映画『Flow』ギンツ・ジルバロディス監督が紡いだ猫の旅路。言葉を超えた「協力」と「信頼」の物語【インタビュー】
アニメ映画『Flow』が2025年3月14日(金)より公開となります。
第97回アカデミー賞国際長編映画賞でラトビア代表に選出され、第82回ゴールデングローブ賞ではラトビア映画史上初となるアニメーション映画賞を受賞した本作。本編中にセリフが一つも含まれず、アニメーションと音だけで物語を展開していく独特な手法でも大きな注目を集めています。
本作の監督を務めるのは、長編アニメーション映画『Away』などを手掛けたラトビアのギンツ・ジルバロディス氏。洪水で街が消えゆく中、一匹の猫がボートで旅に出て、さまざまな動物たちと絆を深める姿にどのような想いを込めたのか? インタビューを通して、作品のテーマや制作の裏側などをお伺いしました。
動物の動きを「解釈」することで生まれる、感情豊かなアニメーション
──動物たちの動き1つ1つが非常にリアルで、まるで本物を見ているような気持ちになりました。
ギンツ・ジルバロディス監督(以下、ギンツ監督):まさにそれが目指していたところです。というのも、今までたくさんの「動物が喋る映画」が作られてきて、観客も少し飽きてきていると思ったので、今までよりもキャラクターの動きをできるだけリアルに、地に足のついたものにしたかったんです。
制作にあたっては、多くのものを参考にしました。YouTubeで猫の動画を見たり、自分たちのペットを観察したり。カピバラの動きに関しては、最初の映画『Away』のプロモーションで日本に行ったとき、カピバラがいる動物園を訪れて、その時見たものを参考にして制作しています。
ただ、僕たちがやろうとしたのは単なるコピーではなく、あくまで「解釈」です。僕自身、ただリアルな映像を作ることにあまり興味がなくて、自然を観察しつつ、それを物語のために再構築することが大切だと思っています。
何しろリアルすぎると感情移入しづらくなりますし、ドキュメンタリーのようなリアルな映像にしてしまったら、キャラクターとしての魅力が薄れてしまうかもしれない。アニメーターが表現の幅を持てるようにすることで、観客がより感情的に引き込まれる描写になります。特に猫が水中を泳いでいるシーンは、観ている皆さんにとっても“予想外”ではないでしょうか。表情豊かに動かせましたし、とても優雅な動きをアニメーションとして描くのは楽しかったですね。
──背景や世界観でいうと、洪水で崩壊した人工物と手つかずの自然という対比も非常に美しかったです。作品全体のルックを構築するにあたって、参考にしたものはありますか?
ギンツ:現実の世界が舞台ではないので、特定の場所をモデルにはしていません。どこかで見たことのある風景ではなく、「これまで見たことのない風景」を創りたかったんです。猫にとっても、観客にとっても未知の場所。そうすることで、猫と一緒に冒険している感覚を生み出せたと思います。
デザイン面では、東南アジア、南アメリカ、そしてヨーロッパの建築要素を取り入れました。ただ、どの時代にも属さないようにしたかったので、現代的なテクノロジーや建築様式を排除し、時間という枠にとらわれない世界観を構築しています。
加えて、こうした環境は単なる背景ではなく、猫の感情を伝えるために構築されているんです。まず伝えたい感情があって、それを表現するために世界が作られる。例えば、猫が迷子になったときの孤独やどちらの道を進むか迷う場面など、すべて物語とキャラクターの気持ちがリンクするようになっています。
──本作は水の表現にもこだわりを感じました。特に、水面に猫の顔が映る描写に関しては、シチュエーションを変えて繰り返し出てきますよね。
ギンツ:水を通して見るというのは、この映画における重要なモチーフです。
物語の冒頭では、水が揺れ動き、不安定な状態。これは、猫が感じる恐れや不安を象徴しています。物語が進むにつれて、水は少しずつ穏やかになっていき、最後には静かで落ち着いたものになる。これは、猫がもう恐れを感じていないということ。こういった細かい変化も、最初から脚本には組み込まれていました。
更に言えば、最初と最後に似たシチュエーションを描くことで、物語全体が円を描くような形にしたかったんです。ただの繰り返しではなく、その間のキャラクターの変化をしっかり感じられるようにすることで、物語にひとつの締まりを持たせたかったのです。
