「すきないろは、なんですか?」 ミナ ペルホネンの皆川明さんが、こどもに伝える"四次元デザイン"の仕掛け
ファッションの分野だけでなく食器や家具、空間デザインも手がける人気ブランド「ミナ ペルホネン」。創業者でありデザイナーの皆川 明さんは一貫して、「時間軸」を意識した長く愛されるものづくりをしています。一人の女の子のある質問がきっかけで、デザインの背景にある「多様性」についても皆川さんが語ってくれました。
「特別な日常服」をコンセプトにしたオリジナルのテキスタイルが人気の「ミナ ペルホネン」は、こども向けの製品のデザインも発表しています。創業者でデザイナーの皆川 明さんが2024年4月23日、内装デザインを手がけたランドセルを製造販売する土屋鞄製造所のトークイベントに登壇。ひとしきりトークが盛り上がった後、会場の参加者に質問を呼びかけると、一番最初に小さな手が挙がりました。
「すきないろは、なんですか?」
母親に同伴してきていた女の子からの質問でした。その答えにつながる、皆川さんのデザインにかける思いとは、どのようなものなのでしょうか。
頭の中を画面いっぱいに描く
皆川さんは1967年、東京に生まれました。幼い頃に両親が離婚し、祖父母が経営していた輸入家具店を遊び場にするうち、イタリア製のレザーや漆などの素材に触れて育ったといいます。保育園では泥団子づくりに夢中になり、絵を描くことも大好きでした。
「猫のようでいて足が10本もある動物の絵や、ウサギみたいだけど尻尾はリスのような粘土細工など、いつも空想の生き物をつくっていました。当時はデザインをしているという意識はなかったんですが、とにかく楽しかったですね」
「何かを見てリアルなものをつくるより、頭の中のものを画面いっぱいに描くことが好きだったんです。長方形の紙だと自然と胴が長い動物を描くことになるので、足もたくさん描いてしまう。今も知らず知らずのうちに足をたくさん描く癖があります(笑)」
四次元のデザイン
1995年に「minä perhonen」の前身である「minä」を設立したときは、たった1人でのスタートでした。魚市場でマグロを解体する仕事をして生活費をまかないながら、デザインを続けてきました。
「こどもの頃と同じように、大人になってからも空想の世界がデザインのアウトプットとして出てきます」
例えば、のちにブランド名にフィンランド語の「perhonen」が加わったことでブランドを象徴する柄となった"choucho(ちょうちょ)"。2枚の羽で軽やかに舞う抽象的な蝶がモチーフになっており、「蝶の美しい羽のような図案を、軽やかにつくっていきたい」という願いがブランド名に込められています。
さらに、平面のデザインであっても、立体的な世界や時間の経過を表現しているものもあります。
木立を抜ける鳥をモチーフにした"forest"は、よく見ると1本だけ小さな枝がない木があります。鳥が小枝をついばんで去ったという物語の経過が、一つの絵の中で描かれています。
また、代表的なテキスタイル"tambourine"(タンバリン)は、不揃いの粒による円が不完全なものの美しさや個性を表現しています。椅子の座面に使われる"tambourine-dop-"の生地は、長く使い込んですり減ってくると、裏地の色が現れて表情が変化するようにつくられています。
「言葉だとちょっと強く感じるようなメッセージや、年月を経ることによって変化する風合いを、デザインにこっそり忍ばせてみたりしているんです。長く使ううちに気づく人もいるかもしれないし、気づかれることはないかもしれないけれど、こうした時間軸を加えることもデザインのおもしろさだと思っています」
皆川さんは「minä」を始めたとき、A4の紙に「せめて100年続くブランドを」と書きました。ファッションが流行によって使い捨てられていく風潮へのアンチテーゼであり、自分の代でものづくりの土壌を整えて技術を継承していきたいという決意もありました。
