韓国で最も多い「世代別の死因」は?“生きづらい若者たち”描く『ケナは韓国が嫌いで』監督インタビュー
『ケナは韓国が嫌いで』チャン・ゴンジェ監督インタビュー
第28回釜山国際映画祭のオープニング作品にも選出された『ケナは韓国が嫌いで』が3月7日(金)より公開となる。『ひと夏のファンタジア』で知られる韓国の俊英チャン・ゴンジェ監督による、珠玉のヒューマンドラマだ。また同日より、旧作を集めた特集上映「映画監督チャン・ゴンジェ 時の記憶と物語の狭間で」も開催される。
本作はチャン・ガンミョンのベストセラー小説「韓国が嫌いで」をもとに、ランチすら好きに選べない韓国社会に生きづらさを感じ海外へと向かうケナの心の旅をリアルに描いている。その真摯な眼差しは映画からも、インタビューからも強く感じられた。
「次の世代に対して私たちは、どのような世の中を残してあげるべきなのか」
――監督は原作のどこに一番惹かれて映画化を決意されたんでしょうか。
原作が出版された当時(2015年)、ケナと私とは別の人間ではありますが、私自身も韓国で暮らすのは本当に大変だな、疲れるな、というふうに思っていたんですね。だから本を読んでケナに共感しましたし、次はこの小説を必ず映画化しよう、と決めました。韓国の社会というのは、全てがやり過ぎなんです。仕事も本当にたくさんするし、お酒もとてもたくさん飲むし、勉強もすごくたくさんするしで、当時は私もそのような感覚を覚えていました。
――監督自身が「韓国が嫌いで」という気持ちになっていたということですか。
はい、その当時はそうだったと思います。
――今はちょっと違うんですか。
そうですね。あれから私も10年という歳月を経験し、その間の韓国の社会を見てきて、私と繋がっているなと思ったんです。韓国という国を考えるにあたって、どのように韓国社会を変えていくのか、そして1人の個人としてどのように生きていくべきなのか、という問いを自らにたくさんするようになりました。以前と同じ部分もありますが、私自身の意識が変わったというか。
――原作と映画ではいくつか違う部分がありますが、それはやっぱり監督の意識の変化が影響しているのですか?
そうですね。映画にそれが反映されていると思います。例えば、結末も原作とは変えていますが、それだけではなく人物に対しても私の心情の変化が反映されています。最も大きな変化は、次の世代に対して私たちはどのような世の中を残してあげるべきなのか。それを悩み、考えるようになったことが大きな違いですね。
――ポジティブな悩みですよね。
はい、そうなればいいと思っています。
「大学で学生に教えているので、彼らの未来を考えないわけにはいきません」
――次の世代のためにと悩むようになったのは、やっぱり監督がお子さんを育てているということが大きいのでしょうか?
はい、それはあると自分でも思います。さらにもう一つ、私は大学で学生に教えているから、というのもありますね。毎日接していて、やはり彼らの未来を考えないわけにはいきませんから。
――映画の中で、ケナをはじめとした若者たちの悩みがすごく繊細にリアルに描かれているのも、やはり教授として接している経験が役立っているんでしょうか?
私のクラスの学生をすべて一般化するわけにはいきませんが、でも若者たちについて考える環境に置かれているのは事実ですね。なぜこの子たちはこうなのだろう、などと日々色々と考えさせられているので。
――チャン監督は『眠れぬ夜』(2012年)や、『ひと夏のファンタジア』(2015年)、『5時から7時までのジュヒ』(2022年)など、今までも女性が主人公の映画を撮っていますが、女性が主人公であっても、かなり自分を投影する部分が多いんでしょうか。
はい、そうだと思います。
――では映画を作るにあたり、あまり性別を意識せずに主人公を設定しているのですか?
いや、そういうわけではないです。自分を投影しているとはいえ、やはり女性を通して表現された場合は違うものになる、と思っています。誤解のないように言えば、男性のキャラクターにした場合というのは、自分自身に対して率直になることが難しいという傾向があると思いますね。
韓国において男性としての教育を受けていると、感情をあまり出さないように、自分について率直に表現しないように育つんです。それもあって男性を主人公にした場合、実は自分の本心が出るキャラクターを作り出すのは難しく感じますね。だから私の映画は女性の主人公が多いのではないかなと思います。
▼特集上映「映画監督チャン・ゴンジェ 時の記憶と物語の狭間で」は3月7日(金)よりユーロスペースほか全国順次公開(※上映作品『十八才』、『眠れぬ夜』、『ひと夏のファンタジア』、『5時から7時までのジュヒ』)
「何かを諦めたら、まるで“人生の失敗だ”という社会の風潮がある」
――『ケナは韓国が嫌いで』では、韓国社会が女性にとって窮屈なだけではなくて、公務員試験に落ち続けるケナの同級生のように、男性にとっても実は厳しい社会だということも描かれていますよね。ニュージーランドではある事件も起こる。
韓国では、20代の死因の一番が自殺なんです。特にここ数年は女性が圧倒的に多い。40代は癌、そして老人の場合には孤独死なんですね。そういった統計を見てみますと、韓国の社会で生きるということは自殺をするか、自殺をしないで生き残ったとしても癌で死ぬか、運良く生き長らえていても孤独死をする。そういった人生の周期というのを映画の中で表現したかったんです。
細部は描いていないんですが、映画の中でそういった問いを投げかけることで、人々が社会の問題を認識してほしいという思いがあります。でも、これらの人物というのはケナがずっと会い続ける、考え続ける相手ではないんですね。ときどき連絡を取る友人であったりとか、テレビで偶然見た幸福の伝道師の女性だったりする。そこに韓国社会で生きる痛み、そのニュアンスを映画の中で見せたかったんです。
