過激な発言をしてしまうこともあり得ます。組織の中でそんな態度をとったらアウトなので、穏健に進めていきたいところですね。

ーー強行突破しようとせず、担当者自身も周囲の気持ちを理解しようとする姿勢が大切だ、と。

付け加えるなら、生成AI推進担当として苦戦している人たちには「世界を変えようとしなくていいんだよ」とも伝えたいです。

最初のうちは「AIの力でこの会社を変えます!」と目をキラキラ輝かせていたのに、半年後にはボロボロになって会社を辞めていく。そんな他社の担当者をたくさん見てきましたが、無理して全てを背負う必要はないんです。

一個人にできることはどうしたって限られるし、特に会社員として生きるのであれば、社内の人たちに嫌われてまで頑張らなくていい。あくまで会社員としての立場とメンタルを大事にしながら「今の自分にできることをやる」くらいのスタンスで取り組んだ方が、結果的にうまくいくと思いますよ。

私は、インフルエンサーとして生計を立て続けているので、会社員としては異質だと思いますし、私自身はあまり参考にしないでほしいです。会社員で生計を立てていたら、もっとやんわりやっていたと思うので。

「人間中心」から「AI中心」の組織へ

ーー生成AI推進の壁を乗り越えて、これからネクストステップへと進んでいくところですよね。どのような取り組みをしていきたいと考えていますか?

先ほどお話ししたように、今年8月の決算発表時にCEOが全社的な生成AI活用を推進する方針を発表したことを受けて、組織横断型チームである「AI Task Force」が発足しました。社内から100名ほどが選抜されて、各ドメインでの生成AI活用を根付かせる活動に取り組んでいます。

「AIネイティブ企業」を目指すメルカリの覚悟。CTO直轄の専任部隊がリードした生成AI導入の全容type.jp

なので、生成AI推進担当としての私の役割はある意味一区切り。社内が生成AIに対してポジティブではなかった状態から、ゼロイチでさまざまな仕掛けを行い、空気を温めた状態でバトンを渡すことができたと思っています。社内の生成AI利用率も上がって、ミッションをやり遂げた手応えがあるので、私自身も次のステップに進みたいな、って。

現在はCTO直轄のAI Strategyというチームに所属して、組織全体の生成AI活用をさらに深めていくための戦略づくりに携わっています。

ーー今度はどのような変革を起こしていこうと考えていますか?

一言で表現するなら「AI前提の組織に生まれ変わる」ことです。

CEOのメッセージである「AIの進化を最大限に活用することで、これまでにない成果を目指す」というのは、単に生成AIで業務を効率化するといった意味ではありません。ステークホルダーに対して、お客さまに対して、これまで想像もしなかったような価値を提供できる会社になるという意味だと私は理解しています。そのためには組織のあり方を抜本的に変えることが必要です。

従来の組織は、人間の限界に合わせて設計されてきました。例えば週休2日・1日8時間の勤務制度も、人間が働ける限界を想定して作られている。でもAIならもっと働けるだろうし、AIが仕事をしやすい環境は、もっと別にあるかもしれません。

つまり、組織設計を「人間中心」から「AI中心」へと再構築しなければいけない。そしてその先に「顧客中心」「ビジョン中心」の組織があると思います。ワークフローの改善や評価制度の見直し、新たなツールの導入など、幅広い範囲での施策を検討していくことになりそうですね。

「AI前提の組織」の実現に向けて、今度は一人ではなくチームとして動きながら、戦略を考えて前へ進めていく。そんな役割を果たしていけたらと思います。

取材・文/塚田有香 編集/秋元 祐香里(編集部)

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