「私ばっかり」と感じたら仕事は引き受けない。専門家が教える「0か100か」思考から抜け出す方法
「私がやるしかない」と多くの仕事を抱え込んでいる人は、責任感の強さから「0-100(ゼロヒャク)思考」に陥っている可能性があります。「私ばっかり」「なんであの人はやってくれないの」とモヤモヤ・イライラするのは、心が疲れているサインかもしれません。
働く人のメンタルヘルスに詳しい公認心理師・佐藤恵美さんに、「私がやらなきゃ」を和らげるための方法を伺いました。
お話を伺った方:佐藤恵美さん
「メンタルサポート&コンサル沖縄」代表。公認心理師、精神保健福祉士、キャリアコンサルタント、臨床発達心理士。企業や官公庁に対して、さまざまなメンタルヘルスサービスを行い、20年間で1万人以上の相談実績を持つ。著書に『職場の同僚のフォローに疲れたら読む本』(PHP研究所)、『もし部下が発達障害だったら』、『「判断するのが怖い」あなたへ』(ともにディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。
「私がやらなきゃ」はなぜ起きる? 責任感の強い人に隠された思考の癖
Point💡
・「私がやらなきゃ」とタスクを抱え込みがちな人は、「ゼロヒャク思考」に陥っている可能性がある
・ゼロヒャク思考は周囲のささいな言動が受け流せなくなってしまい、人間関係を悪化させてしまうことも
責任感の強い人ほど「同僚や上司からの頼みを断れない」「率先して同僚のフォローに回る」など、つい仕事を抱えがちです。自分のタスクも抱えている中で、なぜ「私がやらなきゃ」と思ってしまうのでしょうか?
佐藤恵美さん(以下、佐藤):「私がやらなきゃ」とつい仕事を抱え込んでしまう人には、「0-100(ゼロヒャク)思考」が隠れているかもしれません。
「ゼロヒャク思考」とは「正しいか、間違っているか」極端な結論づけをしてしまう思考のこと。例えば仕事の場面だと「自分で完璧にやる(ヒャク)」か「全くやらない(ゼロ)」の2択しかなく、「ここまでは自分でやって、ここからは同僚に任せる」など中間の発想が持ちづらいのが特徴です。
同僚に仕事を任せようとしても、自分の理想のやり方と違うと心配になったり気持ち悪さを感じたりしてしまい、「だったら私がやった方が早い」と仕事を過剰に抱え込んでしまうんです。
どのような人が「ゼロヒャク思考」になりやすいのでしょうか?
佐藤:もともと真面目な性格であるケースのほか、仕事内容や職場の風土によって「ゼロヒャク思考」が強化されるケースも考えられます。
例えば、細かなミスが許されない事務系の職種や責任の範囲が広いマネージャー・経営層、規則やルールがきっちり決められている環境などですね。
また「ゼロヒャク思考」の人は、日常生活でも厳しくタスク管理をしている人が多いように思います。プライベートでさえ「完璧にやらなきゃ、そうできない自分はダメだ」と極端に考えてしまうのは苦しいですよね......。
確かに「ゼロヒャク思考」だと、自分にも他人にも厳しくなってしまいそうです......。
佐藤:まさに。「ゼロヒャク思考」の良くないところは、自分や他者をすぐにジャッジすることによって人間関係を悪化させてしまうところなんです。
基本的に会社というのは「もっとできる」を求められる場所ですから、上司や同僚からフィードバックされたり、ミスを指摘されたりすることもあると思います。そういうときに「私はこんなにやっているのに......!」と傷つき、相手へのイライラの感情を募らせてしまう。
「ゼロヒャク思考」の傾向のある人ほど、他者のささいな言動が受け流せなくなってしまうんです。
「私ばっかり......」と思ったら、心が疲れているサイン
Point💡
・仕事は人の間をぐるぐると回るもの。最後まで自力でやる「以外」の選択肢を持って
・「なんで私ばっかり……」とイライラ・モヤモヤしたら心が疲れているサインなので、頭と体を休ませることを優先する
・毎朝出勤前に「心のエネルギータンク」を数値化してみよう
では「仕事を抱えがちな人」はストレスを溜めてしまう前に、どのようなことを意識すると良いでしょうか。
佐藤:まずは「“やる”と“やらない”の間があってもいい」と気づくだけで、心が軽くなるのではないでしょうか。
例えば同僚とタスクを半分こにしたり「ここまでは自分でやる」「ここからはお願い」とタスクをセグメントして考えたり、最後まで自力でやる「以外」の選択肢を持つように意識してみてください。
つい「他者にお願いする=無責任」と捉えがちですが、そもそも仕事というのは一度自分の手から離れても人と人の間を循環して、また別の形で戻ってくるものだと思います。
自分が手放したことをきっかけにチーム内から新しいアイデアが生まれたり、ナレッジ共有につながったりするというメリットも考えられますから、仕事は「一度掴んだら離さないもの」ではなく「循環するもの」というイメージを持てると、過剰な罪悪感が薄れるのではないでしょうか。
仕事を引き受けたからといって「1人でやりきらなきゃ」と思い過ぎないことがポイントですね。では仕事を「引き受けても良いタイミング」と「見送った方が良いタイミング」の見分け方はありますか?
