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神話や伝説に登場する「サメの怪物」たち 〜磯撫で、影鰐、ナナウエ

草の実堂

画像 : 磯撫で 草の実堂作成
画像 : ホオジロザメはジョーズのモデルになったサメといわれる photoAC cc0

サメは、海の猛者である。

その中でもホオジロザメ、イタチザメ、オオメジロザメの三種は「人食い鮫」として名高く、現在でも人間が襲われる事故が発生している。

しかし、実際のところ、サメの大半は臆病でおとなしい性質を持つ。人間を襲うのは全体のごく一部の種に限られており、「サメ=人を食べる」というイメージは大きな誤解である。

この誤解が広まった背景には、1975年公開の『ジョーズ』や、2013年の『シャークネード』といったサメ映画の影響が挙げられるだろう。

一方、サメは神話や伝説の世界でも恐るべき存在として描かれてきた。そこでは映画以上に恐怖を煽るような、バリバリと人間を喰らうサメの妖怪や怪物の話が囁かれている。

本記事では、そんな神話や伝説に登場する驚異のサメたちに焦点を当てていきたい。

1. 磯撫で

画像 : 磯撫で 草の実堂作成

磯撫で(いそなで)は、九州地方などに伝わる魚の怪異である。
その姿はサメに似ており、尾びれには無数の針がビッシリと生えている。

磯撫では北風と共に現れるとされており、積極的に人間を襲う。
水面を撫でるように泳ぎ、音を立てることも、水飛沫を上げることもないという。
ゆえに、人間が磯撫での接近に気づくことは不可能だそうだ。

狙いを定めた磯撫では、一気に水面から飛び出し、尾びれの針を獲物に引っ掛け捕らえる。
哀れにも犠牲者は、何が起こったかさえ分からず海中に引きずり込まれ、食い殺されてしまうのだ。

その正体としては、シャチやイリエワニなどの実在する生物が挙げられている。
シャチが人間を捕食することはないとされているが、その優れた知能や圧倒的な身体能力、時速60km以上で泳ぐスピードはあらゆる動物の中でも規格外であり、古代の人々がシャチを怪物として恐れていたとしても不思議ではない。

一方で、イリエワニは体長が6メートルを超えることもある世界最大のワニであり、その禍々しい姿と獰猛さはまさに怪物そのものだ。
背中を覆う「背鱗板」と呼ばれる突起物の存在が、磯撫での尾びれの針のイメージに繋がった可能性もある。

イリエワニは海流に乗って広範囲を移動することで知られ、過去には日本近海での発見例もあったそうだ。

これらシャチとイリエワニの特徴が結びついた結果として、磯撫でのような怪異伝説が生まれたのだろう。

2. 影鰐

画像 : 影鰐 草の実堂作成

影鰐(かげわに)とは、島根県大田市に伝わる暗黒のサメである。

中国地方の一部の地域では、サメのことをワニと呼ぶそうだ。つまり影鰐はワニの名を冠するが、立派なサメということである。

かつて島根の漁村では、「凪(風が止み波が立たない状態)の日は漁に出てはいけない」という掟があった。
海が凪になると、影鰐が出現するとされていたからである。

しかし漁師からすれば、風のない日は舟も転覆しずらく、絶好の漁獲日和である。そのため、こっそり漁に出る者が後を絶たなかったわけだが、そんな強欲な漁師を狙って、影鰐は現れるのである。

影鰐は、海面に映った人間の「影」を食べるという。
影を食われた人間は、問答無用で死んでしまうそうだ。
では、影を食われなければ大丈夫かと言えば、そうは問屋が卸さない。

ある時、影を食われそうになった漁師が、逆に鉄砲で影鰐を返り討ちにした。
これで一安心かと思いきや、その漁師が海辺に上がった時、足の裏に何かが突き刺さった。
なんとそれは、先程射殺した影鰐の骨であったという。

漁師はその傷が元で病気となり、ついには死んでしまったそうだ。
人々は影鰐の祟りを恐れ、凪の日は漁に出ないことを徹底するようになった。

つまり影鰐に狙われたが最後、どう足掻いても助かる見込みは無いということである。
なんとも小癪な話である。

3. ナナウエ

画像 : ナナウエ イメージ 草の実堂作成

ナナウエ(Nanaue)は、ハワイ神話に登場する半身半魚の神である。

この神にまつわる伝承には、次のような物語が伝えられている。

(意訳・要約)
昔々あるところに、カモホアリイ(Kāmohoaliʻi)というサメの神がいた。
ある時、彼はカレイ(Kalei)という人間の娘と恋に落ち、やがて二人は子供をもうけた。

子供は「ナナウエ」と名付けられスクスクと育ったが、恐ろしいことに、その背中には巨大なサメの口が生えていたという。
カモホアリイは妻カレイに、「ナナウエに肉だけは絶対に食わせるな」と言った。

彼はサメの神であるゆえ、サメの習性を良く知っていたのである。

一度でも動物の血肉の味を覚えたサメは、魚の変わりに肉ばかり食うようになる。
もしその肉が人間のものであれば、サメは人食いに目覚める、といった理屈である。

だが、ナナウエが7歳になるころ、彼はこっそり肉を食べてしまった。
カモホアリイが危惧した通り、肉の味に魅了されたナナウエは次第に人肉を欲するようになる。
そして密かに人間を殺しては、死体を洞窟に運んで食べる人食い怪物となってしまったのである。

ナナウエが成人したころ、彼は人間に紛れ農園で働いていたが、ひょんなことから背中の口を露わにしてしまい、縄で縛られた後、王様の前に突き出された。

王様は「近ごろ巷を騒がせている、連続失踪事件の犯人はお前だな?」と、ナナウエに詰め寄り、彼を火あぶりの刑に処そうとする。

死にたくない一心で、ナナウエは父であるカモホアリイに祈りを捧げた。
次の瞬間、ナナウエの体は完全なるサメへと変化し、縄を引き千切り泳いで逃げてしまった。

ナナウエは、ハワイ島からマウイ島まで逃亡した。
深く反省した彼は心機一転、真人間として生きることを決めた。
しかし、結局食人衝動には抗えず、人食いを繰り返すようになってしまう。

最後には火あぶりにされて、死んでしまったという。

参考 : 『世界神話伝説大系』『神魔精妖名辞典』『LaniLani』他
文 / 草の実堂編集部

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