「協力」と「信頼」。自身の経験が反映された物語
──『Flow』は、2012年に発表された『Aqua』という作品をベースに制作されているように感じました。
ギンツ:その通りです。『Aqua』は、学生の飼っていた猫にインスパイアされて作った短編映画ですが、絵はすごくシンプルだし、技術的にも課題が残った作品でした。一方で、その物語に自分自身が共鳴する部分も多かったんです。
『Aqua』を作った後、カメラをストーリーテリングの道具として使いたかったのでCGアニメーションを学び始めました。手描きアニメーションにはカメラの動きに制約があって、長回しのショットでキャラクターを追い続けるような映像を作るのが難しい。自分はカットを割らずに何分も続くようなショットをやりたかったんです。
それからいくつか短編映画を作った後、初の長編映画『Away』を手がけ、それなりに評価されることができました。それがきっかけで、より大きな規模のプロジェクトや高い予算の作品に携わるチャンスを得られたんです。実際、そういった機会を得ることを目標に活動していて、それまで作ってきた作品は、いわば自分なりの"非公式な映画学校"だったと思います。実際の学校とは違いますが、音楽、アニメーション、サウンド、編集など、さまざまな作業を一貫して行うことで学びを得られました。
そして今回、チームで作品を作るとなった時に今までの経験を物語にしようと考えたんです。『Flow』は「協力」と「信頼」の物語なのです。これまで独立していた存在が、他者と協力しなければならなくなる。そのテーマを描くために、猫はぴったりな主人公です。『Aqua』のアイデアを再び取り上げつつ、より多くのキャラクターを登場させて、水への恐怖だけでなく、他の動物への恐怖にも焦点を当てて描くことにしました。
──より個人的な感情や経験がベースになっているのですね。
ギンツ:『Away』もかなり個人的な映画ではあったと思います。それに気づいたのはほぼ完成した頃でしたが、孤島に一人取り残されたキャラクターと同じく、僕自身も一人で作っていたからです。
そのうえで、『Flow』はもっと意識的に自分自身の経験を物語に取り入れました。先ほどもお話した通り、「協力」と「信頼」を学んでいくプロセスを描きたかったのです。今回は5年もの歳月をかけて作った作品ですので、少なくとも自分にとって意味のあるテーマである必要がありました。長い時間をかける以上、自分が本当に興味を持てるものであるべきだし、その過程で何かを探求できるものでないと続けられません。
実際、映画を作ることで、自分自身や世界について少しずつ理解が深まっていく感覚がありました。最初は答えが見えていなくても、制作を通じて少しずつ考えが整理されていく。それは、ある意味でセラピーのようなものです。『Flow』を完成させた今、以前よりも世界のことを少し理解できた気がします。
──最後に日本のファンの方々へのメッセージをお願いします。
ギンツ:この作品は「サイレント映画」ではなく、むしろ「音や音楽が特に重要な映画」と言えます。通常の映画以上にサウンドが物語において大きな役割を果たしているのです。
観客の皆さんは登場する動物たちが何を言っているのか、少しずつ理解できるようになると思います。字幕がなくても伝わるものがありますし、もしかしたら「セリフがない」ということすら忘れてしまうかもしれません。それだけ物語に引き込まれ、ただ彼らの旅を追いかけているような感覚になるはずです。
こういった形式の作品はあまり多くありませんし、何より“言語”を超えて伝わるというのは面白いですよね。ラトビアでも日本でも、どこで観ても翻訳なしで理解できる。普遍的な物語の魅力を感じていただけると思います。
[インタビュー/小川いなり 文/失野]
作品概要
あらすじ
世界が大洪水に包まれ、今にも街が消えようとする中、ある一匹の猫は居場所を後に旅立つ事を決意する。流れて来たボートに乗り合わせた動物たちと、想像を超えた出来事や予期せぬ危機に襲われることに。
しかし彼らの中で少しずつ友情が芽生えはじめ、たくましくなっていく。彼らは運命を変える事が出来るのか?そして、この冒険の果てにあるものとは―?
(C)Dream Well Studio, Sacrebleu Productions & Take Five.