――原作では女性だったケナの同級生は、映画では男性になっていますね。
彼、キョンユンは公務員試験を受け続け、でも落ち続けている。つまりずっとチャレンジし続けている人物です。韓国社会では、最後まで諦めずにやっていればいつかは叶う、一所懸命やれば目標は達成できる、と言われがちです。でも、世の中にはどんなに頑張っても、成し遂げられないことってたくさんありますよね。何かを諦めたらまるで人生の失敗だ、という社会の風潮があり、彼を通してそういったものを表現したいなと思ったんです。
――特に男性には弱さを許さない社会なのだ、というのを感じます。実は私と監督は長い友人ですが、監督が昔言った「夢の犠牲になってはいけない」という言葉を思い出しました。私にとっては、この監督の言葉は時々胸から取り出す言葉なんです。
はい、キョンユンは夢の犠牲になった人物なんだと思います。公務員試験にこだわらなくても実はたくさんの選択肢があったはずなのに、それに人生を懸けた人物として表現しました。まさに夢の犠牲になってしまったんです。
「子役出身のコ・アソンが大人になった顔を見てほしかった。チュ・ジョンヒョクはどんどん成長することができる俳優」
――ケナ役のコ・アソンさん(『グエムル 漢江の怪物』、『スノーピアサー』ほか)、彼女がニュージーランドで出会うジェインをチュ・ジョンヒョクさん(ドラマ『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』ほか)に決めた理由を教えてください。
コ・アソンさんはケナと同じ年なんです。実際、映画を撮っている最中に30歳を迎えました。子役出身で有名なんですけれども、大人になった彼女の顔を見てほしいというのも、キャスティングの大きな理由の一つです。
チュ・ジョンヒョクさんの場合は、彼が短編映画に出ていた頃からずっと見続けてきた俳優さんで、いつかは一緒にやってみたいと思っていて、ようやくその機会が訪れたんです。さらに彼はニュージーランドで中学~高校生時代を過ごしているんですね。それも要素としてありました。
――大人になったコ・アソンさんは、ちょっと不機嫌さを見せるのが上手い。それを嫌な感じに見せないのが魅力だなと思いました。
ケナが怒りを表すシーンがいくつかあるんですけれども、それが非常に重要だなと思ったんです。ケナは、韓国にいる時は自己肯定感が低かった。その反発精神というか、怒りの感情というものを作り出そうと、コ・アソンさんとは話していました。本来は感情的ではない、怒るタイプではないので、そういうシーンを撮るときはちょっと大変そうでしたね。
――チュ・ジョンヒョクさんは今や売れっ子で『トリガー ニュースの裏側』や、日本のドラマ『スロウトレイン』(TBS系)にも出ています。監督は見る目がありましたね。
このキャスティングをした後で、ジョンヒョクさんは『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』に出たんです。なので、本当に運が良かったんですよ。彼はどんどん成長することができる、そういった俳優さんでした。
「多様性や包容力がもっと持てる社会に変わってほしい」
――大統領弾劾があり、韓国社会は今まさに大きな変化を迎えていますが、監督自身が今変えたいと思っていることはなんですか?
自分自身が変わって、家族が変わってこそ、社会を変えることができる、という意味の言葉が韓国にはあります。実は私自身、すごく不満が多いんですね。ですから、まずは私自身が変わるべきであると思っています。そしてもう一つ、韓国にとって重要なことに、もっと多様性に対する包容力というのが必要であると思っています。
性別、ジェンダー、障害や病気の有無、人種など、そういった様々な違いを持つ人々が社会を構成している。その多様性に対しての包容力が韓国の社会には不足していると思うので、そこは変わるべきであると思います。
――ジョンヒョクさんが演じたジェインという人物には、韓国の多様性というか、新しい男性像を託している部分があるんでしょうか。
積極的にそこを表現することはできなかったんですけれども、ジェインはケナにとっての親しい友人で、恋愛愛情は持たなかったにしても、心を通わせられ、連帯を持つことができる。そういった人物として描きたいと思いました。
▼チャン・ゴンジェ 監督(장건재/Jang Kun-jae)
1977 年生まれ。 韓国映画アカデミー撮影専攻卒業。長編デビュー作『十八才』(09 年)でバンクー バー国際映画祭、ペサロ国際映画祭、ソウル独立映画祭などで受賞し、その後『眠れぬ夜』(12 年) は全州国際映画祭大賞および観客賞、エジンバラ映画祭、ナント三大陸映画祭などで受賞。日本の奈 良を舞台に撮影した日韓合作映画『ひと夏のファンタジア』(14 年)は、釜山国際映画祭、ムジュ山 里映画祭、韓国評論家協会賞、イタリア・アジアティカ映画祭などで受賞し、韓国独立映画協会の 「今年の独立映画」に選ばれる。また、ムジュ山里映画祭プロジェクトである『月が沈む夜』(20 年) の共同監督、TVING オリジナル 6 部作 TV シリーズ「怪異」(22 年)を監督、濱口竜介監督の著書 「カメラの前で演じること」(22 年)の韓国語版出版も手がける。ほかに、映画『5 時から 7 時までの ジュヒ』(22 年)、アマチュア俳 優たちの演技ワークショップを扱った映画『最初の記憶』(23 年)など。
『ケナは韓国が嫌いで』は3月7日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開