なぜ予言がはずれても、人は信じてしまうのか――釈徹宗さんが読む『予言がはずれるとき』【別冊NHK100分de名著 宗教とは何か】
釈徹宗さんによる名著『予言がはずれるとき』紹介
「宗教による被害」や「宗教二世のこころの問題」「宗教と政治の関係」などが社会を揺さぶっている昨今。「宗教」という問題を長らく真正面から見つめてこなかった私たちは、この状況にどう向き合っていけばよいのでしょうか?
2024年初にNHK Eテレで放送され話題となった「100分de宗教論」。その出版化である『別冊NHK100分de名著 宗教とは何か』では、釈徹宗さん・最相葉月さん・片山杜秀さん・中島岳志さんという4人の論者が、4冊の本を起点に、多角的な視点で宗教をとらえ、「信じること」について解明していきます。
今回は本書から、相愛大学学長・釈徹宗さんによる「宗教を理解するための名著」として、『予言がはずれるとき』の紹介を公開します。
宗教はさまざまな営みの総体
「あなたは、何らかの宗教を信じていますか」
そう尋ねられたら、多くの日本人は「いいえ」と答えます。では、その場合の「宗教」とはどのようなものなのでしょうか。また、「信じる」とはどういう状態を指しているのでしょうか。
おそらくこの質問に対して「いいえ」と答える人は、「特定の教団の信者ではない」「特定の神仏を強く信仰して暮らしているわけではない」「特別な信仰活動をしているわけではない」といった思いを持っているのでしょう。
しかし、実は日本人は日常生活において、たくさんの宗教的な営みをおこなっています。たとえば、正月三が日の初詣でに行く人は、のべ九千万人以上もいます。世界中のどんな宗教学者も、これを聞けば「日本人は宗教民族だ」と判断するだろうと思います。
また、「お墓参りに行く」「神社で合格祈願をする」「大きな災害が起こったときに祈る」といったことも、誰もが一度は経験しているのではないでしょうか。こうした行為もまた、人類普遍の宗教的な営みだと言えるでしょう。
さらには、行動だけではなく意識の面でも、教会で賛美歌を聴いたり、静かなお寺の本堂に腰を下ろしたりしたときに、厳粛な気持ちになったことはないでしょうか。決まった宗教を信仰しているわけではなくても、その場その場で何かを信じる気持ち、つまり宗教心は、多くの日本人が抱いているものだと思います。実際、「あなたは何らかの宗教を信じていますか」という質問に「いいえ」と答える人でも、「宗教心は大切だと思いますか」と尋ねると「はい」と返答する人が多かったりするのです。
また、宗教といえば内面の問題だと捉える人も少なくないようですが、そうではありません。宗教には生活規範や行為様式の問題、タブーの問題もあります。政治・経済・法律から、衣食住に至るまで、あらゆる場面で宗教は底流しているため、ロゴス(論理)・パトス(情念)・エートス(行為様式)が編み物のように編み上げられた体系が宗教だと言えます。そのため、宗教の文脈が異なれば、世界の見え方も違ってくるというわけです。
ですから、宗教について考察する場合、哲学・心理学・社会学をはじめ、文化人類学や医学などさまざまな側面からのアプローチが必要となります。
「ある出来事」を調査・分析した本
私が紹介する名著『予言がはずれるとき』は、一九五六年に出版された社会心理学の古典と言うべき本です。レオン・フェスティンガーというアメリカの心理学者が中心となって、仲間の研究者らとともに、出版の二年前、五四年に起こった「ある出来事」を調査・分析して書いています。
その出来事とは、ある一人の女性が「まもなく大災害が起こる」という予言をして、それを信じる人たちが彼女の周囲に集まって集団を形成していった、というもの。フェスティンガーはもともと集団心理について関心を抱き、「個人は集団や社会からどんな影響を受けるのか」ということを研究していました。その中で、彼が注目するようになったのが「予言」だったのです。
歴史上、数多くの宗教者が、神や超越的存在から「世界に終末 が訪れる」などと、未来を予言するメッセージを受け取ったと主張しています。しかし、結果としてそれらの予言はことごとくはずれてきました。普通に考えれば、予言がはずれた時点で、その宗教を信じていた人たちは失望し、「もう信じられない」と離れていくはずです。しかし実際に多くの事例で起こったのは、予言がはずれた後、むしろ宗教は勢力を拡大していくという現象でした。
そうした事実を踏まえ、フェスティンガーは「予言がはずれる」という不都合なことが起こっても、一定の条件下では人々の信仰心がかえって強まる仕組みがあるのではないかと仮説を立てました。そして、その仮説を証明するため、実際に観察・検証できる対象を探しているときに、ある新聞記事を見つけたのです。
そこに書かれていたのが、今挙げた「予言」をめぐる出来事でした。アメリカ南部の町レイクシティに住むドロシー・マーチンという女性が「まもなく世界的大災害が起こる」という宇宙人からのメッセージを受け取ったと言っている⸺ 。そして、それを信じる人々が集まってきている⸺。この女性は、『予言がはずれるとき』の中では「キーチ夫人」という仮名で登場していますが、彼女もその周囲の人たちも実在した人物で、書かれている事件も実際にあったことです。
本書『別冊NHK100分de名著 宗教とは何か』では、釈徹宗さんによる『予言がはずれるとき』の読み解きから、「どんな人も不合理な信仰の深みへと進んでいく可能性がある。そんなメカニズムが人間にはある」ことを学んでいきます。
◆『別冊NHK100分de名著 宗教とは何か』より
◆脚注、図版、写真、ルビ、凡例などは記事から割愛している場合があります。
◆本書における引用は、特に断りのない限り、L・フェスティンガーほか『予言がはずれるとき』(水野博介訳、勁草書房)に拠ります。
※本書は、2024年1月2日にNHK Eテレで放送された「100分de宗教論」の内容をもとに、新規取材などを加えて構成したものです。