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「インド人青年のミッドナイトパスタ」──もっと自炊は自由でいいんだよなぁ。自炊料理家・山口祐加さんエッセイ「自炊の風景」

NHK出版デジタルマガジン

「インド人青年のミッドナイトパスタ」──もっと自炊は自由でいいんだよなぁ。自炊料理家・山口祐加さんエッセイ「自炊の風景」

自炊料理家・山口祐加さんの「料理に心が動いた時」

自炊料理家として多方面で活躍中の山口祐加さんが、日々疑問に思っていることや、料理や他者との関わりの中でふと気づいたことや発見したことなどを、飾らず、そのままに綴ったエッセイ「自炊の風景」。

山口さんが自炊の片鱗に触れ、「料理に心が動いた時」はどんな瞬間か。世界中の「日常のごはん」を求めて海外を旅している山口さんがポルトガルの次に訪ねたのはスペイン。ホームステイ先で出会ったインド人青年の料理観に触れた山口さんは──。

※NHK出版公式note「本がひらく」より。「本がひらく」では連載最新回を公開中。

インド人青年のミッドナイトパスタ

 2024年の6月末、3週間滞在したポルトガルを旅立ち、スペインへ向かった。スペインではアンダルシア地方の都市・セビリアに滞在していました。スペインの家庭料理を学ぶために知り合いの紹介で出会った現地人のおばあちゃんの家にホームステイし、ガスパチョをはじめとした家庭料理を学びました。彼女は自室以外の二部屋を短期・長期でスペインを訪れる人に貸しており、私はその一室に滞在しました。

 もう一室に滞在していたのは両親が南インド出身で、自身はシンガポールで生まれ育った26歳の青年のBくん。Bくんはスペインに住んで5年目になり、1年前からこの家でお世話になっているとのこと。誰とでも仲良くなれる彼と話すうちに、少し心細かった私の心が明るくなっていきました。一緒の家に滞在していたので、Bくんの自炊生活の一部始終を見ていたわけですが、それが非常に興味深く、自分の「料理観」をぶち壊すような体験でした。

 滞在初日の夜、私がスープを食べていると、彼はおもむろに冷蔵庫からタッパーを取り出しました。中に入っていたのは、小豆のような赤い豆を茹でて作ったペースト。彼はそこにヨーグルトをかけ、アルゼンチンで定番らしいスパイスの効いたソースと塩をかけて、食べ始めたのです。豆とヨーグルト、さらにスパイスを合わせるという初めて見る組み合わせに、私の脳内は「えっ、今何が行われたの? それは料理なの? というか、どんなジャンルの料理?」と疑問符が次々と湧き出てくるような衝撃を受けました。
 
 彼にそれはなにかと聞いてみると、「僕の食事は栄養補給が最優先で、脂質の少ないタンパク質をたっぷり摂れることが重要。栄養価の高いものを組み合わせて食べているだけ。意外と、悪くないよ? 食べてみる?」とのこと。恐る恐る一口食べてみると、煮た豆とヨーグルトとスパイスの味が混ざった味そのものでしたが、これが本当に意外と悪くないのです。

 私が今まで料理だと定義していたのは、食材を食べられるサイズに小さくし、生食が不可であれば火入れし、味付けをすること。確かに彼のやっていることはその型にはまっているのですが、今まで全く見たことがないタイプの料理で度肝を抜かれました。

 翌(あく)る日の夜、私が23時頃に寝る前のハーブティーをキッチンで飲んでいると、彼は今から夜ごはんを食べると言って、2枚の鶏胸肉を一口大に切って茹で始めました。ずいぶん遅い時間に食べるねと言うと「お腹が空いた時に食べるから、1日の食事の回数や時間は決まっていない」とのこと。そういう食事のとり方もあるのか……。

 彼はその後、茹でた鶏胸肉をほぐしてトマト缶を加えてソースを作り、アルデンテなんて全く気にせず茹でた柔らかいパスタを混ぜて、チキントマトパスタを作っていました。

 これで終わりかと思いきや、棚からスパイスを取り出し、ビリヤニ(インド風の炊き込みご飯)のスパイスをかけたのです。やっぱりインド人にとって食事にスパイスは欠かせないのだなと、腑(ふ)に落ちつつ「パスタにビリヤニスパイスを入れるのは斬新だね」と伝えると、「インド料理のコツは、なんでもスパイスを入れることだよ」と言われて笑ってしまいました。彼は山盛りのパスタをデザート用の小さなフォークで食べていて、私が「大きなフォークを使ったら?」と聞くと「一口が小さい方が長く味わえるでしょ?」と返されました。かわいい人だな。

 彼のパスタを味見させてもらいながら、スペインに来た理由を尋ねてみました。

 「プロのサッカー選手になりたくて、インドの大学を出てから、スペインに来た。でも今の年齢を考えると、そこまで若くないから、いつまでサッカーを頑張るのか、あるいはその道は諦めて仕事を見つけて働き始めるのか迷っている」のだそう。
 
 なるほど、だから彼はタンパク質をしっかりと摂取して、体を鍛えていたのかと納得がいきました。彼曰(いわ)く「僕は生き延びるために食べていて、体づくりを最優先にした食事であり、おいしいかおいしくないかはあまり関係ない。むしろおいしすぎるとたくさん食べちゃうから気をつけている」のだそう。こういう考え方で料理をしている人もいるのか! と大きな気づきを得ました。

 彼の自炊を見ていて、「自炊の意義」がいかに多面的であるかを学びました。自炊について考え込んだ時、「茹で豆スパイスヨーグルト」と「ミッドナイトパスタ」を思い返し、もっと自炊は自由でいいんだよなぁと思うのです。

※「本がひらく」での連載は、毎月1日・15日に更新予定です。

プロフィール

山口祐加(やまぐち・ゆか)
1992年生まれ、東京出身。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(紀伊國屋じんぶん大賞2024入賞)、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』など多数。

※山口祐加さんHP https://yukayamaguchi-cook.com/

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