【ELIONEさん(沼津市出身)の新アルバム「Just Live For Today」】つくりものではない。うわべだけでは決してない。ヒップホップへの信頼と崇敬の中に咲く「篤実」の花
静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は、2025年7月2日に配信リリースされたラッパー、プロデューサーのELIONEさん(沼津市出身)の6枚目アルバム「Just Live For Today」を題材に。
ヒップホップには似合わない単語かもしれない。だが、このアルバムは一言で表せる。
篤実。
辞書を引くと「情があり誠実なこと」あるいは「思いやりがありまじめであること」と書いてある。ELIONEさんの「Just Live For Today」のリリックやサウンドの「篤実」は、「つくりもの」の香りがしない。うわべだけの歌詞には聞こえない。白々しさが一切ない。
2012年に上京し、何もつてがないところからラッパーとして自立し、人気を得た。ABEMAのオリジナルドラマ「警視庁麻薬取締課 MOGURA」を見ていたら、俳優として出演していて度肝を抜かれた。同作ではエグゼクティヴ・プロデュースも担当している。沼津を起点にしたヒップホップ・サクセスストーリーは続いている。
筆者は彼のプロフィールを知り、過去作も聴いている人間だが、まっさらな状態でこのアルバムに触れても受ける印象は変わらないだろう。今作で一番心に染みたリリックは次の部分だ。
「食えなかった時/ブレなかった時/悔しくて夜も眠れなかった時/ワタルと住んでた3DK/ボロボロのアパートでさんピンCAMP/今だけを見ては/妬んでる奴ら/俺がどんな奴かって、知ってるか?」(By My Side)
「ああ、知ってるよ」と思わず応えたくなる。1990年代半ばに日本のヒップホップシーンの頂点を極めたイベントの映像を見ながら、仲間と将来への夢と野望をたぎらせていた20代の彼は、その時もそれ以降も、スポーツの世界で言うところの「自分にベクトルを向ける」ことを決して忘れなかったのだろう。
「俺が決める Lifesize/小さくまとまんな/誰がどうとかくだらない/Hatersは口だけだ/格好付けてない/普段通り」(LIFE SIZE feat.G-k.i.d )
「Life is shortだろ『今、何時?』/やらない理由探し要らないし/踏んできたRhymeがマイレージ」(Rocket)
「人生楽しまねぇ奴ら マジなんで?/イチイチ気にしねぇ 外野の小言」(景気)
ヒップホップと言えば、他人をあしざまに言う「ディス」「ビーフ」がまず頭に浮かぶ人も少なくないだろう。ELIONEさんの作品に、その要素が皆無であるとは言わない。ただ、どちらかといえば「そんな暇あったら自分を磨く」タイプなのだろう。
筆者は50代だが、ひたすら背中を押された。野球やバスケットボールなどチームスポーツの大事な試合の前のロッカールームに自分がいて、円陣を組んでいるような気分になった。キャプテンの言葉の一つ一つが胸に刺さる。そんな情景が浮かんだ。人生これからだ。ヒップホップはユースカルチャーという狭い枠にとどまる存在ではないことを、はっきり感じさせられた。
BACHLOGICさんのフル・プロデュース体制で作られた2枚目のアルバム。15曲収録されているが、2023年の5作目「So Far So Good」以上に、サウンドのバリエーションに富んでいる。スナップのきいたスネアが光るオーセンティックなヒップホップビートの「Guess Who’s Back feat.BACHLOGIC」に始まり、レゲエのフレーバーが感じられる「LIFE SIZE feat.G-k.i.d 」、1980年代のシンセ音が響くスイートソウルな「No No」など、聴いていてニヤリとさせられる曲がそろう。
一番驚いたのはニュージャック・スイングの「We Don’t Care feat.Masato Hayashi,vividboooy 」か。ロールするスネアの音をバックに歌われる「俺は俺のやり方」の幅広な価値観を再認識させられた。全体を通して、ヒップホップへの信頼と崇敬を土台に、音楽全体への感謝を強く感じさせられた。
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