立川で300年以上、「井上ぶどう園」の秘めたる力。バトンはつながり、ワインの醸造も開始!
農家として300年以上の歴史をもつ井上ぶどう園。先々代からはじめたブドウ棚は生産地としてだけでなく、新たな魅力を生み出す空間に。昨年からは自家栽培のブドウによるワインの販売もスタート。立川ならではのテロワールとは。
瓶に詰めたのは立川の風土と都市農業への思い
民家やアパートで囲まれた敷地の奥に入ると、ブドウ棚が広がっていた。まだ青い葉から漏れる光が芝生を彩り、美しい。
「ブドウ栽培をはじめたのは14代目の菊男からです。父は東京都農業試験場で『高尾』という新品種の栽培方法の確立に携わるなど、果実づくりの名人でした」と、15代目の井上洋司さん。畑を引き継ぐ際、生産地としてだけでない活用法が都市近郊の農地にはあるはずと考えた。
「私の本業は外部空間の設計・ランドスケープ。ブドウ棚の下を実験農場とし、本業で使う植栽を育てています。日陰の多い都市とほぼ同条件でどう育つのかが把握できますから」
洋司さんはさらに時代の先を読み、ブドウ棚の高さを15~20cm高くした。その分、農作業はしにくくなるが、下の空間を広く使えるのだ。
「棚の下を活用し、2007年からはじめたのが『ART in FARM 』。イベントに来てくれた人に、ブドウ畑でのアート体験を通じ、都市近郊農業の多様性を感じてほしいんです」
16代目の井上さなさんは、この風・匂い・木の触感が当たり前にある中で育った。しかし、大学時代は都心で一人暮らし、その後のミラノ留学と畑の記憶は薄れていった。
「でも、イタリア郊外の森を歩いていたとき、あ、実家と同じいい匂いだと感じたんです。その匂いを何年も忘れていたことに愕然(がくぜん)としながらも、もっと実家のブドウ畑を大事にしなくてはと思いました」
帰国後は、さなさんなりにブドウ畑の豊かさをどう生かし、地域に還元するかを考える日々。思いついたのが、イタリアの生活で身近にあったワインの販売だった。
「私たちの畑は極力低農薬で育てる分、虫食いなどで出荷できないブドウもあります。それを父の代から委託醸造し、個人としてワインを楽しんでいました。でも昨年、酒販免許を取得して、この畑のブドウ3種で造る赤ワイン『宇右衛門(うえもん)』を販売できるようになったんです」
テロワール(風土)を強く感じられるワインをきっかけに「東京にもこんな農地があることを知ってほしい」と、さなさん。将来的にはブドウ畑隣接のレストランに、ワインの自家醸造と、夢の枝葉は広がるばかり。「祖父や父が私までつなげてきたブドウ畑を、私なりに活用し、また次につなげていきたいです」
和食にも合う立川産ワインを「井上ぶどう園」【立川】
元禄年間からこの地で農業を営む。さなさんは夫の琢磨さんとイタリアン『momento』を吉祥寺で営んでおり、そちらでも「宇右衛門」を提供。「ART in FARM」開催時に限り、ブドウ狩りを園内で楽しめる(要予約)。
「井上ぶどう園」詳細
井上ぶどう園(いのうえぶどうえん)
住所:東京都立川市富士見町3-15-20/アクセス:JR青梅線西立川駅から徒歩15分
畑に響く音楽とスズムシのアンサンブル「ART in FARM」
同園で2025年は10月4・5日に開催予定。総勢27人によるギター演奏などの音楽ライブ、ワークショップも行われる。「ブドウ棚が絶妙な音の反響を生むんです」とさなさん。
地元飲食店も数軒出展する。入場無料だが、寄付金として1000円程度を支払ってくれた人には「宇右衛門」を一杯提供。
ワインの購入はこちらへ『のーかるバザール』【立川】
ナス、イチジク、ブドウ、ブルーベリー、卵など立川産をはじめ多摩地域の新鮮な野菜・果実・加工品を販売。併設のカフェでは立川産の野菜を盛り込んだ食事も味わえる。立川の姉妹都市・長野県大町市の商品も並ぶ。
『のーかるバザール』詳細
のーかるバザール
住所:東京都立川市柴崎町3-9-2 立川市魅力発信拠点施設CotoLink1F/営業時間:10:30~19:30/定休日:不定/アクセス:多摩都市モノレール立川南駅から徒歩1分
取材・文=鈴木健太 撮影=逢坂聡
『散歩の達人』2025年9月号より