「アイデアをものに変えることで、自分が持っている時間、つまり寿命よりも長くこの世界に残る可能性があります。できあがった瞬間よりも、できたものが自分よりも長くこの世界にあり続けるのだと思えることのほうが楽しいんですよね」
つくり手が積み上げてきた時間と、つかい手が愛着をもって使い続ける時間。ものづくりに「時間軸」が含まれていることで、大量生産・大量消費のアパレルとは一線を画しているのです。
こどもとつくるデザイン
「人生で情報や知識がインプットされてきた大人にとって僕のデザインは、どこかでこの風景を見たことがある、同じ体験をしたことがある、といった記憶を呼び起こすものかもしれません」
「一方で、こどもの受け止め方は自由そのものです」
ランドセルの内装用に描きおろした絵柄には、馬にも犬にも見えるような動物や、群れの中で一羽だけ反対を向いて飛んでいる鳥が描かれています。これは、こどもの想像力や自由な意志を尊重したいというメッセージだそう。
「あえて大人が決めずに、こどもの想像力に任せたい。こどもが『自分で決めていいんだ』と感じられる余白があるような絵にしたいと思っています」
そんな皆川さんは、こどもたちと一緒に絵の「描き合いっこ」を楽しむこともあるといいます。
「こどもが描いた絵に僕が付け足して、その後にまたこどもが描き足して、気が向くまま順番に延々と描き続けるんです。相手の空想に自分が乗っかっていく感じでしょうか。『次はどうなるのかな?』などと合いの手を入れると、こどもの想像力のスイッチが入るようです。逆に『描きたくて仕方なくてもう待てない!』というこどものエネルギーにこちらが触発されることも多いです」
「だんだん一つの物語ができ上がっていくんですが、最初に思っていた世界とはまったく違う世界になるんですよね。思い通りにならないことがあるというのは、この社会と同じ。現実にも常に起こりうることですが、空想の世界でそのやりとりをすると、自由と不自由の混ざり合いがおもしろいんです」
「好きな色は?」の答え
そして、冒頭の「好きな色」の質問に対する、皆川さんの答えは。
「実は、全部の色が好きなんです。一番好きな色がないのはなぜかというと、色って一つの色だけが存在していることはあまりなくて、だいたい隣に違う色がいるから。この色とこの色が一緒にいると仲が良さそうだなとか、もしかしたらちょっと仲が悪いかもとか、そういうふうに色と色が一緒にいる気持ちよさや楽しさを考えながら見ているんですよね」
それでも、「よく使う色は青が多い」と皆川さん。その理由は、空の色として常に目に飛び込んでくることと、混ぜるといろいろな色に変化しやすい色だからだと説明しました。
「だから、色鉛筆の中にある色だけじゃなくて、ちょっとずつ色を混ぜてあげると、きっと楽しいはず。お料理でいろいろな味を楽しむように」
2025年度入学のランドセルでは、こども向けに「森羅万象」を表現した図案「daily cosmo 日々の宇宙」が登場しています。同じサイズに揃った正方形のマスの中に、自然、生き物、空間、色などさまざまなモチーフがミックスされた、一見すると幾何学的な絵。しかしそれぞれのモチーフをよく見ると、花に見えたり星に見えたり猫に見えたりと自由に想像できるものばかり。マスの中にきっちり収まりながらも、それぞれのモチーフは自由で多様な空間の使い方をしています。
「これも社会を象徴していて、会社という決まった組織の中にもいろいろな人がいるし、血がつながった家族であっても異なる人間性を持っています。こどもたちが一つ一つのモチーフから空想を広げてくれることを願っています」
皆川さんがランドセルのために描きおろした絵は、2024年7月1日まで土屋鞄製造所 西新井本店で開催中の土屋鞄製造所 × ミナ ペルホネン 原画展「アトリエのうら」で見ることができます。「daily cosmo 日々の宇宙」のエレメント30点を自由に壁に貼り付けて一つの絵をつくる体験ブースも登場しています。
※2024年4月23日にあった土屋鞄製造所のトークイベントの内容を元に構成しました。