【宮島未奈さん(富士市出身)インタビュー】「成瀬」シリーズに続く新刊「婚活マエストロ」はどうやって生まれたのか。この「読みやすさ」の秘密は
「成瀬は天下を取りにいく」(新潮社)が2024年の「第21回本屋大賞」に選ばれた宮島未奈さん(富士市出身)が、10月下旬に新刊「婚活マエストロ」(文藝春秋)を出した。浜松市内で「婚活イベント」を主催する会社「ドリーム・ハピネス・プランニング」の「婚活マエストロ」鏡原奈緒子と、同社の紹介記事を頼まれたライター猪名川健人の関わりを描く。「成瀬」シリーズに続く新しい舞台設定、新しいキャラクターを創出するまでの経緯を宮島さんに聞いた。(聞き手=論説委員・橋爪充、写真=写真部・宮崎隆男〈人物〉、小糸恵介)
婚活パーティーを描けば「お仕事小説」的になると思った
-「成瀬」シリーズのキャラクターを活用したびわ湖大津観光協会と滋賀県ののスタンプラリーがそれぞれ10月末、来年3月末まで実施され、大津市内の駅や掲示板、商店街などに成瀬あかりさんらのイラストやポスターが大量に掲出されています。ご自分の住んでいる街が変貌している様子についてどうお感じですか。
宮島:私自身の生活は特に変わっていないんですよ。一人の主婦であることは変わりがなくて、街中でごくたまに声をかけられる程度。街を挙げて「成瀬」の応援をしてもらえることについてはうれしいんですが、ちょっと抵抗もありますね。露出が多すぎると、飽きられるのが早いのではという怖さを抱えています。
-新刊「婚活マエストロ」は、婚活事業を営む会社を舞台にしています。どういう経緯でしたか。
宮島:担当編集者から、かつてバイトで婚活パーティーの司会をしていたという話を聞いて、「それを書いてみましょう」と言うことになりました。つまり、外部からの投げかけがあったんです。「婚活」それ自体にはあまり関心がありませんでしたが、「婚活パーティー」というパッケージを描けば「お仕事小説」的になるかなと。
-舞台は浜松市です。自転車で移動する、郊外にショッピングモールがあるなど、浜松らしい生活環境をベースにしていますが、これは必然でしたか。
宮島:最初は架空の市で書いていたんですが、実在の都市にしてしまったらどうですかという進言があったんです。それなら浜松にしようか、という軽いノリでした。街の様子についてそのように感じていただいたということは、書き方が不自然ではなかったようですね。安心しました。実は(出身校の)京都大のイメージもあったんです。(猪名川のように)学生時代からそのまま住んでいる人がいても面白いかなと思いました。
書き方がうまくなっているという実感がある
-現代の諸相をあれもこれも取り込むのではなく、「結婚したい男女」「こたつ記事を書くウェブライター」という二つだけを囲い込んで物語にしていますね。軽いタッチで書かれていますが、この点においては骨太さすら感じました。シンプルな構造が読みやすさにつながっているのではないでしょうか。これは意識したものですか。
宮島:「成瀬」シリーズもいろんな要素を盛り込もうとしない、という点では同じです。ただ、書き方がうまくなっているという実感があるんです。「読みやすい」と言っていただいたのは成長の証しかもしれません。
-経験値が上がったのですね。
宮島:書いていて苦しいのは変わらないんですよ。すらすら筆が進むタイプではないですから。1行ずつ何とか埋めていく。でも「成瀬」よりは書きやすかったかもしれませんね。成瀬が「超大変」だとしたら、「婚活マエストロ」は「まあまあ大変」という感じです。
-「婚活マエストロ」は「ミイラ取りがミイラになる」話でもありますね。つまり、ある集団の外にいる人間がその集団の中に入って、「異物」としての違和感が徐々に薄れていき、同化していく。文学の「王道」とも言えるモチーフですが、その変化が非常に滑らかです。宮島さんの腕の良さを感じます。
宮島:展開は書きながら、考えているんです。(猪名川)健ちゃんと鏡原さんが一緒に婚活パーティーをやっていくという立ち上がりは決めていたんですが、それがどうなるかについては「どうしたらいいかな」と。当初はあんまり計算できていませんでした。
-「サイゼリヤ」「なか卯」という外食店のセレクトや、100円ショップで手に入れたアイテムなどから、「庶民」の話であること強く伝わってきます。こうした「小道具」について、どんなことを考えたんですか。
宮島:私自身が地方育ちですから、静岡にもあるチェーン店を出すことになりますね。全国各地で読んでほしいから、みんなが知っている店がいい。
-広がりを意識されているんですね。
宮島:イオンやサイゼリヤにもよく行きます。行くから書けるというのもあります。
-「成瀬」シリーズでは、成瀬さんと島崎さんという、対のキャラクターが出てきます。「婚活マエストロ」の猪名川さんと鏡原さんは物語が進むにつれ、成瀬&島崎と同じようにユニットとしての強度が高まっていきますが、男女の感情という「成瀬」シリーズにはなかった要素が加わっています。最終的には一蓮托生的な描き方をされていますが、今後もこのペアを育てていくつもりはありますか。
宮島:この後は読者に考えていただきたい。1冊で出し切りたかったんですよ。続編ありきではダメだと。これで終わりのつもりでいます。
-新しい世界に行くが、二人の距離は詰まっていない。そんな展開を想像していました。
宮島:そんな想像も読者に委ねたい。気が変わる可能性はあるけれど、いまのところ(続編執筆の)予定はないですね。