佐藤:仕事を頼まれた際に「どんな気持ちになるか」を意識して、受ける受けないかを判断してみてください。「なんで私ばっかり......」とイライラ・モヤモヤしたら「心が疲れているサイン」なので、仕事を引き受けるにしても同時にしっかり頭と体を休ませることも優先してほしいです。
「心の疲労」というのは、つまり「脳の疲労」のこと。脳は筋肉と違って活動限界のギリギリまで稼働し続けるため「まだ大丈夫」と感じていてもある日突然、限界を迎え「うつ状態」になってしまうこともあります。ですから、なるべく早くアラートに気づくことが重要です。
「心の疲労」に気づくためにおすすめの方法はありますか?
佐藤:毎朝、出勤前に「心のエネルギータンク」をチェックすると良いでしょう。タンクの「満タン」が10として、「今日はどのくらいのエネルギーが入っているか」を直感で数字にしてみるんです。
「6〜10」なら元気な状態ですが、「5」の場合は疲労が溜まりつつある「黄色信号」。「4以下」はかなり無理をしている状態なので要注意。
このように客観的に「今の自分の状態」に気づければ、「今日は早めに帰宅してゆっくりしよう」など具体的な行動に移すことができます。
率直に伝えた方が人間関係はうまくいく
Point💡
・同僚にイライラを抱えたら、相手の「得手・不得手」を知るためのコミュニケーションを取ろう
・どうしたらお互いにやりやすいか、対等に話し合いができると、自分への肯定感も上がる
・まずは「今どんな気持ちを感じているか」自分の内面に向き合う練習をしてみよう
先ほど「ゼロヒャク思考は人間関係にも悪影響がある」とお話されていましたが、本人はまじめに仕事に取り組んでいるだけだと思います。まわりの同僚に対して、負の感情を募らせる前に何かできることはありませんか?
佐藤:自分の気持ちを正当な形で伝えられるようになると良いですよね。
もしあなたが「なんであの人は電話に出てくれないんだろう」「わざと無視しているんじゃないか」と、ある同僚にイライラしていたとします。
そういう時は、「あなたにも電話をとってもらえると助かるのですが、どこに置いたら取りやすいですか?」と率直に聞いてみるんです。すると、その同僚は悪気があったわけではなく、電話が鳴っていることにただ気づいてなかっただけだったと判明するようなケースは結構多いんですよ。
音の刺激に敏感な人やそうでない人など、人にはそれぞれ得意・不得意がありますから。
なるほど。相手の得意・不得意が分かると余計にイライラせずに済みそうです。
佐藤:そうなんです。自分にも苦手があるように相手も苦手がありうるわけですから、「自分と同じようにできて当たり前」という前提を外すことを意識してみましょう。その上で、「こっちは私が巻き取るから、あっちはお願い」など、どうしたらお互いがやりやすいか対等に話し合えるといいですね。
自分も相手も大事にする自己主張を「アサーション」といいますが、お互いに得意・不得意があることを前提に対等に話し合えることも「アサーション」の一部といえるでしょう。このようなコミュニケーションの一番の効果は、自分への肯定感を持てるところにあります。
攻撃的に伝えてしまうと「なんであんな言い方をしてしまったんだろう......」と自分を責めてしまうし、逆に我慢して伝えないままでいると「なんであの人は......」と相手への苛立ちを募らせてしまいますが、アサーションができれば自分も相手も大切にすることができるんです。
アサーションができる人が多い職場ほど、風通しがよく働きやすい環境であると言えるのではないでしょうか。
確かにそうですね。
佐藤:繰り返しになりますが、アサーションができるようになるためにも、まずは自分の「気持ち」に耳を傾けることが大切。「今、こういうことにイライラしているんだな」と気づけるだけでも次の一手は変わってきますから、ぜひ練習してみてくださいね。
取材・文:佐藤有香編集:はてな編集部